第23話 誰にも望まれない時間(1)
激昂する真人の前で、綾香の姿をした何かが一気に起き上がる。
そのまま礼儀正しくお辞儀した。
『初めましてピンクブロンドのサロゲート、私はキュリオス。
デュミナスの一撃は文字通り目眩ましと足止めだったワケか』
真人と目を合わせたキュリオス=綾香が無造作に砲弾を放った。
完全なノーモーションで放たれた砲弾が炸裂し、周囲を球の形に切り取る。
だが真人の姿は当にない。
囲みを抜けたずっと奥でデュミナスを抱えた真人が土煙を上げながら出現した。
真人の腕の中でデュミナスが警告を上げる。
「真人、あれはデヴァステイターです。
効果範囲に入ったら消滅します、気をつけて下さい」
デュミナスの警告を遮るように、黒に染まったマーキスの腕からフォースダートが叩き込まれた。
だそれも空を切る。
真人とデュミナスはすでに移動した後だ。
「分かった。
デュミナス、綾香さんたちを助けるにはどうしたらいいの?」
「コアからキュリオスを引き剥がすしかありません。
彼らの動きを止めてください。
真人、その身体にある拡張機能をすべて解放します」
デュミナスの手を真人が掴む。
真人のパワーキャスターが一層複雑に強く輝きだしたかと思うと、真人がピンクの残像と化した。
綾香たちが弾幕を張るように砲弾を高速で連射するが、すべてが空中で静止する。
そのまま完全に速度を殺されて床に転がった。
機能を全開放した真人のディスアクセラレーターが砲弾の運動エネルギーを全て打ち消した結果だった。
真人側へのエネルギー移動は起こってない。見かけ上とはいえ、エネルギー保存則すらブチ破っている。
何が起こったかを理解したキュリオスが忌々しげに呟く。
『あれはディスアクセラレーターか……!
ソートナインドライバーを使えば、そんな極小サイズに収まるのか』
「綾香さん、気を確かにもって!」
『私は正常だよ。この地球種の個体も……すぐに正気になる』
綾香は真人の叫び声を鼻で笑と、真人めがけてジャンプした。
真人も空中で綾香を迎え撃つ。
パワーキャスター同士の干渉で発生する無数の火花が散った。
打ち合いは真人が完全に押していた。
加速中に放つ真人の一撃はとても重い。さらに反動を無効化できる特性を駆使して信じられない程の早さで連撃を打ち込んでくる。
真人の後ろではデュミナスが一人で黒いサロゲートを何体も同時にさばいていた。
その戦闘の最中、大空間内にシステム音声のアナウンスが響いた。
『安全装置作動――』
次々と隔壁が降り、最後に巨大なディフレクタースクリーンが展開されて汚染区画を封じる。
まだ無事だった重力リングの上で、宇宙服を着込んだアイビストライフのメンバーたちが手を振った。
彼らが手動で応急処置を施したのだろう。
「真人の本体はまだ無事です、せめて救出を……!」
「お願いします!」
デュミナスと真人の叫びに了解のボディサインを出したアイビストライフの人たちがキャットウォークを伝って移動を開始する。
不快そうに顔を歪めたキュリオス=綾香が火砲を向けるが、ピンクの残像がバレルを弾いた。
忌ま忌ましげに舌打ちしたキュリオスの反撃の砲弾は虚しく空を切った――だけでは済まず、顎のすぐ下に出現した真人が身を沈め、ローキックでキュリオス=綾香の足を払う。
綺麗に足を持っていかれた。
尻餅をつくが、常人をはるかに越える反射速度で即座に体勢を立て直そうとする。
だが、それすらも力づくで払われた。
『ええい、厄介な!』
キュリオスは綾香の顔で忌ま忌ましげに吐き捨てると、倒れたまま最大威力の砲撃を放った。
効果範囲には自分も巻き込んでいる。完全な自爆攻撃だ。
だが炸裂より早く砲弾の横をピンクの残像が流れる。たったそれだけで砲撃は威力を失ってしまった。
その後ろで、ふわりと真人が現れる。
速度を司る真人相手にフィジカルで先手を打つことなど不可能だと、キュリオスが悟った。
『あのピンクのサロゲート、どれだけ!』
その叫びと爆炎の間を縫うように真人が綾香に迫る。
真人が綾香の身体に触れようとした瞬間、その鼻先を幾つもの光条が掠めた。
レーザーによる攻撃だ。さすがに光速はかわせない。
下がった真人の横にデュミナスが飛び込んでくる。
「真人、危険です!」
彼女を追って黒い影が幾つも飛び込んでくる。
すっかり外見の変わった黒いサロゲートだった。どうやら真人がキュリオスと戦っている間にも一体が自己進化を続けていたらしい。
その姿は、まるで現代兵器を装備した中世の騎士のようだ。
ヘルメットも生成されたため、もはや誰が誰だかもハッキリとは分からない。
しかも全員スペックも向上しているらしく、さっきまでなら全員を相手にできたデュミナスもいつの間にか押され気味になっている。
そのうちの一体がバイザーをカコっと開けた。
九輪だった。
ヘルメットにすっぽりと収まった顔が……徐々に歪み出す。彼は笑っていた。
「いいねぇ……こいつぁ、面白いぜ!」
「真人、キュリオスが皆の身体を再構成しつつあります。
コアは無事ですが末端はほぼキュリオスのシステムに置き換えられてて……」
「ねえ、ああいうの私にも何か無いの?」
「綾香さん!」
急に響いた綾香の声に真人が驚く。
綾香は真人には関心を持たず、九輪の装備だけを見ていた。
『――ふむ、自我がやけにハッキリしてるな。
良い点と悪い点がある。
これはデュミナスの守護システムのせいか?』
綾香が口を使い出したので、キュリオスは綾香の腕の部分からパワーキャスター越しに会話を始めた。
「ねえ、私にもあんなの無いの?
同じ条件の筈なのに向こうだけ色々できて私が何もできないなんてズルいし、遊んでてつまんないよ!」
「綾香さん待って、気を確かに……」
真人が書けよう塔とした瞬間、綾香が腕を振りまわした。
空中で連続して炸裂した砲弾が壁を走る太いパワーチューブの束を切断する。
水蒸気爆発と共に発生した激しい電磁ノイズが真人の足と視界を遮った。
綾香はさらに追撃で数発放った。
真人は加速で切り抜けようとするが、センサー機能を阻害されたせいで上手く加速に入れない。
そのまま爆発に巻き込まれ、タワーの外へ大きく弾き飛ばされた。
反加速で落下速度を殺すことはできても、蹴飛ばすモノがない空中では再加速に入れない。
真人はそのまま下へと落ちて行く。
『ああ、目眩ましで充分だったのか。
対真人戦術として検討すべきだ。
それはそれとして……ふむ、つまらないとは面白い概念だぞ。
そうと理解した上で受け入れられるのならば……』
「何を言ってるか分からないよ。
それより何か出してってば!
あんなのでは真人くんに勝てないもん」
『そう理解したか。
――ああ、出してもいいが条件がある。
私のサブシステムとなれ』
「ロボットにでもなれって言うの?」
『違う。
プレイヤーではなく、システム側――ゲームを盛り上げる側に付いてほしい。
分かるかね?』
「なるほど。
役割を順繰りに回しても良いなら、いいよ!」
「なあ、それって俺たちも一枚咬んでいいのか?」
九輪もキュリオスとの会話に首を突っ込む。
その顔は、前に真人が誤解したあの笑顔だった。
『構わない』
「いいね! なら俺もやるぜ」
「うん、なら皆もね!」
そう綾香が答えると同時に、綾香と九輪を侵食していた黒い塊が一度、赤黒く輝いた。
二人が顔をしかめる。
同時に黒いサロゲートたち全員にも同じ変化が起こった。
タワーの途中に張り出していた瓦礫を蹴飛ばして何とか戻ってきた真人が、事態を察して叫ぶ。
「やめろ、キュリオス!」
『遅い、契約成立だよ。
サブシステムたちよ、追加したオーギュメントサーブを自由に使うといい。
君たちの自由意思による一方的なセカイへの干渉を許可する』
「何か新しい力が手に入った、ってことでいいの?
よし!」
半信半疑の綾香が両手を広げると、手の間にできた空間を埋めるように巨大な黒い盾状の装備が生成される。
セカイその物を再構築させたモノだ。
汚染されて劣化したゼプトライトを利用したため中途半端なシロモノであったが、それは綾香には分からない。
「わぉ、格好いいじゃない!」
綾香を見ていた九輪も、身体をより複雑な形に変形させる。
より黒く、より歪に。
「綾香さん、九輪さん!」
何とか戻ってきた真人の叫びも空しく、飛び込んできた綾香が腕に付けた大盾の先端で真人をなぎ払う。
急に綾香がニコリと微笑んだ。
「冒険の世界へようこそ!
ねえ、最初は誰が主人公やる?」
さっきまでと違って、今度は間違いなく綾香自身の声だった。
現実をゲームみたいに軽く捉えた物言いに、真人の精神が激しい衝撃を受ける。
「こっ……これはゲームじゃないよ!」
「でも全部作り物じゃない」
綾香の楽しそうな声が響いた。
マーキスたち他のメンバーによる猛攻を辛うじて捌いていたデュミナスが、珍しく激高して叫ぶ。
「キュリオス、高等生物を私的に弄ぶな!」
だが綾香の中のキュリオスには通じていないようだ。
『最小の影響は与えたが、彼女の出した結論に私は無関係だ。
これは地球人の意志。
ただ弄ったことも、趣味が悪いことも否定はしない。
その手の評価がいつも低いのが悩みの種でね』
綾香へのキュリオスの浸食はまだ広がっているが、もう嫌がってはいない。
徐々に黒に飲み込まれる綾香がもう一度、笑う。
「ねえ、思うんだけど……
凄い力を持ってるし、格好いいし、最初の主人公はやっぱり真人くんがいいと思うんだけど、どう?
あ、悲劇成分がちょっと足りないかな。
私はストレスフリーの話って嫌いなんだ、もっと劇的な要素が欲しいよ」
「お願いだ、目を覚まして綾香さん!
ここも現実の世界だよ」
「作り物の空に海。この身体も本物じゃない、私の操作キャラ。
ゲームと同じでしょ?
なら、もっと気楽に楽しもうよ」
綾香が微笑む。
それがキュリオスか、綾香か、もう真人には区別できなかった。
真人は迷っていた。
彼女に対して必殺の一撃を繰り出すことはできる。フル加速して殴ればいい。それで命中箇所が蒸発するほどの威力となる。
だが――それは殺人だ。
綾香みたいに現実ではないと思い込めれば良かったが、それはできなかった。
真人はごく普通の人間なのだ。
そんな真人の葛藤を無視し、すっかり変形を終えて黒く染まったサロゲートたちも綾香と同じように暴れ始める。
やがて、サロゲートたちが全員揃って外側へ向いた。
その先にあるのは……辛うじて生きている転送装置の本体!
そこにパワーアシスト付きの大型宇宙服を着込んだアイビストライフのメンバーが何人も取り付き、必死に作業している。
『強制排除を実行する』
「皆さん、逃げてーっ!」
意図に気がついた真人やデュミナスが、灼熱地獄の中で必死に作業を続けるアイビストライフのメンバー全員へ警告を上げる。
――だが、誰も逃げようとしなかった。
真人の目の前で閃光が連発した。
ただの目眩ましだが、繊細なセンシングを必要とするアクセラレーターをキャンセルさせるには充分な一撃だった。
轟音。
黒いサロゲートたちの放った砲撃が、転送装置本体に放たれた。
「止めろ!」
ほぼ見えない状態で飛び出した真人が、一番手近にいたサロゲートの一体の肩を掴む。
次の瞬間、肩を掴んだ手が何本ものサブアーム――触手に絡め取られた。
触手のうちの一本を力尽くで引き千切ろうとした真人の手が青白く輝く。
「ぎゃんっ!」
真人が悲鳴を上げた。
触手から、その小さな身体に衝撃パルスを打ち込まれたのだ。
――轟音が広がってゆく。
黒いサロゲートたちが放った最初の一撃が転送装置本体のど真ん中に着弾する。
一瞬の後をおき、炎が一気に膨れあがっていく。
アイビストライフのメンバーたちは結局一人も逃げなかった。
その甲斐あってからコア部を守る保護システムがほんの僅か再起動したようだが、灼熱の暴力の前にどれほど効果をあげたものか。
転送装置本体は、着弾と同時に砕け散った。
「……っ!!」
絡め取った触手が何度も電撃を浴びせる中で、真人が声にならない声を上げた。爆炎が内部から吹き上がり、そこで作業していた宇宙服姿の大勢を炎が舐め取ってゆく。
真人がなんとか身体を回転させて触手をふりほどくと、ピンク色の残像を残して消えた。
――ただし、後ろに。
もう間に合わなかった。これから酷い爆発が起こる。
脇で防戦一方になっていたデュミナスを抱き上げ、二人はその場を一気に離れた。
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