第21話 ミッションオーバー

 転送装置中に巡らされた重力リングから莫大なエネルギーの波動が伝わってくる。

 中央に添えられたポットから光が散った。

 まるで何かを優しく受け止めたような――


「三次元側で超弦励起現象を確認!

 ゲイトアウト!!」


 アイビストライフのコントロールセンターで、オペレーターの声が響く。

 機械の外見に変化はない。

 だが表示されるデータには、真人本体がそのポットの中に無事に出現したことを示していた。

 パラメータはグリーンで表示されてゆくが、右腕だけ黄色に変わっている。

 オペレーターたちの顔に緊張が走る。


「司令、ステータスに一部イエローアラートです」


「聖さんに保護剤を注入します。

 睡眠状態を維持」


「ヴァイタルのオールスキャン完了。

 熱傷、およびタイプAの創傷を確認!

 転送時のゲート制御が完全でなかったことが原因と推測します」


「む……」


 オペレーターたちが次々に上げる報告を聞いて、フィッシャーが渋い顔をする。

 事前の予想では、真人にダメージが及ぶ可能性は低いと見られていた。

 フィッシャーが言葉を続けようとする前に、リンクコムからサロゲートの真人の声が割り込んでくる。


『そのくらいの怪我なら気にしないで大丈夫です。

 後で絆創膏一箱全部貼りまくっておきますから!』


 一時、フィッシャーの中で葛藤が渦巻く。

 真人の怪我が軽いことは間違いないが、帰還時も軽く済むとは限らない。

 しかし、いまさら中断するワケにもいかない。


「――すまない、真人。

 カウントは続行!」


「フィッシャー司令、制御鍵の奪取に成功しました!

 コピーも順調です」


 コントロールセンターの一角を占める巨大モニターに制御鍵を確保したことを示すパラメータが流れていく。

 報告があがると同時にオペレーターたちからわーっと歓声が上がった。


「超空間座標の設定完了!」


「鍵の変換とパワーキャスターの展開も順調です。

 地球への転送時は真人さん本体のパワーキャスターも使えるようになりますから、帰還では行きよりも安全な転送が可能です」


『帰還だと?』


「――え?」


 スタッフの一人が、後ろで聞こえた重い声に驚いて振り返る。

 どうやら通路の陰に誰かいるらしかった。

 それが誰かを確認するより前に、目前にあるコンソールへ引き戻される。

 小さなアラートが明滅を始めていた。


「司令、アラート発生!」


「状況を!」


「確認します、お待ち下さい……

 だっ、駄目です……アラートが広がる!」


 コンソールに黄色や赤のアラートランプが踊る。それは物凄い早さでコントロールセンター全体へ広がっていった。


「司令、外部からの侵入を確認!」


「このタイミングでカナンリンクの対ハッカーシステムか?

 制御鍵関連のシステムを緊急停止!」


「だっ、駄目です!

 違います、これは対ハッカーシステムではなく……」


 オペレーターの必死の操作も虚しく、状況は悪化していく。

 コントロールセンターにある機器で正常を表示している物は何も無くなった。

 フィッシャーが自分のリンクコムに飛びついた。


「――デュナミス、そちらから何か分からないか」

『駄目です、こちらも干渉を……

 現在、セカイの保護を最優先しています!』


「くっ……」


「司令、侵入者の狙いはソートナイン関連のシステムです。

 こっ、このままでは聖さんの安全が……聖さんの生命保護を最優先します!」


「聖さんの保護システムに重大な齟齬が発生しています。

 本体、サロゲートともに安全装置が起動しました。

 これよりスターゲイトへの制御システムが自動的に停止シークェンスに入ります。

 座標の有効期限も限界が近い。

 三百秒以内で現在のデータは無効化し、聖さんの地球帰還が不可能になります!」


「……!」


 悲鳴を上げかけたハーミットの肩を、フィッシャーが強く握った。

 振り返ったハーミットがフィッシャーの目を見る。

 その目は、真人の前で絶対に悲鳴を上げるなと語っていた。

 デュミナスの声がひび割れたメイン回線に割り込んでくる。小型端末経由では埒があかないと思ったのだろう。


『フィッシャー、皆さん、ご無事ですか』


「デュナミス、状況を!」


『非常事態です、真人本体に書き込まれたパワーキャスターを逆手に取られています。

 干渉はそこからです。

 影響で真人の本体側との接続を断ち切られました。

 サロゲートの真人は私の守護下にあって無事ですが、干渉の余波を避けるために機能をロックしています。

 ――もう他に手がありません、私がここの全てのシステムを守護します!』


「すまない、頼む!」


「理解に苦しむな。

 どのような意図か説明を願うぞ、デュミナス」


 再び低い声が響いた。

 それは通信機越しの声ではなく明らかな肉声。

 振り返ったオペレーターのすぐ側に――綾香が立っていた。

 見る間に綾香の身体が光りはじめ、紋様のようなパーワキャスターが波打つ。

 その雰囲気は異質だった。

 コントロールセンター内にいる全ての者が気圧され、見入る。


「見鳥……さん?

 なんでパワーキャスターが展開されて……」


 オペレーターがぼそりと呟くと、振り向いた綾香と目が合った。

 その冷たい目は、あきらかに人とは違う異質な輝きを帯びている。

 オペレーターが悲鳴を飲み込んだ。

 動揺はまたたくまに広がり、アラート音の踊る室内に騒音のような沈黙が響き渡る。


『最優先の事項より対処する。

 まずはソートナインによるスターゲイトへの干渉を強制停止』


 綾香が手を高く持ちあげた。

 その腕には、黒く拗くれたタールのような物質がまとわりついている。

 それが一瞬のうちに再構成され、質感も変わって巨大な――大砲に変わる。

 腕自体が変形したかのようだ。

 生み出された大砲の砲口が火を拭いた。

 灼熱の砲弾がメインコンソールの真ん中に炸裂し、生み出された衝撃がオペレーターたちをなぎ倒した。炎が一気に施設内を包み込む。

 更に数発の砲撃が、今度はプラットフォームの外へと放たれる。

 出力はさきほどより桁外れに大きい。不幸にも綾香の近くにいた人間が耳を抑えてのたうち回る。

 砲弾は透明素材の防御シャッターごと一直線に空間を切り裂き、真人本体が眠るポットがあるシリンダー背後の重力リングのひとつに命中した。

 膨大な熱量を持った火球がリングを切り裂く。

 原子一個分の隙間すら許さないリングに小さなクラックが走った。小さな爆発を高速で繰り返しつつ、内部から噴出した灼熱の砕屑物が広範囲に飛散する。

 まるで火山の噴火だ。

 漏れ出た極小ブラックホールが質量を得て蒸発を繰り返し、やがて重力リングを一気にへし折った。砕けたリングは周辺の空間を歪ませながら水面に叩きつけられ、大規模な水蒸気爆発を引き起こす。

 衝撃でコントロールセンターが木の葉のように揺さぶられる。

 透明素材の壁が砕け、粉砕され、たわんだ床が大勢を虚空へ弾き飛ばした。

 大空間が熱や放射線により地獄と化す。

 即座に非常用のディフレクタースクリーンが展開されるが、センター外へ弾き飛ばされた者たちの運命は絶望的だった。

 辛うじて生き残ったオペレーターたちは自分たちの仕事を遂行しようと必死にコンソールにしがみついていた。

 何とか無事だったフィッシャーも立ち上がり、まだ動ける者たちに叫ぶ。


「ドリフター・シリンダーの保護を最優先!

 熱も放射能も衝撃も電気も全部だ、すべてシャットアウトしろ!」


「す、既に完了しておりま――あっ」


 さっきまでアラートが踊っていたコンソールに一度激しい火花が散ると、全ての光が一斉に消えた。限界が来たらしい。

 センターの明かりが一瞬で消え、薄い非常ランプの明かりと、ディフレクター越しに漏れる炎の灯りのみになる。

 警告音すらも停止し、センターは再び静寂に包まれた。

 その中を綾香が悠然と進む。


『地球種たちよ、私はカナンリンクの守護システム、キュリオス。

 即刻、本施設より退去せよ。

 従わない場合、強制排除の用意がある』


 綾香の声もまた、人間らしい部分はない。彼女の言う強制排除も殺処分と同じような意味だろと思われた。

 それが分かっていてもオペレーターたちはコンソールの前から動かなかった。

 修復機材を引っ張り出し、停止した制御機器の前で必死に修理を試みる。

 だが……


「司令……タイムリミットです。

 本ミッションは、これで……終了です……」


 チーフ・オペレーターが血を吐くように呟く。

 血まみれ、アザだらけのフィッシャーたちは石像のように微動だにしない。

 その後ろで衝撃が走った。

 何かが床を激しく突き上げ、転がっていた瓦礫が天井まで飛び散る。


「キュリオス、非常事態です!

 直ちに干渉を停止せよ!!」


 叫び声と共に瓦礫に埋もれていた床の緊急脱出ハッチを蹴り破ったデュミナスが飛び込んでくる。彼女の両足の先端には、不可視の力場を用いた破壊装備であるフィールド衝角が展開されていた。

 それで瓦礫に埋もれたハッチを力尽くで吹き飛ばしたのだろう。


『デュナミスか……』


 綾香が悠然と笑う。

 コントロールセンターは相変わらず闇と静寂の中だ。キュリオス=綾香とデュミナスが、揺れ動く赤と黒に染まる。


「皆さん、下がってください!」


 デュミナスの左掌が開き、そこから発せられた不可視の渦動が壁のメインパネルを包む炎のど真ん中に叩きつけられた。

 熱制御冷却の蒼い力場が展開し、周囲の温度が急激に下がる。コンソールの火勢が一気に落ちた。

 同時にコントロールセンターに再び明かりが灯る。

 どうやらデュミナスが復旧させたらしい。


「フィッシャー、システムを緊急回路に切り替えました。

 負傷者を運び出して下さい。

 ――キュリオス!

 貴様、なぜ私の守護セカイを破壊するか。故障なら排除する!」


 デュミナスの鋭い声が響く。

 だが、その声を聞いて綾香がきょとんと立ちすくむ。


「え……? なにこれ……」


 どうやらキュリオスの人格が元の綾香の物に戻ったらしい。

 綾香がぼーっとしながら周囲を見る。

 破壊の痕、立ち登る炎、煙、そして大勢の怪我人……

 外では巨大なリングが幾つもへし折れ、湖くらいあった巨大プールは半ば瓦礫に埋もれていた。

 真人本体を収納したシリンダーも大きなダメージを受けている。

 崩壊は時間の問題だろう。

 綾香は周囲の状況を徐々に理解していく。全身から血の気が失せ、表情が人の限界まで歪む。


「あ……ああっ!」


「見鳥さん、落ち着いて……

 何も心配はないよ!」


 全身血だらけのシェリオが片足を引きずりながら綾香に駆け寄ると、その手を握って声をかけ続ける。

 綾香は呆然としたまま、シェリオにも何の反応を示さない。


「だって、これ……これ、私がやった……?」


 綾香の身体から力が抜け、その場にへなへなと崩れ落ちた。腕も元に戻る。

 倒れそうになった綾香をシェリオが支えようとするが、ケガをした片手が動かないため、うまくいかない。

 綾香は頭を抱えたまま、絶叫を上げた。


「あ、ああ……いやああ!」

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