第十五章
リョーがコントロールルームに戻ってくると、そこは完全にル・ア達が制圧した後だった。だが、協会の残存部隊が窮鼠となって捨て身の攻撃を始めていた。
「オイ!」
リョーはル・アのバトルスーツに近寄り、声をかけた。スーツは大きく傷ついてはいたが、戦闘能力は健在だった。
『生きていたか』
ル・アの無関心そうな声が聞こえる。
「あの長老は始末した。宇宙ショベルカーも、こっちのモンになったぞ」
『把握している。方舟もプリカーサーの土木機械も、協会に向けてより苛烈な攻撃を始めている。異形体は全てが機能を失った。もはや敵はいない』
スーツの外からでは知るよしも無かったが、ル・アは満足のいった様子だった。
『ティウはどうした』
「……この方舟をコントロールしているのが、奴だ」
『そうか』
それ以上、ル・アは何も聞かなかった。
『オクルタが撤退路を確保している。退くぞ』
*
撤退は進撃よりも楽だった。通路を埋め尽くしていた異形体は失せ、代わりに遭遇するのは補給を断たれた協会の武装隊だけである。個の力も装備も充実しているル・アの敵では無かった。
一行は元来た道を戻り、一度は塞いだ破口を再度開け、方舟の甲板に出た。そこには六機の戦闘艇が待っていた。
「……! カクイ!」
リョーは、ル・ア達がアーコンと呼ぶ戦闘艇のカーゴに、カクイの姿を見つけた。
「リョー……」
カクイは憔悴した様子で、近づくリョーを迎えた。
「ははっ! 死ぬタマじゃねぇことは分かってたけどよ……!」
リョーは久しぶりに笑った。カクイの二の腕をパシパシと叩く。
「リョー。実は……」
「なんだよ。辛気くせぇ」
カクイは口ごもった。だが、続けた。
「君の血液サンプルを……失った」
「……は?」
リョーの顔色が一瞬のうちに変わった。
「僕の落ち度だ。すまない」
「……悪い冗談だろ?」
「本当だ」
リョーは豹変した。歯をむき出しにし、カクイの襟首を掴んで詰め寄った。
「ふざけんな! アレのために、一体どんなに苦労したか……!」
「弁解はしない。僕が悪いんだ。殴られても仕方ない」
「それで謝っているつもりか!」
「殴るなら殴れ!」
カクイの絶叫がリョーの耳をつんざいた。
「殴ってくれ……。リョー……。いっそ殺してくれ……」
カクイの目から大粒の涙がこぼれた。自分よりも年上の男が泣いているのを見て、リョーは冷静さを取り戻した。
リョーはカクイの襟首に入れていた力を抜いた。さらに落ち着きを取り戻すため、彼は周囲を見やった。
何人かのクローンが、明らかに医療従事者の手当を受けたようだった。
「……お前はお前の仕事をした。なくしたのは……事故だ」
それを聞いたカクイは慟哭した。カーゴの床につっぷし、血が滲むほどに床を叩いた。リョーの性格をよく知るカクイにとり、リョーの言葉がいかに無理をして絞り出した物かは想像を絶したからだ。
アーコンを含め六機の戦闘艇は、ル・アのクローン全員を収容し、作戦領域を脱出した。
途中、協会の小型艇や駆逐艦に因縁を付けられそうになった。だが、それらはことごとく方舟や天体機械に妨害された。
宇宙空間へ脱すると、そこも修羅場に陥っていた。
プリカーサーの天体機械は三つの艦隊に包囲されていたが、それらを次々と撃破している。もはや協会がプリカーサーの技術を手に入れることは不可能なのは明らかだった。
「……ご苦労さんだな」
アーコンの窓から見える決戦の明滅を見ている内に、リョーは眠気に襲われた。まだ危機を完全に脱したとは言えない。だが目を開けていられなかった。
リョーは自問した。そういえば何日寝ていないのか。シャトルを出る前からまともに寝られていなかった。二日か三日か。全行程で張り詰めっぱなしだったリョーは、ボロボロだった。
*
リョーは眩しい白色灯の明かりで目覚めた。
「……起きたか」
リョーは白いベッドに寝かされていた。隣にはカクイが白衣を着て座っていた。
「……ここはどこだ」
リョーは上半身を起こした。頭がクラクラするのを感じ、ニコチンが切れかけている事を自覚した。
「冥王星だ。連邦政府の船が出張っている」
「政府の? ……ずいぶんVIPな話だな」
いくらか思考に余裕が出てきたところで、リョーは周囲を見渡した。彼が寝ているベッドと同じようなものが、両壁際に一列ずつ並んでいる。それらの上に重傷のクローンが横たわっていた。
「政府の船ってことは、俺のことはもうバレてるのか?」
リョーはカクイに確認をとった。太陽系外の物資の持ち込みは固く禁じられている。
カクイがそれに答えようとしたとき、別の声が割り込んできた。
『連邦政府の所属ではあるが、ちょっとイレギュラーでね』
ル・アと共に、四つのプロペラで浮遊する小機械がリョーの前に現れた。
『条約監視局の特捜船だ。特殊権限を与えられている。この船内ではいかなる宇宙法や条約よりも、監視局の規則が優先する』
パラパラとプロペラの音をせわしなく散らす小機械を、リョーは奇異の目で見た。
『ああすまない。自己紹介がまだだった。ジェイだ。地球連邦政府条約監視局監視室特捜第一班班長。つまり、協会中枢に巣くうスパイだ』
「ロボットが?」
リョーの質問に、小機械は微震して笑った。
『ハハ。これは音声を届けるための仮初めの姿だ。本当はスーツで挨拶しなければならないほど、君の今回の活動には感謝している』
ジェイが一通り喋ったあと、ル・アが引き継いだ。
「お前の協力を一通り報告した。協会はスードゥより完全撤退し、方舟や天体機械は警戒状態ではあるものの新たな動きを見せていない」
『君がスードゥ人長老との間を取り持ったおかげで、ル・アは最小限の被害で任務を終えられた。しかもプリカーサーテクノロジーを自己防衛状態で安定させた。感謝に堪えないよ』
「俺じゃねぇさ」
リョーは二の腕を掻いた。ニコチンパッチがベロリと剥がれかけたが、彼はそれをひっぱたいて元に戻した。
「ティウが自分で自分の星を守っただけだ」
ティウの名前が出てきたことで、カクイは何かを思い出したようだった。
「そうだ。リョー。君のスーツのバイタルサインを確認したんだが、一時危険な状態に陥ってた。何があった」
「ティウがトラップに引っかかって、一緒に死にかけた」
「よく無事だったな」
「なんだか知らないが、最期と思って吸ったタバコで、回復できた。どういうことだよ」
カクイは親指で顎の下をカリカリと掻いて思考を巡らせた。そして指を鳴らした。
「ニコチンだ! ニコチンはアセチルコリン阻害剤として働く!」
「……要するに、ゴミが出なくなったのか。タバコのおかげで」
「そうだ。ついでにニコチン中毒のおかげで、アセチルコリン受容体もいくらか不活性化されている。頬の内皮から吸収されるニコチンは、脳の伝達物質よりも素早く結合するからな。もっと早く気づいていれば……!」
カクイは頭を掻きむしった。だがリョーは責めなかった。タバコ自体が人間の生活から消えて久しい上、スモーカーでないカクイには関係の無い事柄だからだ。
話にジェイが割り込む。
『……その脳内伝達物質の話は、君の特技のことかい?』
「特技って?」
リョーはとぼけて見せた。
『ル・アの弾を撃ち落としたり、ほぼフルオート状態の銃で格闘を行うそうじゃないか』
ジェイのランプがチカチカと緑色に光る。
「知ってんだろ? 俺の脳みそや体が、エイリアンとの雑種になってるって」
『まぁね』
隣でカクイが小さくため息をついた。
『君のDNA解析結果や渡航歴、勤務歴、全部洗わせて貰った。肺を失ったのは災難だが、協会の実験に参加したのは軽率だったな。条約第十九条第二項に違反する』
リョーはフンと笑い、視線を落とした。すかさずカクイがかばった。
「彼のおかげで、その何とかっていうオーバーテクノロジーが悪用されず済んだんでしょう? 特例とか恩赦とか、無いんですか」
『特例を許すと調子に乗る輩が現れる。法律っていうのは、基本的に血も涙も無いんだ』
安っぽいスピーカーからキンキンと聞こえるジェイの言葉は、まさに社会を動かす官僚という名の機械にふさわしかった。
「大事な用事があるんです。せめて数時間でも、太陽系に入れるように……」
『ダメだ。入国制限を緩めるワケにはいかない』
「しかし……!」
カクイは血液サンプルを失った責任を引きずっているようだった。なおも食い下がる様子を見かねたリョーが口をはさむ。
「もういいさ、カクイ」
重苦しい空気が、場を支配した。
「何故帰らなければならないんだ」
先ほどまで黙って話を聞いてたル・アが、興味深そうに尋ねてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます