ショートショート「かく乱」
棗りかこ
ショートショート「かく乱」(1話完結)
三谷は、凍りついた。
おれの、パンツ…。
なんで、俺のパンツ…?
三谷は、看守を見た。看守は、慌てて、三谷から視線を逸らした。
「あ、あなたの!」下着ドロは尚も言い募った。
「あなたのパンツをくれませんか。」
三谷は、鈍いだけでなく、空気の読めない刑事だった。
三谷は、ガタンと、椅子を蹴ると、ロボットのように、立ち上がって、憤然とドアノブに手を掛けた。
「三谷さん!」
コイツ、まだ、下着ドロ気分でいやがる…。
もう、これ以上の時間は、ムダに思われた三谷だった。
下着ドロの必死の愛の告白は、朴念仁三谷には、通用しなかった。
そして、三谷は、怒りのどん底で、下着ドロを罵っていた。
変態め…。
だが、その原因が自分の笑顔にあることを、彼は知らぬ侭だったのである。
イカン…。
刑務所の外に、上着も羽織らない侭、出て来てしまった…。
寒い北風に晒されて、三谷は、ハックションと、大きくクシャミを繰り返した。
空は、来た時と、違って、雨が今にも振り出しそうだった。
イカン…、傘忘れてきた!
その時、ざーっと大粒の雨が、三谷を打ちのめすように、降ってきた。
とことん、ツイてない日だ!三谷は、空を、神様を罵った。
で?
お休みされるんですか、三谷さん?
事務的に、婦人警官が電話口で尋ねる。
「40℃の熱が…。」
お大事になさってください、婦人警官は、それだけ言うと、受話器を置いた。
三谷が病気になって、心配したのは、何も知らされていなかった、山さんだけだった。
「アイツ、大丈夫かな?独り住まいだろ?」
同僚は、ぴくんと耳をそばだてた。
「今日、帰りに寄ってみるよ、アイツのアパート。」
婦人警官も、ぴくんと書類を持つ手を止めた。
三谷の独り住まいのアパート…?
皆が、固唾を呑んだ。
布団?
二人は…。
二人は…。
今日こそーーーーーーーー!
「山さん!」
「三谷!」
二人がどうなるのか、婦人警官たちが、山さんと三谷の今夜を思って、きゃあと手を握り合った。
山さんが、動いた!
山さんの、三谷のアパート訪問は、署内じゅうの知るところとなった…。
今日なんだわ。
今夜ね。
二人は、とうとう…。
署内の全員が、今夜こそ…と、そわそわした。
だが、山さんも三谷同様、案外鈍いヤツだったので、なんか、署内が浮ついてるなあ…程度だった。
署の全員が、山さんを見送った…。
もう…。
もう、明日は…。今までの山さんじゃない…。
全員が、もう、帰ってこない人を見送るかのように…。つぶやいた。
三日後…。
三谷は、治り切らない風邪を引きずりながら、出署した。
三谷が、部長に挨拶をした。
「三谷、もういいのか…。」部長は、おずおずと訊ねた。
はい、山さんが来てくれたので、助かりました…。まだ顔がほんのり赤かった。
山さんには、ほんと、お世話になりました…。おっと、部長に笑顔だ…。三谷の顔が弛んだ。笑うと、ほんのりとまた表情が赤らんだ。
あ、赤くなった?
え?
婦人警官たちは、顔を見合わせた。
やっぱり、赤い…三谷の顔。
はにかんだ?
これって、何かあったって、事?
やっぱり…?
山さんも、あれから、風邪気味だし。
これって、三谷が山さんにうつしたってこと?署内がざわめいた。
アパートで何があったのか…皆が、想像を逞しくした。
あんなことや、こんなこと、そして、熱く手を握り合った二人の姿を…。
やっぱり…二人は。
二人は…。
三谷は、また、咳をした。そして大きなクシャミ。
そこへ、山さんが出署した。
「山さん!」
三谷が、喜んで駆け寄ろうとした時、
山さんと三谷が二人同時に大きなクシャミをした。
クッシャーーーーーーーン!
クッシャーーーーーーーン!
きゃあああああああああ…!
やっぱり、二人は…。
婦人警官たちは、叫びながら、表に飛び出していった。
出そびれてしまった、部長と、山さんと、三谷を部屋に残したまま…。
かく乱…。
―完―
ショートショート「かく乱」 棗りかこ @natumerikako
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