妄想秘密結社

はつみ

妄想秘密結社

 少年と少女が廊下を走っていた。

「まだ2時間目だぜ。勘弁してくれよ。」

「どうせ、岡林の授業じゃない?あの先生同じことばっか喋るし。」

「あー。」

 普段着の上に学ランを羽織った少年は、去年の英語の授業風景を思い出していたようだが、別の疑問をふと口にする。

「なあ、一つ聞いていいか。」

「なによ。」

「なんでお前そんな恰好なんだよ。」

 少女はだらしない少年の服装とは対照的に、軍服を着こなしていた。

「うるさいわね。こういうのは雰囲気が大事なのよ。」

 

 彼らが屋上に続く階段までたどり着いた時、銃を片手に目出し帽を被った2人の男がちょうど上の階から降りて来て言った。

「おい、お前たち止まれ。我々はテロリストだ。今からこの学校を」

 彼が喋り終わる前に、少女は勢いよく階段を駆け上がり、彼の顔面に膝蹴りを食らわせた。

 すぐさまもう片方の男が拳銃を構えようとするが、少女は蹴りの反動を利用して空中で宙返りをしそのまま脳天に踵落としを食らわせる。


 「空気読んでやれよ。そいつまだ喋ってたじゃん。」

 「前口上と変身を待ってくれるのは、空想の世界だけ。それにどうせ、テンプレートみたいなことしか言わないんだから。」

 「しかし、本当にテンプレートだねえ。このご時世に学校でテロリストだなんて、異世界から魔王でも呼んでくれていいんだぜ。」

 「こんなこと考えてるのは絶対男ね。あんた見てると分かるわ。」

 彼らは軽口を叩き合いながら階段を上り、最上階の扉を開けた。

 「おいおい。テロリストの全校集会でも始まんのかよ。」

 屋上には武装した集団がひしめき合っていた。



 ここは肥大化した妄想が現実になる世界。頭の中の妄想は、極度の集中状態、またはその逆、極度の退屈さが生み出す無意識により現実世界に発現する。

 この学校の何処かの誰かの下らない妄想をぶっとばすのが、彼ら「妄想秘密結社」の役目。


 「おい。黒井、この問題解いてみろ。」

  2年A組の教室で、数学の教師が生徒の名前を呼ぶが返事がない。

 「黒井の奴また寝てんのか。」

 名前を呼ばれている少年は、机に突っ伏したまま微動だにしない。

 「先生。森さんも相変わらず、爆睡してます。」

 「こいつらはまったく...。後で特別補習だな。」


  「妄想秘密結社」に所属する彼らは、自らトランス状態に陥ることで、自分自身を妄想世界に送り込むことができる。


  

 「ちょっと多すぎない。この妄想してるやつは、どんだけ暇人なのよ。」

 「これが終わったらスカウトしに行くか。」

 「私達だけじゃ、知らない間に課題増やされてたりするしね。」


 「そうと決まれば。おい森、あれをやるぞ。いつものを支援を頼む。」

 「ええ... 、あれをやるの。」

  少女の返事もまともに聞かずに少年は懐から、一冊の黒いノートを取り出す。

 「闇に葬られし、黒の書パンドラ。」

  

 「黒井!それは3年前に封じた禁術じゃない。」

 「この状況、ひっくり返すにはこれしかないだろ。」

 一拍おいて、少女は言う。

 「でも、それじゃああなたは...」

 「大丈夫だ。心配するな。」

  彼が左手に携えたノートはペラペラと自然と目的のページまで開かれる。


 「詠唱。不滅の熾天使の炎アムルタート。」

  

  少年がそう叫ぶと、開いたページが燃え上がり、同時に巨大な火柱がテロリスト達を飲み込んだ。



 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムの音が鳴ると同時に残っていたわずかばかりの残党は姿を消す。

 「ねえ、あれやるの恥ずかしいんだけど。」

 「あれって?」

 「とぼけんなバカ。あんたの黒歴史ノートの下りよ。なんで私が、それを使ったらあなたは...、なんて言わないといけないのよ。それに黒の書とか言いつつ、天使の炎って。」

 「うっせ。ああいうのは雰囲気が大事なんだよ。」

 妄想秘密結社の活躍により、どこかの誰かの頭の中からこぼれ出た妄想は排除され、世界は日常に戻る。



 つまらない日常。期待していた高校生活も、半年経てば適当に授業を受けて帰ってゲームをして、また学校に来るだけの日々。だが、今日の放課後は少し違った。

 「なあ。斎藤君だっけ、部活とか入ってたりする?」

 「いや入ってないですけど。」

 僕の目の前には、二人の知らない先輩が立っていた。

 「それならさあ、妄想秘密結社に加入しない?」

 「妄想秘密結社?なんですか、それ。」

 「んー。この学校を守る。正義のヒーロー?」

 僕はつい、その返事に笑っていしまう。

 「おいおい、馬鹿にすんなよ。学校に現れるテロリストを倒したり結構大事な役目なんだぜ。」

 先輩は真面目な顔でそう言った。

 「すみません、先輩が面白くってつい。でも、なんで『妄想秘密結社』なんて大層な名前なんですが。」


 二人は声を揃えて言った。

「「こういうのは雰囲気が大事なんだよ。」」

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