2.魔導
五時。
約束の時間から一時間も遅れていた。
しかしあちらから強引に持ちかけた話。別段守る必要もない。
もちろんそれでリリーナの心象を悪くしてもケイジ本人には関係がない。
「あら、遅かったわね」
しかし彼女はそこにいた。
まさか一時間も待っていたというのか。
そう驚きを目の当たりにするもすぐさま隣を見て気付く。
「ケイジさんの分はちゃんとありますよ」
既にステフとお茶会を開いていたのだ。
ティースタンドに盛られた料理は半分が無くなっており、紅茶も飲み進められていた。
「紅茶を淹れてくるわ」
「いえ、それは私が――」
「気にしないで。自分でやらないと気が済まないの」
なんとも、居心地の悪い空間。
落ち着きのない仕草を入れてケイジは空いている椅子に座る。
「ケイジさん、いい機会です。アフタヌーンティーの作法を学びましょう!」
その溢れる意気込みにケイジは眉間にしわを寄せた。
「そんな顔してもダメです!」
「いいわ、私は気にしないから。それに客人は彼よ。客人は持て成すものなの」
そう持論を唱えてケイジの前に紅茶を出す。
淡赤に染まったお湯は甘い香りは漂わせて彼の鼻を刺激する。
「それで、ケイジさんってどういう方なの? ステフはよく知っているの?」
椅子に座るや否や肘を突いて前のめりにそう聞くリリーナにステフも含め少したじろぐ。
「えーと・・・・・・ケイジさんとは長い付き合いではないわ。最近入った人だからリリーナさんと感じることは同じよ」
「そう、じゃあ誰もケイジさんに詳しい方はいらっしゃらないのね。ケイジさん、ゴルルゴート出身って言っていたけどゴルルゴートのどの辺りなの?」
紅茶をすするケイジは少し熟考した。
「たぶん、北部」
なんとも曖昧。というよりなぜそこが曖昧なのか、二人は訝しむ。
「そう、こちらに来てどれくらいになるの?」
「だいぶ」
その適当にあしらわれる感覚にリリーナの眉がピクリと動く。
「じゃあ、ケイジさんはこちらの暮らしにも慣れてらっしゃるのね。ところでなぜこの学校に?」
「捜し物をしていて」
「捜し物? 学校に? ケイジさんここの出身だったの? 忘れ物ならわざわざ従業員にならなくてもいいじゃない」
「もし、資料が欲しいのであれば学園長にお話を通しますよ」
ステフの提案は至極最もだ。
「自分で探すから大丈夫だ」
「・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・?」
しかしそれをあっさりと拒否した。
二人は様々な憶測を脳内で思考するも少ない情報では何も導き出せないでいた。
「ねえ! もしかしてケイジさんの捜し物って白髪の少女かしら?」
しかしそれに一番動揺したのはステフだった。
「そういえば、あの子ってなんなんだ? 学校でも全然見ないし生徒って感じじゃないが・・・・・・・・・」
「ケイジさんあの子と知り合いじゃないの?」
ケイジはステフにそう問うも、返答よりも先にリリーナがあり得ないと言わんばかりに割って入った。
「いいや」
その一言にリリーナは空気が抜けた風船の様にため息を吐いて背もたれに上体を預ける。
「てっきり関係あると思ってたのに・・・・・・・・・ねえステフ、あの子本当に何なの? ステフあの子のお世話係でしょ? 最近じゃいい噂が絶えないわ。沈黙を決め込むのも仇よ」
「・・・・・・・・・」
リリーナの言葉にカップを握りしめ、淡赤の水面を見つめる。
「あの子は――そうね。保護しているのよ。ちょっとあってね。学園長直々で保護してるの。だから噂するのは勝手だけど、あの子とは関わっちゃだめよ」
リリーナが初めて見る深刻な表情にその言葉が本当だと言わしめる。
「さ、リリーナは夕食の時間じゃないかしら。ケイジさんはこの後、昨日の続きを教えるわ」
ステフにはぐらかされるように茶会を終わらされ、リリーナは納得がいかないも、時間もそれ相応に過ぎていた。
「ふぅ、あの子もあの子で謎だけど、ケイジさんもよく分からない人ね。また遊びに来るわ」
「あ、えーとあまり来てほしくは――」
言い終える間もなくステフの言葉は扉が閉まる音でかき消された。
「疑問に思うことを追求するのは勉学に於いてはとても良いけど、それをあの子に向けないでほしいなぁ・・・・・・・・・・・・」
ステフの絶えない悩みのタネとなっているのだろう。
片手を額に当てて大きなため息を吐く。
「大変ですね」
「あなたもあなたです! 作法も知らないのになんでここの教師になるなんて言ったんですか! おかげで私が苦労する羽目に・・・・・・・・・」
「便所掃除してますけどね」
「はぁ・・・・・・・・・・・・」
泣きたい。
心底そう思い浸るも大きなため息を吐いて気持ちを切り替える。
「さあ! やりますよケイジさん! 嫌な顔しない!」
眉間にしわを寄せるケイジに一喝。
本棚から教科書を取り出してケイジと対面に椅子にどっしりと座る。
「あら、今日はお掃除いいの?」
昼下がりの午後。
広大な敷地を誇る学園の芝生で昼寝に勤しむケイジに話しかけてくる女子が一人。
「掃除が早く終わってね」
「毎日あれだけピカピカに掃除していればやることなくなるんじゃないの?」
「そのおかげで昼寝ができる」
寝転ぶケイジの隣にちょこんとリリーナは座る。
「あなたが来てからトイレが綺麗になりすぎてそわそわするわ」
「それはそれは、申し訳ありません。リリーナ様」
なんともわざとらしく、大仰に身振りをするケイジにリリーナはクスリと笑う。
「冗談も言えるようになったのね。それで、捜し物は見つかった?」
「まだ」
「ねぇ、ここの従業員になってまで探す物って、あまり大きな声で言えないような代物なの?」
未だ、リリーナの好奇心は衰えず、ケイジという新しい疑問符にも釘付けなようだ。
「リリーナ様、一介の貧民にご興味を持たれるのはいささか不純ではございませんか?」
覚えたての気難しい言葉を並べて牽制するも、逆にリリーナに火を付けてしまったようだ。
「ご忠告ありがとう。しかし貴族というのは領地を統べる者。そこに住まう民に興味を持たねば何を統べるというの」
「・・・・・・・・・・・・ががががあああああああああ」
「寝るな!」
反論叶わず、寝た振りでごまかすケイジに即座に突っ込みを入れる。
「どうしたの?」
いきなりケイジが起きた。
しかも真剣な眼差しである方向を凝視する。
「ねえ、ちょっと――」
「てめぇが白髪の少女か」
木々の木漏れ日が届く林の中、白髪の少女が木の根本にうずくまっていた。
「てめぇは貴族なのか? ああ?」
全身を震わせる少女に威圧的な態度で話しかけるのは着崩した制服の男子。
黒髪のその男子の後ろには同じく着崩して睨みを効かせる男子が数人。
「貴族なのかって聞いてんだよ!」
ダンッ
木の幹に片足を押し付け、恐喝に走る。
「ルーファス、もう止めよう」
「ああ!?」
取り巻きの一人はどうやら乗り気ではないらしい。
しかしルーファスはその一人に食って掛かる。
「そ、その子噂の子だろ? あんまり関わらない方が――」
「てめーはそんな噂でビビるのかよ!」
「そ、それに学園長が保護してるって話も聞くし、変に手出さない方が――」
「それならそれで上等じゃねえか。ふんぞり返ってるクソジジイに一泡吹かせれるだろ!」
バシィ!
「ひっ――」
杖を取り出し、そのまま横一直線に振り払った軌跡は木の幹に傷を付けた。
「・・・・・・・・・・・・めて」
「あ?」
「やめて」
「ほら見ろ。口が聞けないって噂は嘘じゃねえか。どうせお前も貴族の端くれだろ? しかもクソジジイ関係なら大層ご立派な――」
「やめて!!」
刹那、ドンッという爆音と共にルーファスと少女の間に大の字で構える男が現れた。
その光景にルーファス達は頭の処理が追いつかず、呆然とするしかない。
「ミア!!」
男子を正面に大の字から姿勢を直し、直立するケイジは彼らを睨む。
「ミア! 大丈夫?」
駆けつけたステフはミアを抱きしめるも、ミアは見開いた瞳から大粒の涙を流してケイジの背中を見る。
「ミア?」
ミアが見つめる先、そこに視線を移す。
新調仕立ての服はコートからシャツまですべてが、まるで幾重にも刃物で裂かれたように八つ裂きにされ、彼の背中が露出していた。
「大丈夫。大丈夫よ・・・・・・・・・」
すぐさまミアの視線を外させ、ステフの胸元に顔を埋めさせる。
「お~い、何したんじゃ~」
顎に蓄えた髭を揺らしながら息を切らせて林を走る老人が一人。
「ふえぇ――ふえぇ――おや、ケイジく~ん」
まるでトラブルメイカーと言いたげなヴェルター学園長の物言いにケイジは少し口を尖らせる。
「それで何があったのかね? バーレイくん」
「あ、いや――」
「ステフくん、その子を連れて帰りなさい」
それにミアを抱きかかえてステフは足早にその場を去った。
「ケイジくん、後ろを向いてくれないか?」
「ッ!?」
その八つ裂きにされた服はルーファス達の瞳に焼き付いた。
「ルーファス・バーレイ! エドモンド・グローバー! ジョシュ・アップルヤード! 罰として彼の新しい服を買ってきなさい」
「なっ!? なんで俺達が――」
「君達がいたずらに憂さ晴らしをするせいで彼が被害を被ったんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・チッ」
納得がいかないと舌打ちをして彼らは踵を返した。
「よろしい。では――」
学園長はケイジの方に振り向き、ニヤニヤと顔をニヤつかせてケイジの顔面まで近づく。
「わしの部屋、行こっか」
昼の休憩が終わった校庭は静かに心地よい風を流している。
そんな風景を窓越しに学園長は見つめる。
「彼女をどう思うかね?」
カチ――カチ――カチ――と時計の音だけが響く部屋でケイジは口を開く。
「制御できてはいませんね」
「それだけかね?」
わしが聞きたいのはそこではない。と言いたげな返しに彼はため息をもって面倒臭がる。
「あの歳であの力はあり得ないでしょう。制御できないのも頷けます。それにあの件も彼女のその力が絡んでいるのは容易に想像できます。彼女は一体どれほどの魔導を扱うので?」
テストであれば満点の回答だろう。
「君が知る必要はない」
学園長はそう一言。椅子にドンと腰掛けて疲れを口から漏らすようにぐったりと座る。
「そういえば、ケイジくん、教師になりたくてここ、来たんだっけね」
「ええ、そろそろ情報漏らそうかなと思っていた頃です」
教師として就職したはずなのに便所掃除ばかりな労働の不満を冗談で返すケイジの余裕に学園長は鼻で笑った。
「彼女の事は口外厳禁じゃ。学生から何か言われても一言たりとも相手にするな。それを守れればいい」
教師の仕事の出来不出来よりもケイジが如何に情報を漏らさない事に終始する。
「分かりました」
「君がなんの目的で捜し物をしているかは知らんが、余計な事はせんでくれよ」
既に学園長の耳にもケイジの目的の一抹は入っていた。
それが牽制なのかはケイジにとってそれほど危険視するものではなかった。
「ところで、君は魔導に関して大分熟知しているようだね」
机に肘を突いて手を組む。
ニヤニヤとその蓄えた髭から真っ白な歯を覗かせ、目は半月状に歪む。
「まあ、それぐらいの教養がなければ教師は務まらないのでは?」
「三百ぐらいの距離かな? 簡易魔導陣で空間転移なんて自殺行為してかつ、人と人の間に正確に転移しちゃう。どんな修行したらそんな馬鹿げた真似ができるのかね?」
地獄耳、とでも言うべきか。
高々数時間前のことにも関わらずケイジの一連の魔導を詳細に言い当てた。
「まあ、わしが一番気になるのは些細な魔導の振動を感知したことと、あれほどの魔導を身に受けて傷一つ付かないことじゃがな」
半月状に歪めた目を細く、上目線で睨む学園長にケイジは背中に悪寒が走るのは感じる。
「ま、そういうことだから、君実技授業請け負ってね」
「実技?」
「校庭で何かしら魔導をさせるの。内容は任せるから。それじゃ帰っていいよ」
言いたいことを言い切って用が済んだから帰れと言う学園長に、少しばかり腹立たしさを覚えていいものだが――
「分かりました」
いつもどおり、社交辞令を述べて一礼し、部屋を出るだけだった。
「ケイジ、か・・・・・・・・・・・・」
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