#Functionyou;diVe-"Pieces"

唯月希

>Ⅰ


「痛っ」

 自宅のキッチンのシンクに立って洗い物をしていたあたしは、そんな独り言をつい発してしまった。

 食器用洗剤特有の洗剤のぬめりのせいで、ワイングラスをシンクの底に落としてしまって、割れる前に掴みとろうと思ったら間に合わず、割れてしまい鋭くなってしまったグラス本体に触れてしまったのだ。

 自分なりに、それなりに整えている、どちらかといえば細めの白いと言っていい手の左の、人差し指。

 完璧ではないにしろ整えてきたその指に、綺麗に赤い線が一つ浮いている。

 ーこれで、切れてしまったのだろうか。

 という、自身に対する呪いにも似た思いが、心の黒い方から湧き上がってくる。

 これが、あの人の使っていたものなのか、あたしの使っていたものなのかはすでにわからないけれど、いずれにしろ、あたしが勝手に作っている一つのささやかな二人の形は、目の前で残酷にも壊れて、片割れになってしまった。けれどぞれは、意匠としても特段明らかなペアグラスというものでもない。あの人が持ち帰って使っていたりするものでももちろんなければ、デザインから見ても二つ揃って完成するというようわがままなものでもない。けれど、それはあたしにとって、一人で暮らしている自分の住処で保てるほんの数個の、二人の形だった。そのはずだったのだ。けれどそれは、あの人の帰る人の誇る力のような、けれどグラスは地球の摂理である万有引力に惹かれて落ちて割れた。きっとあたしとあの人の終わりが近いのだろうと思いながら認めたくない。

 痛みのせいにしてないてしまおうかと思ったところで、シンクに叩きつけられる蛇口からの水の本流の音に現実に引き戻されてしまった。

 ー一人で泣いても仕方ないんだもんね。

 言い聞かせて涙をこらえるなら、口に出した方がいいはずなのに、あたしは思うだけでその決定を受け流しつつ認める。

 悔しい、けれど、それはあたしが何をどう主張しようと、あの人の心をちゃんと塗りつぶす力がないからなのだ、とも思う。対面して、背中に手を回してくれるから、魅力がない、ということではないと思うけれど、やっぱりあの人の背中の後を見ると落ち込む自分は絶対にいる。

 そんなところまで膿を出そうとしてしまう、あたしの不注意で壊してしまったグラスによって付けられた傷。秒速で迫り来る自覚していなかったりわかりきっていたりするそんな思いの煮沸が心をざわつかせるけど、とりあえず水道の蛇口から流れる水を一旦止めて、救急箱をしまっている棚に向かうためリビングに行く。

 出血はそれほどでもない。

 けれど、その血液を床に垂らしたくなくて一旦ティシューに吸わせてから、棚の扉を開け、取り出した

 バンドエイドをぎこちなく貼る。我ながら不器用だな。

 貼り終えたバンドエイドのコットンの部分に、うっすらと赤色が滲んだのを確認して。どれくらいの勢いで出血しているのか確認する。一旦自分の血のシミが広がりを抑えた、と判断したときに、どうしてこの血液を無駄にコットンに染み込ませているのだろうと少し虚しくなる。

 ーあの人の舌にこれを垂らしたら、もう少しだけ…

 いけない空想が頭の中に生まれる。

 その瞬間。

 さっきまであの人と使っていた割れたグラスの後片付けをしないといけないのに。

 左眼から、つい、と、流れる涙が、あたしをかき乱し始める。 

 ない温度を追いかけても、そんなものはすぐに冷めてしまうのに、なぜあたしはこうも、あなたに惹かれてしまったんだろう。

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