山賊の娘

a.kinoshita

第一章

第1話 本と私と姉と

 私の名前は木内飛鳥きうちあすか

 十六歳。

 私は、この日、恋の鐘を鳴らした。


 学校の渡り廊下で。

 髪の長い、香り立つような美しい女の人に。

 すれ違いざま。

 恋に落ちかけた。


 けれど。

 その数時間後。

 私は、本の中にいた。

 本を読んでいるのではなく。

 本の中に


 ジェットコースターのような一日で、何がなんだかわからなかったけど。

 でも。

 何度か、本の中と現代を行ったり来たりするうちに。

 さすがに三回目で納得出来たのだ。

 でも、とりあえず姫君がピンチそうなので、説明は後ほど……。



「ど、ど、ど、どうしましょう。姫のお着物が盗まれてしまった」

 一人の中年の女の人がおろおろしていた。

「五条! 何をしていたのだ!」

 こっわい顔のヒゲもじゃの男が、五条と呼ばれた人を怒鳴りつけていた。

 どうやら、水浴びをしていた姫君の着物が盗まれてしまったらしい。

「かような所で、代わりの着物なぞ……」

「あの。これ、良かったら」

 私は、三百円で、リサイクルショップで買ったピンクの浴衣を差し出した。

「あっ」

 二人は、驚いて私を見た。

 五条さんは、

「で、で、では、ありがたく……」

 そう言って、うやうやしく受け取った。

 私は、この後の展開を知っていた。

 この後、私は、一人の美少女と出会うのだ。

「姫様が、そなたに一言、礼を言いたいそうじゃ」

 ほらね。

 そして私の前には、ピンクの浴衣を着た、瞳が大きく薄い唇が印象的な可愛らしい少女が立っていた。

「かような、可愛い着物をありがとう。私は、しずかと申します。そなたは」

「はい。木内飛鳥です」

 私は。

 ぺこりと少女に頭を下げた。

 これが、私と静の出会いだった。



「えっ、明日までだっけ、読書感想文」

「飛鳥、まだやってないの?」

 友人の山田文花やまだあやか、愛称文ちゃんと。

 河村ひかり、まんまひかりの二人は顔を見合わせた。

「やばーい。二人は終わったの?」

 ガタガタと椅子を引いて、机の引き出しをまさぐる。

「あった」

 一週間放置したままの原稿用紙が、クタクタになって出て来た。

「私はさっき出した」

 優等生な上、上品さが顔立ちにも表れているひかりは、隣の席に座った。

「私は部活で忘れそうだったから、けっこう前に出しちゃった。ねー、まだ本も読んでないとかないよね?」

 文ちゃんが私の顔を覗き込んだ。

 文ちゃんは、剣道部の部長で、超が付くヒーロー(ヒロイン)だ。

「そ、そんな訳ないじゃーん。私のお姉ちゃん、フリーライターだよ。家に書庫だってあるしさ。本は読んであるよー。本はぁー」

 二人は。

 可哀想なモノを見るように、私を見ていた。

 -コイツ、絶対読んでもない-


「ねー、お姉ちゃーん」

 家に帰ると、ダッシュで二階に駆け上がった。

 ノックと同時に部屋に入ると、

「ってゆーか、ノックの意味ないから!」

 姉が振り返った。


 木内野理花きうちのりか

 才色兼備で自慢の姉だった。手足が長くて、スタイルも良くて。でも、容姿とは全く異なるくだけた一面もあって。

 私には他に姉がまだ二人いるけれど、おカタいあの二人より、私はこの姉のほうがなぜか気も合った。

 仮に。

 仮に今、この人が、輪ゴムで髪を縛っていて、解く時に『痛てー』とか言っていたり、『なんでコイツが大賞で私が佳作なんだよ! 私の小説の方が完全に面白いやんけ』と、ブツブツ独り言を言う汚部屋のぬしになっていたとしても。

 今も昔も、私はなぜかこの姉が大好きだった。

「ねー、のんちゃん助けてー。私、読書感想文まだ書いてないのー!ってゆーか、読んでもないのー。何か読み易くて書きやすい本教えてー!」

 私は、姉にすがった。

「いいよ。その代わり、いつものトレードで」

 姉は笑った。

「じゃあ、この部屋掃除してあげるし、肩も揉んであげる。お姉ちゃんの好きなお菓子もコンビニで買って来てあげるから」

 かつての面影もない、出不精でルーズになった姉との取り引きは。

 あっさり成立した。


 姉はおもむろに立ち上がると、

「これ、面白いと思うよ」

 一冊の本を見せてくれた。

「どんな内容はなし?」

「すっごいきれーな女山賊の話。弓の名手なんだよ」

「女なのに山賊なの?」

「六代目の六晴ろくはるに、男の子が生まれなかったから、男の子みたいに育てられたの。ま、読んでみなよ」

「戦国時代?」

「さー。あんまし、って設定にしなかったから。でもそのくらいかもね」

「お姉ちゃんが書いたやつ?」

「そ。大昔ね」

 そう言って姉は、又、机に向かった。

「きれーな女山賊かあー」

 まあいいや。

 つまんなきゃ、また違うの借りよ。

 それくらいの気持ちで、本を開いた。


 そう。

 これが。

 全ての始まりだった。

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