あなたは小説が書けない

北条雨傘

すこし長い前置き

21世紀初頭の感傷的論考

 あなたは小説が書けない。徹底的に書けない。絶望的に書けない。


 たまに書けるときはある。流れるように文章が書けてしまう。斬新なアイディア、個性溢れる登場人物、魅力的な場面――そんなものが次々に浮かんできて、自分は天才なんじゃないかと思う。


 しかし結局、あなたは小説が書けない。

 アイディアはまとまらず、登場人物たちは輪郭がぼやけて曖昧になり、場面は全然展開されない。


 なんで書けないのかなと、あなたは思う。


 あなたには嫌いな小説がある。実体験をもとに書かれた自伝的小説だ。「奇跡の再会を経て結ばれた運命の二人の恋愛小説」とか「困難を乗り越えて全国大会に出場したスポーツ選手の青春小説」とか。本の帯には作者の写真が印刷されている。こういう本は嫌いである。読むと、他人のお喋りを目で聞かされているような気分になる。


「そんな稀有な体験があれば自分にだって一冊の小説くらいすぐ書けるに違いない」


 そんな風に思う。――目下、あなたには、小説に仕上げるほど劇的でドラマチックな人生経験は無い。小説を書くことでどうしても伝えたい主義主張なども見当たらない。


 自分は何が書きたいんだろう、と思う。それはぼんやりしている。書きたいことがはっきりとあるわけではない。


 しかし、あなたは小説を書きたい。

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