第15話 幕間:ホテルラウンジ
騒ぎが収まった後、アイビストライフはホテルの二階ラウンジに集結していた。
幸い重傷者や死者はいない。
物質的被害も、地球人にはともかくカナンリンク全体から見れば軽微だ。
ラウンジに集まったアイビストライフは簡単なブリーフィングを終えると、瞬く間に役割を決めて各人がそれぞれの能力に応じて責任を分担していく。
脇で様子を見ていたマーキスが舌を巻いた。
いつか今回のことを地球で発表するため取材を重ねてきたが、アイビストライフ自身もカナンリンク並に興味深い。
「リーダーがいるように見えて、実際には全員が一斉に動いている。
まるで鳥の群れみたいだな。
これは原始共産制――いや、高度に発達した野生と言うべきか?
地球でこういう組織を作ると血の雨が降るとこだが……」
こういった社会は地球でも理想国家として時々夢見られるが、本当にやった場合は大虐殺を引き起こす――いや、起こしてきた。これは歴史的事実だ。
マーキスが溜息をつく。
小さなものだったが、ラウンジに上がってきたばかりのユーシンが聞きとめた。
「マーキス、どうしたの?」
「ああ、ユーシンか……
怪我がなくて何よりだ、後で真人とデュミナスに礼を言おう。
ため息は……カナンリンクやアイビストライフについて考えてたらつい、ね。
知恵熱が出そうだから頭を冷やしてくる」
ユーシンに軽く手を振ったマーキスが、ラウンジからベランダへ出た。
外は燦々たる有り様だった。
これで天気がよければ嵐一過の朝と安心もできるが、空は灰色のドームのままだ。
自然の景色と壊れかけた人工物では受ける感じが全く違う。
「超巨大プールから眺める……取り壊し中のプラネタリウムかな。
しかし、規模こそ桁外れだが技術的にはどうなんだろうな。
地球人にも手が届くものであって欲しいが」
マーキスの思考がアイビストライフから宇宙人たちへ移る。
ベランダに肘を突いてボーッと考えていると、ふと遠くに動く影に気づいた。
マーキスの機械の目が即座に反応し、ドッグフォームに変形したトゥイーと、それを必死に追いかけている綾香を捉えた。
どうやら競争しているらしい。
綾香も人間離れして早いが、直線での勝負なら四つ足形態のトゥイーには一歩及ばないようだ。
「おーい!」
マーキスがベランダから身を乗り出して手を振ると、二人はすぐ気づいたようだ。
そのままトゥイーがジャンプし、空中でくるっと回転した。
折り畳まれていた何かが一気に広がり、トゥイーのフォルムが大きく変わる。
彼女の身体から広がったのは翼だった。
一度大きく羽ばたくと、トゥイーが速度と高度を上げる。
マーキスがぽかーんと口を開けていると、トゥイーが変形した鳥がベランダの手摺りに止まった。
猛禽類と翼竜を掛け合わせたようなフォルムは格好良いが、間近で見ると大きすぎて少し威圧感を感じる。
『なにー?』
「玄関から入ってきなさい。
あと、お帰り。
真人たちは一緒じゃないのかい?」
『真人は倒れたハーミットを連れてこっち来てる途中だと思うよ。
見てこようか?』
「そうか、ならすぐ来るだろうから中で待っていよう。
見鳥と一緒に玄関から入っておいで」
『うん!
あ、ジュース飲みたい。さっき全部飲めなかったし!』
「そうだな、じゃあお茶にするか。
――見鳥、玄関からだ!」
マーキスは笑いながら二階へジャンプしようとしていた綾香を制止する。
どうやらトゥイーに変な対抗意識を燃やしているらしい。
綾香がジャンプの体勢を解くと、その横に空中でドッグフォームに再変形したトゥイーが静かに着地する。
二人が普通にホテルの中に入るのを見届けたマーキスが引っ込もうとしたとき、今度は遠くからこちらに向かう白い車体に気づいた。
見ると、デュミナスが運転するツーシーターのコンバーチブルがこっちに向かっているところだった。
助手席では水着のハーミットが真人を膝の上に抱いているようだ。
ちょっと気になってズームすると、真人はハーミットの膝の上で顔を真っ赤にしながら俯いている。
ハーミットのはちょっと嬉しそうだ。
「うーむ、子供扱いされて同情するべきか、羨むべきか……」
苦笑いしていると、後ろから九輪がふらりと現れた。
ベランダから外を眺めているマーキスの横に並ぶ。
「マーキスさん、綾香さんたち上がって来ましたよ。
真人くん……たちもすぐ合流してるそうです」
「御苦労さん、九輪くん。
ところで、今なんで口ごもったんだ?」
「いやぁ、くんか、ちゃんで一瞬迷ったもので。
日本語も色々難しいんですよ。
マーキスさんこそ、なに見てたんですか?」
九輪がマーキスの見ている方向に視線を向ける。
外の景色には特に思うところはないらしく、リラックスしている。
「見てたというか、色々考え事をね。
例えば、ここを作った存在は我々から見て異質かどうか、我々をよき隣人と思ってくれるかどうか……とか。
九輪くんはどう思う?」
「工学関係はさっぱりですね。
医学に関しては地球人のずっと先だけど異質じゃない。
少なくとも我々の身体の構造はよく理解できている。
あと……カナンリンクを作った連中は、俺たちを大事にしてくれてる」
「ほう、そう思うか!
なら彼らともっと親密な交流を、例えば国交の樹立とかを……」
「ああ、そういうのは無理でしょうね」
意味が分からなかったらしいマーキスが、片方の眉をひょいと上げる。
それを見た九輪が肩をすくめた。
「カナンリンクは我々の生息地、つまり地球を保全する程度の配慮はしてくれてます。
我々を保護する気は、あるんじゃないですかね……って程度の意味ですよ」
「ああ、対等とは見てくれてないってことか。
これだけ差があると否定できんが、腹立つな」
「ただ、ですね……」
九輪がベランダからホテル入り口に止まったコンバーチブルを見下ろす。
真人、ハーミット、そして運転してたデュミナスが降りるところだった。
デュミナスがこちらに気づいて手を振ってきたので、九輪とマーキスも手を振り返す。
三人は普通にホテルの入口から中に入った。
姿が見えなくなってから二人が会話を再開した。
「さっきの話ですけどね、デュミナス……彼女は別かなと思います。
彼女個人となら対等で友好的な関係を結べるかも?」
「なるほど、デュミナスか。
だが個人的な関係を結ぶのが難しそうな人だよな。人……というか、ロボットというか精霊というか分からんが。
そもそも個人的な付き合いとか、するのかね?」
マーキスが首をかしげる。
今の地球人が自種族以外の知的生命体を見たのは数万年ほど前になる。
ある意味で孤独な種族なのだ。
「うーん……彼女、大体どの人にも公平、友好的に接しますしね。
特別に親しい関係といわれても」
マーキスと九輪が悩んでいると、真人とデュミナスもラウンジに上がって来た。
ハーミットがいないが、多分着替えに行ったのだろう。
このホテル内はショップを含めて完全に開放されており、商品であろうが備品であろうが誰でも自由に使える。
アイビストライフの人たちは、それらを節度を持って使っていた。
穏やかな環境と豊富な物資、思慮深く節制を持って生活している人々――と、カナンリンクは皮肉にも地球人にとってのユートピアに近い。
マーキスが、ポツリと呟いた。
「なあ、ディストピアとユートピアの差は、どこにあるんだろうな?」
「人間の目から見れば、ユートピアもディストピアも同じようなモノだと思いますよ。
我々が考えるユートピアに本当に住んだら、生物として駄目になる。
とくに世代を重ねたら」
「ああ、まあ……そう言われると否定できないな。
でも、この星の種族は克服できたんだ。それは間違いない。
もっと話ができればなあ……
我々はきっと多くを学べるよ」
煮詰まったらしいマーキスがベランダに体重をかけた。
空を見上げると、徐々に青に戻っていく。
どうやらカナンリンクによる修復が始まったらしい。
地面や海はまだだが、空と風は元に戻りつつあるようだ。
九輪がひょいと身を起こした。
「マーキスさん、お茶でも入れてきますけど飲みます?
さっき何かそんなこと言ってましたよね」
「すまない、九輪くん。
オレは資料整理の続きをしたいんで、頼むよ。
ああ、あの資料を地球へ持ち帰れたら!」
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