作者の失踪

 あなたはキャラクターを考えるのが好きだ。そのキャラクターが活躍する一場面を空想するのも好きだ。あなたは空想家である。しかし一度として、それらを小説という一冊の形にまとめられたことはない。起承転結の形式に従って、すべての登場人物たちの言動に意味を与え、伏線を敷き、テーマを構築していくことが、できない。そうしようとすればするほど、あなたの小説は説明的になり、読みにくく、そしてつまらなくなっていく。


「自分勝手にできるのが空想のよいところであるのに、そこへ起承転結を与えようとするから面倒なことになるのじゃないか……そもそも、どうして自分の空想に形を与えてまとめようとしているかと言うと、それは誰かに読んでもらうためなのだけれども、どうして自分はそんなことをしているのか……新人賞に応募して作家になることを夢見てみたり……投稿サイトに中途半端な長さの掌編を投稿してみたり……ああそうだ、思春期を迎えてからというもの、空想をする時間よりも、その空想を自分の外に輸出することにばかり時間を費やしている。子供のころはもっと自由に空想を膨らませていたのに……この頃は「作家になる方法」とか「小説の書き方」とか、そんな創作論の本を読んでみることもあるけれど、……そんな理論や形式に、自分の空想を押し込めることが、私のやりたいことなのだろうか……それで私は本当に満足するのだろうか」


 あなたはぼんやりと考えている。けれども結論は出ない。でも、結論など出なくてもいいじゃないか。あなたは空想に靴を履かせ、自由に歩かせてやることにする。すこし長い前置きはこのくらいにしておこう。


 あなたの私室はとても重たい空気に満ちている。今こそ窓を空け放ち、世界の空気を入れるときだ。そしてあなた自身もその窓から軽やかに出ていく。世界に羽ばたいていく。


 こうして、ある秋の夜、あなたは私室から失踪する。しかし気が向けば、また戻ってくることだろう。抽斗のメモたちは、たぶん気長に待っててくれるさ。

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