第58話 蘇る大地


 数日後


 英吾達は荒れ果てた荒野に流れる一つの大河の近くに来ていた。


ごォォォォォォ!


 荒々しい大河の激流が目の前を流れる。

 目の前の大河は相当な広さで対岸が見えないほどの広さである。

 濁流もすさまじく、相当な水量の大河だ。

 嘉麻は大河の水流を見てぼやく。


「いつ来ても凄まじいな……」


 いつもの洋服で川の様子を眺める嘉麻。

 今日は英吾、嘉麻、スティ、麿の4人で大河の様子を見に来たのだ。


「これだけの水があれば用水さえ引けばいくらでも畑は作れるのですが……いままでどうやってもこの荒れ地で作物が育たなかったのです」

「ふむ……」


 スティの困った説明に麿はいつものなんちゃって公家姿で土を見ている。

 どうもこの姿がお気に入りのようで、暇さえあればこの姿になっている。


(どんな仕組みかわからねーけど、前世の姿になれるみたいだしな……)


 英吾も不思議そうに麿を眺めていると麿が大河の様子を見る。


「まずは最初に用水を引いて池を作る処から始めるでおじゃる」

「……池? 用水池でも作るのか? 」


 英吾が不思議そうに尋ねるが麿は首を横に振る。


「そうでは無いでおじゃる。土をリセットするために、まずは水を引いて魚を養殖するでおじゃる」


 そう言うと麿は両手を包んで何やら魚を出して見せてポチャリとため池へ放流する。

 彼は前世で生産したものを召喚することが出来る。


「三つほど前の前世で休耕池養殖というのがあったでおじゃる」


ぽんっ♪


 麿の姿が緑色の肌をした頭に角が生えた犬耳のおっさんに変わる。


「この時に俺はこれらの生き物を養殖していた」


 そう言って手から小さな蟹と七色に光る虫が出てきてそれもため池に入れる。


「この水中にすむコガネムシは糞を食べる。そして蟹は雑食性でそのコガネムシや残飯を食べる」


 それを聞いて顔を顰める英吾。


「……汚ねぇな。普通に肥料にすりゃ良いんじゃねぇの? 」

「それも方法の一つだが、寄生虫の循環という問題も起きるからな」

「なるほどね」 


 寄生虫の循環は人糞を肥料にするときに起きる。

 堆肥にした際に寄生虫の卵が付着して、そのまま体内に入るのだ。


「それに堆肥にするのは時間がかかるし臭い。だから、別の生き物を間に入れる必要があるんだ」

「それがコガネムシや蟹ってことか……」

「そうだ。人間よりも口が小さくてかみ砕くから卵が残りにくい」

「どうでも良いけど、前世によって言葉遣い変わるんだな」

「ほっとけや」


 英吾の言葉にぶっきらぼうに答える麿。

 どうやら三つ前の前世は強気の性格のようだ。


「ただ、それだけだと、水が汚染されるだけだからこれも入れる」

「牡蠣か……」


 麿は召喚した牡蠣をそのまま川に放り込む。


「この牡蠣は水を浄化する。この池に糞尿やゴミを入れるとその水を浄化してくれる」

「なるほど」

「さきほどの小さなコガネムシと蟹は糞尿やゴミを処理して、そのコガネムシやカニを魚が食べる」

「それだと巡り巡って俺らの所に戻らねぇ? 」

「魚は食べるために使わない。干物にして粉にして肥料にする。その過程で残った寄生虫は死ぬ」

「理屈な仕組みだな」


 感心する英吾。

 ちなみに理屈なとは石川方言で『うまく出来ている』という意味だ。

 

ぽん♪


 麿は元の平安貴族姿に戻ってため池を差して言った。


「水で土をリセットしつつ、魚を育てて肥料にして、尚且つ牡蠣も食べられるから、このやり方が一番良いのでおじゃる。その関係でこういった養殖業者と農家が共存することもあったでおじゃる」

「へぇ……」

「ちなみにマスター鯉、グランド蟹、ヘブンズ黄金、ウォルター牡蠣と呼ばれる品種で『休耕池四天王』と呼ばれる鉄板養殖でおじゃる」

「使われ方の割に名前がすげぇな」


 苦笑する英吾。


「そんでリセットと言うのは? 」

「荒れ地を耕すためにはまず土を変えないといけないでおじゃるが、土を変えるためには水で流すのが一番でおじゃる」

「……水で流す? 」


 英吾の疑問にうむとうなずく麿。


「植物が育たない理由は一つで土の中の栄養素が偏り過ぎているからでおじゃる。ここの土は恐ろしいほど栄養が偏っているでおじゃる。それに……」


 そう言って荒野の方を指さして全員に見るように促す。

 麿が指さした先には荒野の凸凹を指さしているのだが……


「ああいった凸凹のある砂漠は元々田畑があった証拠でおじゃる。ここはひょっとして昔は広大な農作地だったのでおじゃるか? 」


 それを聞いてハッとするスティ。


「そうです! ここは太古の昔に栄えたヴァルガリア帝国の中心地だったんです! 」

「そういやそんな話があったな 」


 英吾も不思議そうに呟く。

 スティは続けて話した。


「ヴァルガリア帝国は小麦に満たされた帝国として繁栄したのですが、神の怒りに触れて田畑が作れなくなったと聞きます」


 困り顔で説明するスティ。

 だが、麿はうんうんとうなずいた。


「恐らく食べ物に満たされたのは『化学肥料』を使ったのでおじゃる。この土は化学肥料の使い過ぎでダメになった土でおじゃる」

「化学肥料って……大昔だぞ? 」


 訝し気に尋ねる英吾。

 だが、麿は平然と答えた。


「太古の昔であっても化学方程式は変わらないでおじゃる。化学肥料の中には『土に混ぜるだけ』で使える肥料もあるでおじゃる。さすがに何の鉱物を混ぜたかまではわからんでおじゃるが、畑が使えなくなった理由はそれでおじゃる」

「どーりで何やっても育たないわけだ」


 ようやく納得できた嘉麻。

 最大の謎が一つ解けたのでほっとする。


「本当は洪水で下の土砂を丸ごと変えたいでおじゃるが、とりあえず流すだけにしておくので先に土を整理しておくでおじゃる」


 そう言って麿は両手を広げる。


ぽんっ♪


 今度は恐ろしく不細工な青色肌の男に変わった。


「……ひょっとして他の前世か? 」


 英吾が不思議そうに呟くが気にせずに麿は叫んだ。


「大地よ動け」


ごゴゴゴゴゴゴゴ!


 麿がそう言うと、突然大地が脈動した!


「お、おい! 」

「きゃあ! 」

「なんだ! 」


 見てみると目の前の土が少しずつ動き始めたのだ。

 

「おっ? 」

「これは……」


 段々と畑のような形になっていく……

 なってはいくのだが……


「……時間かかるな……」

「でも、普通に土木作業するよりは早いですよ? 」


 英吾はあきれ声にスティは答えるが、確かに普通に土木作業するよりも早い。

 戦闘には間に合わないだろうと言う程度の速度で、実際にはショベルを使うよりも早く終わっている。


そして一時間後……


「ふう……」

「おー♪ 」

「良い感じじゃん♪ 」


 疲れて一休みする麿と歓声を上げる三人。

 簡単な用水と田んぼがワンセット出来上がった。


たぷ……たぷ……


 田んぼにはすでにため池の水が入ってきており、なみなみと水を湛えている。


ポンッ♪


 再び公家姿に戻るのだが、流石に疲れたのか、土の上に座り込んでしまう。

 

「これで良し。後は池が育つのを待つでおじゃる。はやければ一か月後には畑に出来るようになるでおじゃる」

「それだけで大丈夫なのか? 」

「あの大河にも十分な生態系があるはずでおじゃる。用水はちゃんと出入り口を作ったでおじゃる。あそこの生態系も含めてこの池に栄養が来るから一か月もあればこの土は復活するでおじゃる」

「……そんなやり方があったとは……」

 

 感嘆の声を上げるスティ。


 確かに田んぼには取水口と排水口があり、水が循環するようになっている。

 嘉麻も感心して麿に言った。


「こんな風にあの畑を作ったんだな」

「あれでも何年もかけてやっとで作った畑だったんでおじゃるよ? それなりに愛着もあったでおじゃる」

「大丈夫だ。これからあの倍以上の畑を作らせてやるからよ」

「それは嫌でおじゃる……もう農民は嫌でおじゃる……」


 嘉麻の言葉に泣きそうな顔になる麿。

 それを見て英吾は笑って言った。


「作った畑の分だけ、ヴァリスの町の劇場でコンサートさせてやるぞ? 」

「さてと。もう一つ作るか」


 そう言って張り切ってもう一つ作ろうとする麿。

 嘉麻は不思議そうに英吾に小声で尋ねる。


「劇場なんかあったのか? 」

「あったよ。野外で舞台だけしか無かったけど」

「……それで大丈夫なのか? 」

「良いんだよ。それぐらい好きにさせてやっても良いだろ? そんだけの事をしてんだから」

「まあな」


 それまでどれだけ頑張っても出来なかった事をいとも簡単にやって見せたのだ。


 彼自身は気付いていないが、麿が行った『緑の革命』は後の歴史に名を残すほどの大事業となる。

 そして彼の緑の革命は民草に大きな影響を与え、『農神』として祀られるほどになる。


 特に彼がもたらした『米』は連作障害に強いので飢餓で苦しむ人々の救世主となっる。


 ただ一方で『下手な横好きの神』としても祀られ、才能が無いのに芸能の道に入りたがる馬鹿の親にも人気の神様になる。


 英吾はふとスティの方を見た。

 スティは感激したように英吾の方を見ている。


「本当にあなたって人は……どんな問題もあっという間に解決してしまうんですね……」

「不可能を可能にする男だからな! 」


 そう言ってVサインを見せる英吾。

 するとスティは困ったように言った。


「じゃあどうして『女の子にむやみに手を出さない』という簡単なことは出来ないんですか? 」

「……簡単なことは出来ないんだ」

「言い訳になりません! 」


 そう言って逃げる英吾を追いかけまわすスティ。

 それを見て嘉麻は良い笑顔で笑った。


 ヴァリスの土地に明るい希望を芽生えた瞬間でもあった。


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