とはいえ、地獄はヘルのかな

馬場卓也

プロローグ 

そこは赤と黒の世界……。


 赤い空の下、黒々とごつごつした岩だらけの荒野が広がる、まさに地獄。というか地獄そのもの。

 亡者が集いし、あの地獄である。


 遠くで犬の遠吠えが聞こえる、それも一匹だけでなく数匹。

 それに混じり、野太い勝どきの声が響き渡る。

『うぉおおおー、やった、やった、やったぞー』

『ついにこの地を制した、あとはもう時間の問題だぁ!』

『よし、そうであればここは一旦引き上げ、じわじわと攻め落とそうぞー』

 男たちの勇ましい声と、犬の声が徐々に遠のいていき、いつの間にか黒い大地には剣山の如く、旗が数十本突き刺さっていた。

 旗は白地で、〇にハの字が書かれている。センスがいいかといえば、むしろその逆だ。声の主たちがこの地を攻めた証にと、刺していったのだ。


「……」

「……困ったなあ」

 声がすっかり聞こえなくなった頃、岩陰から、2つの影が姿を見せた。ひょろひょろとやせた体に、頭には2本の角。そして、その体色はそれぞれ赤と青の2人……鬼だ。

「あいつら、また来るってさ」

「知ってるよ、というか一緒に聞いてたじゃねえか。しっかし、ここももうお終いかなあ」

「バカ、地獄の獄卒たる俺たちがそんな弱気でどうするんだ! とにかくだ、大王様にご報告だ」

 そう言いながら、2人はヒョコヒョコと歩き始めた。


 そして、閻魔庁。そこは地獄の全てを司る、閻魔大王の治める部署である。

 従来のおどろおどろしい雰囲気から一転し、近代的な、もっといえばどこかのオフィスビルかと見紛うような外観であり、閻魔大王の部屋もどこかの社長室のようであった。

 先ほどの2人の鬼は、デスクに座る閻魔大王の前に跪き、事の仔細を伝えた。

「……というわけです、大王様」

「はぁ、やっぱり来たのね……やっぱり来たかあ……」

 2人の前にいるのは、20代後半に見える、ダークスーツに身を包んだ女性。これがまた従来のイメージとは全く違う身なりの閻魔大王だ。

「はぁああ、いやンなるなぁ」

 と、閻魔は深い溜息をつく。

「報告のあった焦熱地獄の他、針山、阿鼻叫喚も制されたとのことです、ハイ」

 社長机、いや閻魔机の後ろに控えたスーツに黒ぶちの細いフレームメガネの、いかにも『できる』といった感じの秘書、カガミがそう告げる。

「はぁああああ、困った、困ったなぁ」

 閻魔大王はうんざりだ、とばかりに頭を振った。

「やっぱり舐められてるのかなぁ、地獄界初の女性閻魔大王として、改革を進めたいと思った矢先に異世界からの介入……はああ、問題山積だわ、こりゃあ大変だ」

 閻魔大王はまるで他人事のように、デスクをこつこつで指で叩く。

 

 地獄を襲った、恐れ知らずの異世界の者たち……。相手は誰だか分かっているが、今の地獄界には打つ手がない。目の前の獄卒の痩せた体を見ても、今の地獄の状況がかなり困窮しているのが分かる。


「いかがいたしますか? こちらから攻め入るという手もありますが」

「またあ、カガミは好戦的なんだから。今やるべきはここの改革よ。こんな辺鄙な場所、占拠したってどうにもならないのにね。それか、アチラさんが攻めて来てもいいから、うちらが暮らせるぐらいの土地は残してもらうとか」

「大王、そんな弱腰で……向こうがこちらの言う事を聞きますでしょうか?」

「ま、聞かないわよねー。相手が相手だもん、ここの土地全部ぶん取る勢いよねえ」

 なんとものんびりした物言いだ、本当にこれで地獄を立ち直らせることができるのか? とカガミは思ったが口にはしなかった。

「では……戻ってきてもらいましょうか?」

「へ? 誰に?」

「誰って、姫様に」

「いやいやいやいや、それはないわ」

 ぶんぶん、と大王が手を振った。

「あの子一人帰ってきたところで、どうにかなるもんでもないでしょ? それに行ったばかりだというのに」

「それはそうですが、姫様はご自身の中に……」

「アー、ダメダメ。あの子、使いこなせないんだから、アレ。戦力にもなりゃしないわよ」

「では、今後の対応を外交担当と相談してきますので。あ」

「『あ』ってなに、気になるじゃないの?」

 部屋を出ようとしたカガミが、ふと足を止めた。

「連中、あっちの世界にいる姫様の所に行かないかな、と思いまして。フフ、それはないですね、ないない。考えすぎですね」

 と、閻魔大王の顔が険しくなり、ダン、と席を立った。

「あるある、それ大アリじゃない。うーん、こりゃ困った。困りごとが多いよ、全く」

「さっきは大丈夫って言ってたくせに……」

「じゃあ、引き戻そうか? しかし、行ったばかりだし、心配させると悪いから、このことは悟られたくないし……いっそ誰か護衛つける?」

「はあ。あちらには一人つけておりますけど、どうにも心細いですね。しかし、こちらも人手が欲しいところで」

「うーん、じゃあ、こうしましょう。誰か亡者を護衛に就かせましょうか、新規で」

「『新規で』って、そんな。亡者を作るのですか? 閻魔大王直々に人を殺めるのはいかがなものかと」

「仕方ないけど、ぴったりの人間に心当たりないこともないから、なんとかするわ。資料渡すから、あと、段取りよろしくね」

「はあ……」

 閻魔大王の知り合いで、死んでもいい人間? そんな人間っているの? と、カガミは思った。


 ところが、いた。

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