第24話 誰にも望まれない時間(2)

 加速した真人を閃光が通り過ぎ、続いて背後から轟音が追う。

 数瞬のタイムラグの後、着弾の衝撃が大空間の隅々を揺るがした。

 怪我人だらけのコントロールセンターにも火球の衝撃と熱線が届き、緊急避難用のディフレクターを激しく揺さぶる。

 そこにいる皆の身体と、心も。


「ああ、駄目……!」


 怪我人に応急処置を施していたハーミットが、閃光から目を庇いつつ立ち上がろうとする。


「危ない!」


 そのすぐ側に出現した真人が彼女を庇うように押し倒した。

 デュミナスはコンソールに飛びつき、手遅れと分かりつつも必死のリカバーを試みる。

 ハーミットは茫然自失のまま真人に抱き留められた。

 それが真人の手だと気付いたハーミットが、その中で泣き出した。


「落ち着いて、ハーミット!」


「だって、あそこには……あそこには!」


「――分かってる」


 彼女をシェリオに預けると、真人はまだ無事な人を助けようとアクセラレーター全開でコントロールセンターを飛び出す。

 だが、コントロールセンターのディフレクターを抜けた先のキャットウォークで床スレスレを疾走する影に足を取られた。

 倒れた真人の首筋を、巨大な牙が噛み千切ろうとする。

 ギリギリでアギトを押さえた真人を、黒く無機質な目が威圧した。喉の奥から絞り出された威嚇の唸り声は本物の獣の物だ。


「トゥイー……ちゃん?」


 問いかけに答えはない。獣はただ唸り声を上げるだけだ。

 獣を何とか跳ね返すと、立ち上がって距離を取ろうとした真人の胸と腹に光弾が叩き込まれる。

 吹き飛ばされた真人に、疾走する黒い影が右ストレートを叩き込んだ。

 頭部が壁にめり込むほどの一撃をまともにくらう。


「真人!」


 駆け寄ることもできず、センターから真人を見守っていたフィッシャーが叫ぶ。

 その前で真人が物凄い早さで立ち上がった。

 真人の出力が大きいため、その動作はバネ仕掛けの人形のようだ。


「あらま、今のでも駄目なのか?」


 黒いサロゲートの一体が肩をすくめた。

 言葉は意外に軽い。


『いや、効いてる。

 パワーキャスターが少し消失しているだろう?

 あれを完全に消せば、ダメージが通る。

 ただ……そこまでする必要は無い、遊びの範囲でやってくれ』


「そうだね、楽しくないと!」


 キュリオスと綾香が雑談のノリで会話していた。

 真人が立ち上がると同時にパワーキャスターが再び展開して欠損分を埋める。

 それを見た黒いサロゲート達が感嘆の声を上げた。


「おー、主人公っぽい!

 ねね、さっきも言ったけど最初の主人公役は真人くんでいいよね?

 ちょうど良さげな悲劇の設定も加わったみたいだし」


「了解、なら俺たちは悪役といこうぜ。

 見た目もそれっぽいしな。

 こういう役をプレイヤーがやることは少ないから、逆に新鮮だよ。

 張り切って行くぜ!」


「了解!」


 黒いサロゲートたちが頷くと、真人へ向けて本気で砲弾を叩き込んだ。

 真人はそれを軽くかわす。

 肉体へのダメージはない。だが黒く歪んでしまった黒いサロゲートたちが自分の意志で放った攻撃は、真人の精神に大きなダメージを与えた。

 その後ろで爆発が響いた。

 そちらにあったのは――

 真人の目に、為す術もないアイビストライフの人たちと、すっかり歪んでしまった黒いサロゲートたち、そして燃えさかる転送装置とが飛び込んでくる。


「……」


 猛烈な感情が腹の底から沸き起こり、真人が口を押さえた。

 立ちすくむ真人へ黒いサロゲートの誰かが砲弾を放った。

 その一撃をパルクールで飛び込んできたデュミナスが何とか蹴り落とす。


「真人、気をしっかり持って!」


『デュナミス、終わりだ。

 このままアーカイブの奥底に退場して貰おう』


「えーと、デュミナスさんって運営側の人だよね……?

 やっちゃって、いいのかな」


『現在のマスター役は私であり、デュミナスはプレイヤー側のNPCだ。構わない。

 それと我らは不死だ。

 肉体が破壊されても、いつでも元に戻せる。

 単なる演出だと思ってくれ』


「あ、なるほど。

 なら遠慮なく格好付ける!」


 綾香がデュミナスを狙う。残りのサロゲートたちも攻撃を始めた。

 元々戦闘は想定されてないデュミナスの現用ボディでは、もはや黒いサロゲートたちの攻撃を防ぐことしかできない。

 掌にあるディフレクタースクリーンも、展開範囲が大きすぎて有効に使えない。


「デュミナス!」


 真人も何とか動き始めた。

 飛び出してきた九輪に飛びかかろうとするが、寸前で森里の触手が再び真人を捉えた。

 一対二での戦いが始まる。


「このっ!」


「暴れたら危ない……って、あっ、ごめん!」


 触手が真人の服を大きくズラした。お腹が派手に露出する。

 森里が動揺したせいで真人が戒めを振りほどくが、態勢を立て直す前にマーキスが加わる。

 九輪と連携して襲いかかってきた。

 巨体から繰り出されるボディアタックを躱した真人が、カウンターで九輪のボディに拳を叩き込む――が、威力はまったくない。

 精神へのダメージが大きすぎて力が入らなかった。

 代わりに腰が乗ったマーキスの右ストレートが叩き込まれる。

 どうやらボクシングの心得でもあるらしい。


「ぎゃんっ!」


 そのまま放り出された真人が壁に叩きつけられた。

 九輪がちょっとだけ動きを止めたが、肩をすくめるとダッシュして床に転がった真人の首を掴んで高く持ち上げる。

 真人は九輪の目を覗き込んだ。一抹の希望を込めて。

 九輪は悪役がそうするように笑うと、無造作に真人へ攻撃を叩き込んだ。

 容赦はなかった。


「えーと……こういうときは何て言えばいいんだろうな?

 どう盛り上げていいのか分からん。

 やっぱり戦いにも設定や流れってものがいるよなぁ」


 ぶつぶつと呟きつつ九輪は真人に攻撃を加え続ける。

 何度目かの衝撃ののち、九輪の腕がディスチャージする。

 どうやら撃ち尽くしたようだ。


「ありゃ、もう弾切れか?

 ご大層な割に意外にたいしたことない装備だな、これ」


 真人がまるで捨てられたゴミのようにゴロっと床に落ちた。

 その身体から白煙が立ちのぼる。

 ダメージが大きすぎるのかピクリとも動かない。パワーキャスターも半分ほど消えている。

 ユーシンが後ろで肩をすくめる。


「九輪くん、これやり過ぎよ。

 本当に死んだらゲームではないね」


「え、死ぬ?

 だってこれ、ゲームのキャラ……あれ、いいのか?

 回数制限とか、ヒーリングとかは……」


 ユーシンの問いに、しきりに首をひねる九輪。

 そのままちょっと考えていたが、やがて首を振った。


「どしたの?」


「このゲーム、どういうシステムだっけかなあって……」


『――ふむ? 

 パワーキャスターの防御エネルギーがゼロになると体力が削れる。

 体力はゼロになると死ぬという認識は正しい。

 死ぬと次のゲームが始まるまでは退場扱いだ』


「ならクリアすると次ステージ?

 メニュー画面は……あれ、どんなのでしたっけ?」


 九輪が悩みはじめたせいか、そのまま黒いサロゲートたち全員が考え込む。


「真人! 皆さん!」


 考え込んだ隙を突いてデュミナスが真人を助けようとするが、気付いた綾香が咄嗟に反応してデュミナスをインターセプトする。

 綾香は巨大な盾の先端に展開した力場でデュナミスを何度も打ちつけた。

 真人ほどではないが、その動きはかなり速い。

 デュミナスは避けなかった。

 ダメージにも構わずに両手で綾香の一撃を受け止めると、キュリオスのシステムに再干渉を試みる。


 ――その目前に、動かない真人がほうり込まれた。

 床に転がった真人に気を取られてデュミナスの体勢がくずれる。

 大きな隙だった。

 デュミナスの手を無理やり振りほどくと、綾香が再び盾を振り下ろす。

 一撃がデュミナスのディフレクタースクリーンを破壊し、力場の刃がデュミナスの体に食い込んでゆく。

 刃がデュミナスの体を斜めに通りぬけた。

 デュミナスは肩口から袈裟懸けに切り裂かれ、ゆっくりと二つになり、崩れ落ちる。

 時間が凍りついた。


「ふふん、どーだ!」


 胸を張った綾香の笑いが凍った時間を動かした。

 全てを粉々に砕きながら――

 誰にも望まれない時間が容赦なく始まっていく。


「あ、ああ……」


 ボロボロの真人が、残骸となって無残な姿をさらすデュミナスの側にへたり込む。

 そっと上半身を抱きしめたが、もう動く気配はなかった。

 自分自身を含む大勢の死と、そして歪んでしまったサロゲートたちへの思いとが、真人から行動する意志を奪ってゆく。

 同時に転送装置を支えていた最後のフレームが砕け、一際大きな瓦礫に埋まった。

 辛うじて見えていたドリフターシリンダーも完全に埋もれる。

 真人は放心したまま無表情に見つめていたが、やがて眠るように倒れて動かなくなった。

 気絶したらしい。


「あー……ごめん、真人くん。

 これは後味悪かった。

 次のゲームで絶対に埋め合わせするから……」


『デュミナスの破壊を確認した。

 これで、ここは私の守護するセカイだ』


 キュリオスが綾香の台詞をさえぎると、セカイの実験機構を動かそうとする。

 だが何も起こらない。


『――ふむ?

 シヴィライズド実験の機構がほぼ動かないが、ここまで被害が酷かったのか。

 まあ……いい。

 まずはセカイから構成物質を取り出す』


 キュリオスはセカイを構成する超微細ロボット群――ゼプトライトを活性化し始めた。

 誰かがプラネタリウムの廃墟と呼んだように、デュミナスが守護していたセカイのすべてが形を失い、灰色の空間へ戻り始める。


『後は処理が終わるまで待てばいい……

 さて、残るは地球種だが……君たちは非常に興味深い。

 高度な組織を作り、集団を安定させ、規模を拡大させている。

 君たちはこのまま使わせて貰おう』


 リンクコムから飛び込んできたキュリオスの言葉に、アイビストライフのメンバーたちが激高する。


「だっ、だれが……!」


『地球種よ、勘違いはしないでくれ。

 脱出の試みは続けてかまわん。

 地球帰還は許可できないが、仮想でなら検討しよう』


「仮想だと……」


 言葉を失ったフィッシャーを代弁するかのように通信が入った。

 ハガード副司令だった。


『司令、ホワイトストーク二機の起動完了しました、そこから脱出を!

 私は半数を率いて時間を稼ぎます』


「分かった。だが副長……」


『いまさら下艦して役割を交換してる暇はありません。

 既にセカイは停止しつつある。

 一人でも多く逃げ延びて再起を図って下さい、フィッシャー!』


 通信が切れる。

 同時にタンカーでも楽に運べる超重量物用リフトの扉が開き、そこから大小様々なサーフクラフトが飛び出した。

 半数は生存者の救援に向かい、残りはサロゲートたちへ攻撃を開始した。

 攻撃と言っても即席の武器でしかなかったが、それでもサロゲートたちの気を反らす役には立った。事態が飲み込めていなかった綾香たちはアイビストライフたちを相手に、個別に戦闘を開始する。

 その隙を突き、フィッシャーが立ち上がって大きく手を振った。


「総員、脱出だ!

 誰か聖君を……」


『私が!』


 デュナミスの亡骸を胸に抱いたまま呆然としている真人を、鋭敏なフォルムを持つ二人乗りの高速サーフクラフトが強行して回収する。

 乗っているのは前に本郷と名乗った人だった。


「真人さん、こいつは特別足が速いんですよ。

 これで安全な……できるだけ安全な場所へお連れいたします」


 本郷が意識を失った真人とデュミナスの亡骸を、そっとシートに寝かせた。

 ハーネスで固定すると急いで機体を始動させる。

 リフトの扉を通り抜け、多くの機体と一緒に長いシャフトを自力で下降し、一気にスカイフックへ出た。

 後ろで大きな爆発が響いたが迷わず速度をあげる。

 宇宙港にも大量のサーフクラフトが待機していた。既に脱出した者たちを満載した機体も飛び立ち始めている。

 中央にはひときわ目立つ巨船ホワイトストーク二号機があり、人が乗り込んでいる真っ最中だった。

 空中には一号機が皆の盾になるかのように静止している。

 真人を乗せた高速機は巨船の脇を通り抜け、スカイフック上端の宇宙港から外に飛び出した。

 本郷が通信機のスイッチを入れる。


「聖さんを安全な場所へとお送りいたします。

 所在はいつものビーコンで」


『こちらホワイトストーク1、了解しました。

 せめて彼を安全な場所へ……頼みます』


 白い巨船からの通信に本郷が頷くと、真人を乗せた高速機がカナンリンクと惑星の間の広大な空間を一直線に飛んでいく。

 脱出を始めた何機ものサーフクラフトが後に続いてくる。

 半分は脱出し、もう半分はホワイトストーク1と共に的への盾となる。

 その盾を光弾が打ち抜いた。

 何かが脱出しようとする機体を打ち落とそうとしている。

 何か――黒いサロゲートたちだろう。

 盾になった機体のうち、もっとも巨大な白い船が反撃を開始した。

 だが黒いサロゲートの使う兵器に比べ、その威力は弱々しい。


 本郷の操縦する高速機にも攻撃が届いた。本郷が複雑な回避機動を取る。

 やがて攻撃は散発的になっていった。

 距離が離れたため、狙われにくくなったのだろうか。

 本郷が選んだ機体は本当に早い。

 彼はこの機体で何度も別のセカイへ進入を果たしている。

 いわば信頼する愛機だった。


「もう少しです……」


 本郷が隣席で意識を失っている真人に小さく声をかける。

 単なる気休めであることは分かっているが、それでも声をかけ続けてあげたかった。

 高速機が上昇のために機体を捻った。

 フルブーストでカナンリンクのモジュールの間にある開口部を上昇する。

 本郷はスカイフックを経由せず、他のセカイへ直接入り込むつもりだった。

 カナンリンクは特殊なメンテナンス以外でそのような出入りを想定していない。だからカナンリンクの目を盗み、身を隠すには一番手っ取り早い。

 元がメンテナンス用であるためスカイフックのような大規模なポートは設置されていないが、本郷の高速機なら直接ゲートをくぐれるため、侵入するのに問題はない。


「大丈夫です、これまで何度もやってますからね。

 例え、土手っ腹に大穴が開いててもやれますよ……」


 重力に逆らって上昇を開始しようとエンジンを全開にした――その瞬間、細く長い光弾が機体を切り裂いた。

 エンジンの片方が爆発する。

 超長距離射撃が命中したとアラートメッセージが告げるより早く、コクピットの中に何かが爆ぜる音が響く。


「さ、最後の最後に……ごほっ!」


 本郷が口から大量の血を吐き出す。どうやら爆発の破片が飛んで身体のどこかに当たったらしい。

 隣りを見るが、真人は無傷だ。

 本郷は歯を食いしばると機体を必至にコントロールする。


「だい……げほっ、大丈夫です……

 言ったでしょう……土手っ腹に大穴が開いていても、やれますよ……って!」


 本郷が歯を食いしばり、機体を必死に安定させようと試みる。

 そのまま本郷の操縦する高速機は、セカイに墜落していった。

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