この世界をお菓子で救うのだ
たけのこ
第1話 一粒五十万円の飴玉
「紗衣ぃ、小腹空いたよお」
ふ、ふ、ふ。悲しき友人の独白こそ、私の本領発揮となるのだ。
状況としては、ただお友達の彼方ちゃんが小腹を空かせているだけ。だって私たちは育ちざかりの十七歳。何かとお口が寂しいお年頃だ。
「あ、私も何か欲しいな」
「紗衣、こっちにもお菓子一つ!」
「紗衣おばあちゃん、おやつちょーだい」
「もーうみんな仕方ないなあ! 紗衣おばあちゃんが今からお菓子あげるから、集まれ集まれー!」
彼方ちゃんの他に桃ちゃん、洋子ちゃん、こころちゃん――もう名前を列挙するのもややこしいが、とにかくお友達が数人群がってくる。ふむ、今回は六人集まった。まずまずの集合率だ。さて、私の方も準備しなくては。小さめのトートバックの中に仕込ませた例のブツを握りしめ、私は高らかに宣言する。
「みんな! 今日のお菓子は黒糖かりんとうだよ! ささ、並んで」
「常葉さん」
あれ、まだ見ぬ七人目が背後に。
しかしお友達一同の顔が急に強張る。あ、これ、もしかして私終わったんじゃない? 振り向くのも怖いが振り向かないともっと怖いので、一世一代の勇気で振り返った。
ホンモノのおばあちゃん、いや失礼、庄野先生が、にっこりしていた。
「学校にお菓子は持ち込み禁止ですよ。って、何回目ですか?」
あ、あはは。
ホンモノのおばあちゃんって、こんなに強いんだなあ。
紗衣おばあちゃん、菓子売りの常葉、誘拐犯常葉氏、等々。
私こと常葉紗衣の二つ名は数多あり、というかみんな好き勝手名付けるので、正直私も正確な数は記憶できていない。だがしかし、その中のコンセプトは一貫しているのはお分かりだろうか。
まあ、つまり、そういうことだ。
私自慢のトートバックには、配布用のお菓子が常時用意されている。
その中のラインナップは日替わりで、今日はたまたま黒糖かりんとうだったが、昨日はうまい棒だったし、その前はアルファベットチョコレート(涼しくなったのでチョコも溶けずに済むのだ。ありがたや)、ついでに明日の予定はおかきだ。
しかしそんなに大量にストックがあり、しかも中身がころころ変わると、お菓子の在庫が大変なことになるのでは? という疑問を持って当然。そのことはお友達からもよく聞かれる。しかし心配ご無用。なぜならいつも売り切れるからだ。年頃の女の子の、お菓子への熱意は枯れることはないのだ。早いと午前中でなくなることもある。
なんで私が食べるわけでもないお菓子を大量に持ち歩くのか、という疑問もよくぶつけられる。ふむふむ、それも至極まっとうな疑問だ。そして回答はシンプルだ。だって私も食べるから。私だって小腹は空くし、なんならお菓子は大好物だ。
こういうとき、ファミリーパックというのはなんと便利なものだ。私はいつもカバンに二袋仕込ませている。駄菓子屋ばんざい。というか、駄菓子屋は私が育てた。
「紗衣ちゃんが遊びに来てくれるから、あたしも暇しなくていいわあ」
こちらも本当のおばあちゃん、そして私の第二の故郷である駄菓子屋みつまめの店主、しずゑさんが嬉しそうに笑う。へへ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。私の自尊心がくすぐられすぎて身もだえしそうだ。
「はい、今日はおかき二袋と、ミニドーナツのお徳用が一袋、新しくこの黄金飴も仕入れてみたんだけど、サービスで三つつけちゃう」
「やったあ! しずゑさん大好き! 結婚したい!」
「やだあ。死んだじいさんに怒られちゃうわあ」
お菓子を買いつつ、こんな風におしゃべりするのもいつものこと。何よりしずゑさんって、なんだか本物のおばあちゃんみたいな気がして、気負いしなくていいんだよね。
ずっしり重たいお菓子たちをトートバックに仕舞い、ラムネを飲みながらしずゑさんとイチャイチャする。これが至福のとき。この心地よさを覚えたら誰だって、駄菓子屋みつまめのトリコになってしまうだろう。でも独り占めしたいから誰にも教えない。お友達にもこのお店は内緒にしているのだ。
いつものように世間話をしていると、ふと、しずゑさんが何かを思い出したように手を叩いた。
「そうそう、珍しいお菓子を孫からもらったのよ。紗衣ちゃん、食べる?」
「食べる!」
即答。当たり前だよね。
そう言いつつしずゑさんが奥から持ってきたのは、手のひらサイズの桐箱だった。見るからに高価そうだ。しずゑさんが蓋を取る。中には一見宝石にも見える、黄金色の飴玉が入っていた。
「わあ、綺麗! これ何?」
「さあ。よく分からないんだけど、世界で一番美味しい飴なんですって。なんでも一粒五十万円するとか」
「は」
なんだと。私のおこづかいが一月五千円なので、えっと、八年ちょっと分になる。なんということだ。天文学的価格じゃないか。飴ってそんなに高価なの? ちょっとした絵画が買えちゃいそうだ。
「し、し、しずゑさん。それ、買ったんですか?」
「まさか! 孫も貰い物だって言ってたわよ。でももったいなくて食べられないからってあたしにくれたの。でもあたしだって困っちゃうわよ。だから、あげる」
「いやいや! いやいやいや! 私だってもったいなくて食べられないよ! むしろ神棚に飾って祀りたい」
「そういうわけにもいかないのよ。だって、賞味期限が今日なんだもの」
ホワッツ? それは、お菓子好きとしては聞き捨てならないな。つまり今日を逃したら、この飴はただのキラキラした物体になってしまうのか。それはもったいない。飴玉の神様に祟られてしまう。そんなの聞いちゃったら食べるしかないじゃない。しかし飴玉をつまむ手が変な汗でぬめってしまう。あああ、私の手の中に五十万円が。
「さあさあ。紗衣ちゃん。ひと思いに」
「南無三!」
た、たた、食べちゃった。五十万円の飴玉の味がにじみ出す。
な、なんということだ!
その味といったら、私の陳腐な語彙力ではとても言い表せない。まるで口の中でフィルハーモニー管弦楽団がワーグナーを演奏しているような――ダメだ。自分でも何を言っているのかよく分からない。とにかくすごい。うま味と甘みの暴力だ。なるほど、これが天国というものか。美味しすぎて意識が遠くなる。この幸せを噛みしめながら死ねるのなら、お菓子ジャンキーとして悔いはない――
「え、え、紗衣ちゃん! 心なしか身体が透けて、え、本当に透けてる! ちょ、ちょっと! 本当に消えるの? ああ、どんどん透けてる!」
わけのわからないことで焦るしずゑさんの声が遠い。ついでに意識も遠くなる。さらば現世。おいでませ来世。私は多幸感に包まれながら、意識を失った。
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