さようなら、わたしの愛した異世界よ。

春森灯色

わたしはこの世界を

「あたしたち、元の世界に帰れるんだって!」


 大広間にみんなを集めた真里が叫ぶようにそう言うと、一瞬の沈黙があった。突然のことすぎて、言われたことを理解するのに時間がかかったのだ。


 本当に帰れるの、と誰かがつぶやいて、真里がうなずいた。それでみんな現実味が湧いてきたらしく、歓声が上がって一気に賑やかになる。


 高校生のわたしたちはある日突然、魔王討伐のために異世界に連れてこられた。というより、気がついたら異世界にいた。

 地球から喚ばれた人間はざっと三十人くらいいて、全員がばらばらの場所から来た初対面だったけれど、この世界で一年を過ごすうちにお互いのことがよくわかるようになった。


「地球から来た全員が欠けずに揃っていれば送り返すことができるっていう、魔術が完成したんだって」と真里が言う。

 真里は強くて明るくて、初めからわたしたちのリーダー的存在だった。彼女がこの大所帯をまとめてくれたから、誰も欠けることなく、しかも二か月というスピードで魔王を倒すことができたのだ。いや、二か月が早い方なのかは知らないけど。


 だからこそ、帰る方法がないと知ったときのみんなの落胆は激しかった。これは長い夢か仮想現実みたいなもので、やるべきことが終われば普通に帰れると、なんとなく、根拠もなく信じていたのだ。


「よかった……みんな一緒で、ほんとによかった……」

「やっと帰れるんだね……」

「戻ったら何しよう……」

 安堵の笑みを浮かべる子。力が抜けて座り込む子。感極まって泣き出す子もいる。


 息苦しさを覚えて、わたしは胸を押さえた。


 わたしたちが救ったこの世界。

 魔術があって、王国があって、不思議な生き物がたくさんいる。

 マクドナルドもカラオケ店も雑貨屋もないし、電話もメールもSNSもないけれど。


 魔術を使ったときに舞い上がる花びらのような魔力片が綺麗で。

 平和になった王国の、感謝してくれる人々の声がうれしくて。

 森の奥に棲む竜や、夜にだけ現れる白い精霊たちのことがもっと知りたくて。


 この世界が好きだった。ずっとここにいたいと思った。この世界を、愛していた。


 地球に帰るくらいなら。夢から醒めるくらいなら、わたしは。


「どうしたの?」

 気づいた真里が声をかけてくる。でももう遅い。ひどい頭痛がして、視界が黒く染まっていく。ああこれは、わたしが殺したまおうの、いろだ。


 ごめんねばいばいさようなら。みんなはどこにもかえれません。

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さようなら、わたしの愛した異世界よ。 春森灯色 @harumori9931

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