どうか俺を帰らせてくれ、異世界スクールゾーン(仮)

@irohaEN

第一章 どうか俺を転校させてくれ

プロローグ

「ドラゴンが見える。それに、大勢の戦士たちが」


 これは夢だ、と。頭では分かっていた。


 夕暮れに染まる坂で、俺と彼女はゆったりと佇んでいた。まるで人工物など無い坂道、もとい山道は、左手に鬱蒼とした森、右手に断崖絶壁という危険極まりない場所だった。


 二人してこんな場所にいる理由は──ここがスクールゾーンだから。今後、三年間。俺が、俺だけが通う高校が公認する、立派な通学路だった。


「あそこに伝説の剣が刺さって、空には大量の人型機械が戦争しているの。そして、この崖の下じゃお姫さと伝令が、逢引してるわ」


「カオスだな」


 率直な俺の感想に、彼女は無表情で受け流す。


 微睡んだ目元に光はない。いつでも彼女は眠気を湛えた表情で、よくわからない事を言う。


 他人の評価など爪先ほどにも興味ないのか、それとも、人間の言葉そのものに全く興味がないのか、多分そのどちらかだろう。


 もう一度、俺は思い直す。これは、夢なのだと再確認する。


「なあ橘」


 それでも、口から出る最初の言葉は、決まって彼女の名前だけだ。これ以上の振り幅は、この夢に存在しない。彼女の意味不明な妄言を聞き入れて、俺がずっと秘めていた想いを打ち明けるだけの、そんな夢なのだ。


「なあにテル」


 此方を見ないまま呼ばれるふざけたニックネームに、俺は淡く期待する。そうだ、彼女との距離は大分縮まったはず。例え今日で最後の帰り道、だったとしても、この想いが静まることは一切ない。更に燃え上がるだけだ。


 そう、あの沈む夕日のように赤く、気持ちを明るく照らしあげるだけ。


「俺さ、実はお前のことさ……」


「手紙かくよ」


 唐突に彼女が振り向いて、合わさる視線。


 久しぶりに顔を突き合わせた気がすると、現実を直視したくない俺の脳内が、ふっと色を無くす。


 彼女と知り合って、何度何度も思った。コイツの眼は卑怯だと思う。


 何を思っても、どれだけ大切にしたいと思っても───すべからく否定してしまうような、絶対的拒絶が、その瞳に浮かんでいた。


 あれは人間じゃない。あれは、人形だ。とクラスの奴が言ってたのを思い出す。


「……ホントかよ」


「私、うそつかないし」


 笑って彼女の肩を小さく小突く。抵抗しないままユラユラと揺れる身体がふと崖から落ちるんじゃないかと不安になって、慌てて手を伸ばす。


 けれどその手は、届かない。


 だってここで終わる夢なのだから。


「橘?」


 呼びかけて気づく。自分は最初からひとりぼっちだったことに。静まり返った山道で、波紋のように広がる虫の音。空に浮かんだまっしろな月。夜道でただ独り、俺は音もなく伸ばしたてを下ろす。


「手紙。待ってるよ、橘」


 そうやって今回も力なく呟いて、俺は何度も何度も、今回の夢を終わらせた。

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