第一章 『病室』
こんなにも瞼は重たかったのかと、未だ働く気配のない頭でつまらないことを考えながら目を覚ました。頭上には無駄に明るい蛍光灯。自分の家ではない匂いがする。独特で特徴的な、だけど嫌いではない匂いだ。いやに硬い枕からは消毒液の匂いがする。徐々に覚醒していく頭で思考を巡らせると、答えを導き出すことは難しくなかった。
「病院か・・・・・・」
と自分自身に再確認させるような小さな声で吐いた。無駄な独り言のせいで横腹に違和感があることを、そしてあの夜のことを思い出さずにはいられなかった。
「病院だ。大丈夫か?『拓哉』。」
返答など求めていない独り言だったが、あまりにも聞き慣れた声が横から聞こえた。
「来てたんだ。仕事は大丈夫なの?」
私は天井を見上げたまま兄の『水原 圭介』に尋ねた。
「仕事から家に帰る途中、道の端で寝てる奴がいたから職業柄ほっとけなくてな、起こしてやろうと思ったんだよ。近寄って声掛けようとしたら、拓哉が腹からナイフ生やして寝てたんだよ。あの時はマジで焦ったぜ。まさか自分の仕事場にSOSを求めることになるとはな。」
そう答えた彼は悪そうな笑みを浮かべているに違いない。確認しようと顔を横に向けようとしたが昔から人の不幸(特に私の)が大好物な彼の魔王のような笑顔が想像できたので彼の反対側を向くことにした。
「おいおい、こっち向けよ。折角心配して居てやってんのに。なぁ刺されたところ痛い?痛いだろ?笑」
「麻酔効いてて痛くはねぇけど、うるさいんだよ!こっちは腹にナイフ刺さってたんだぞ。(この悪魔が。お前が刺したんじゃねーだろうな!)」
数秒の沈黙の後、私の病室は暖かい笑い声で包まれていた。兄なりに元気付けようとしてくれた優しさが嬉しく、少し恥ずかしかった。
「元気そうだし、俺帰るわ。」
そう言うと彼は立ち上がり膝下まであるコートを羽織ながらドアの方へ歩いていった。出口の前に立ちドアノブに手を掛けたまま
「なぁ拓哉、お前犯人の顔見たか?」
ドアの方を向いていたので顔はよく見えないが、怒っているような口調で圧倒された。
「いや、見てないけど・・・・・・」
「そうか、お前を刺した犯人は最近この町で犯行を繰り返している奴かもしれない。確証はないがその可能性が高いんだ。」
「そうなんだ。」
人に命を狙われたのだと思い出す度に嫌な気分になった。そんな様子を感じ取った兄が振り返り、いつもの不敵な笑顔で続ける。
「悪いな、起きたばっかりの奴にこんな事聞いて。俺が絶対捕まえて拓哉の前で裸踊りさせてやるよ。楽しみに待っとけよ!明日、上司と事情聴取に来るからその時に詳しく話すわ。今日はゆっくり休んでろ。」
そう言い残し、彼は長いコートを靡かせながら部屋を出て行った。
私は機械の電子音だけが響く静かな病室で呆然と天井のタイルを眺めていた。
「・・・なんで俺が狙われるんだよ。」
弱弱しく、誰かに縋るような声で呟き、布団を被った。
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