第276話 最強は城主を目指す㉙

 死に顔を晒した聖劉が消えて、笑終えた面々に沈黙の時間が訪れた。

 合計十一人しか残っていない城内で、どうやって攻略しろというのか。

 博士の考えなしな行動の結果が、何もできない――これである。

 さてどうしたものかと物思いにふける私。笑いすぎて腹筋崩壊寸前だったらしい白とさゆたんは、息を整える。困惑顔でこちらを見ているのは雪継と千桜だ。

 敢えて反応はしないが、同盟チャットで博士が制裁を受けたらしい文言が流れた。しかも複数回。博士は萎えてはいないのだろうか?


 長い沈黙を破ったのは白で「ren」と私を呼ぶと、ジト目を向けた。


「今回の件に私は何も関与してない」

「……そうか、それはまーそうなんだろう。でもな、せめて気付いたなら言え?」

「同盟チャットで打ち込む時間がなかったし、逃げ切って教えようと思った」

「ほー。そうか、白チャで言えば良かったろ?」

「……そうだけど、面白そうだったから」


 ついポロっと出た本音に、さゆたんまでもがジト目を向けてくる。

 だって仕方ないじゃないか、凄く面白そうだったんだもん。

 視線を通路へ向けつつ、私はそれ以上何も言わないよう口を閉ざす。


「博士のラボの場所教えろよ?」


 博士のラボ内の情景を思い浮かべ、私は嘆息する。

 ラボと言えば聞こえはいいが、あそこはただのボロ屋である。ゴブリンが沸く狩場の中にある小屋を博士が勝手に我が物顔で使っているに過ぎない。


 中は見るまでもなく床やテーブルを埋め尽くす多種多様なポーションの山があり、中途半端な位置に置かれているものもあるため、アバターの衣装が少し触れただけで落ちて爆発したりする。

 これが街中なら死ぬ事はないのだが、何せ街から遠く離れた山の中にある掘立小屋なので……確実に死に戻りが確定している。

 今の状態の白が行けば、潰す前に死に戻りする!と言う訳で、一応良心から白を止めてみる。

 まぁ、どうしてもと言うなら教えない訳にはいかないけど、私は二度と行きたいと思えない。

 

「どうしても行きたいなら止めない。けど……止めた方がいい」

「ちょ、renちゃん不穏な事いうのやめるでしゅ」

「……珍しく、renが止めてるわいね」

「パイセン、辞めた方がいいんじゃない?」

「はぁ……誰だよ。博士のパトロン!」


 止めるべきと止めた私の言葉に察したらしい白は、大きな溜息をついて頭をガシガシ掻いた。パトロンについては飛び火しそうなのでスルーする方向で動く。


 気持ちを切り替えたらしい白が「それで、ここからどうすんだ?」と言いながら王座の間の入口に視線を向ける。

 黒たちが戻るのはもう少し時間がかかりそうだ。だったら、簡潔に終わらせる方法を考えよう。

 実際、NPCが持つ城はNPCを全滅させなくても、王座に座る王様を打ち取ってしまえばほぼ決着となり、NPCの攻撃は止む。開いた王座に雪継が座れば、新たな城主が雪継になる。


 実際に中を見てみない事にはわからないけど、残り三分の一なら倒すより強行突破で王座に座ってしまえば戦う必要はないはず。ただし王座の間に王様が生存していた場合は、それを倒して座るしかないけど。

 王様自体はほぼ攻撃力はないし、HPが多いだけなので遠距離組に魔法とスキルをぶっ放して貰うだけでいい。壁役と言う名の囮は、まず千桜にやらせればいい。雪継さえ生きていればいい訳だし。

 

「うーん。もう面倒だから、王座に座ってるの殺して、雪継座らせればいいんじゃない?」

「えっ! 俺あの中に一人で進むの? 超絶、嫌なんだけど……」

「renちゃん面倒って言っちゃダメでしゅw」

「雪継一人で進ませる訳ないでしょ?」

「作戦はどうするんだ?」

「まず、王様の存在の確認。生きてたら王様を削り切るまで、千桜はマラソン。千桜が死んだら、NPCが戻ってくるから次、って感じでその間に、私、さゆたん、白で王様鎮める。王様が死んでたら、千桜がタゲ執ってマラソン。雪継が座る」

「どっちに転んでも私が、マラソンだわいね」

「頑張れよ、前衛!」


 作戦を話し終えた私はさゆたんと白と共に、引き攣った表情で見送る雪継のPTを置いて、まずは王様が生きているかの確認作業へ移った。

 足早に続きの間の壁際を進み、入口から顔だけで中を覗き見る。


「あー、残念いるわ」

「いるでしゅね~」

「でも、HPの残りは少ない。これならいける」

「雪、指揮チャで通路開けろって言っておけ」

「わかった」

『『「えーっと、皆さん聞こえますか? これから千桜がマラソンするので通路開けておいてください。よろしくお願いします」』』


 同盟チャットが僅かに騒がしくなる。質問を投げかけてくる先生やロゼの対応を雪継に任せ、まずは千桜に飛弾系のスキルを使って貰う。

 バフを入れ終え、千桜が装備を移動速度用に変えると「それじゃ逝くわいね」と、死ぬ覚悟十分な言葉を放ち、王座の間に一歩踏み入った。

 足を止めることなく王様に飛弾スキルを使うと、すぐに引き返し押し寄せNPC騎士を連れて通路へと消えた。その間、約15秒。素早いことこの上ない。

 

 千桜がマラソンしてくれてる間に、私、さゆたん、白と雪継のPTの後衛陣で王様にダメージを与えていく。私の攻撃で一撃あたり四千~五千ほど削っているが、膨大なHPを誇る王様中々沈んではくれない。


「MP枯れそうでしゅ~」

「オリハルコンダメだな。勿体ないけどアダマンタイト製にするか……って、ダメージ500しか変わらねぇ!! クソすぎだろ」

(大次郎先生) 千桜、私たちの周り回って。その間に数減らす

(黒龍) あー、王様のタゲ執ってるせいでタゲこっちにこねぇわ。

     千桜すまん。走れ。


 さゆたんのMPが底をつきかけ、白のMPは空、私のMPも残り三割――バフ一回分を残す限りとなったところで、通路から援軍――弓職と魔法職だけを引きつれたロゼが走り込む。

 雪継から状況の説明を聞いたらしいロゼたちの判断に、ホッとしつつMPが枯れる事を承知でバフを追加した。


(ロゼ) ren、マナチャ残ってるよな?

(ren) y

(ロゼ) なら、使いまくっても問題ないな?

(ren) 問題ない。王様だけ集中攻撃で

「聞いたなお前ら、MP温存は不要だ。好きなだけぶっぱなせ!」


 マナチャの残りを確認したロゼが、声を張り上げ士気を上げる。ロゼに焚きつけられた魔法職、弓職のやる気は相当にすさまじく、攻撃にも反映されていた。

 それまでが嘘のように目に見えてガツガツと王様のHPが減って行く。

 最大の功労者はマラソン中の千桜だろう。だが、ここにいる弓職、魔法職をまとめ上げて動かしているロゼ、キヨシも十分にその資格がある。


(ren) マナチャ


 連合のHPMPバーで、全体のMPを見ながらほど良く減ったところでマナチャを入れる。失速しかけた面々がマナチャを入れた事で勢いを取り戻し、ついに王様のHPを削り切った。


「雪、行け」


 白の怒声に雪継が慌てて走り、王座の間へ入る。それに合わせプロテクトスケイルを使えば、無傷のまま雪継が王座に座った。

 初めてプレイヤーが城主になったことを知らせる銅鐘の音が数回鳴り響き、NPC騎士たちが音もなく消えて行く。

 確認のためシステムログに目を向ければ【 クラン アース がヘスティア城の城主になりました。 】と流れていた。

 

 そこかしこから上がる勝鬨に、私もほっと胸をなでおろす。

 これで漸く、魔法書が覚えられそうだ。

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