第253話 最強は城主を目指す⑨

 刻一刻と迫る攻城戦終了時間。

 水を打ったように静まり返った王座の間――流れるクラチャは、非常に騒がしい。


『戻ったでござるよ』

『ただいまっす』

『あ~、帰り際、暇だったからぴよのフラグベースも壊しといた』

『戻り』

『おか、お疲れ。ディティクション焚いて入れてやって』


 SGとその同盟が空への旅に飛びたって五分後、遊撃に出ていた宗之助、ミツルギさん、風牙、春日丸が戻ってきた。口々に戻った挨拶をしつつ、黒たちが開けた隙間から王座の間に入り込んだ面々にバフを追加する。


『もう一回来るだろうな。死に物狂いで』

『あぁ、それは間違いないだろうね』

『よし、じゃで!』


  白がぼやくように呟き、先生がそれを拾う。そして、これからが面白くなると思われる時間だが、白は当然のように帰還命令を出した。


*******


 何故、城主を破棄するようなことをするのかについては、事前に行われたクラン会議が発端である。攻城戦を前日に控えた深夜、クランハウスの会議室にクラメン全員を集めた先生が神妙な顔で口を開いた。


「皆には悪いんだけど、でうちは城主になるつもりはない。ただ、力を見せつけて、城主はSGの同盟に譲る」

「は? 意味わかんねーんだけど?」

「え? 消耗品の無駄遣いじゃん!」

「どういうことか説明して欲しいでしゅ」

「っすね。折角準備してたのに、なんでっすか?」


 黒を皮切りに、どよめくメンバーたち。そんな彼らに、先生は片手を挙げると言葉を続けた。


「今回、攻城戦に参加すると言い出した時から、どうすればいいか漠然と考えてた。で、まずなんで戦争しようって言ったのかについては、皆も知ってる通り雪継の所の問題があったからなのはわかるよね?」


 静まる会議室内で、各々が頷いた。「それで?」と白が代表して、先を促す。


「雪の所だけを見れば、城主になれば解決する。けど、今同盟のことで揉めてるのは、ロゼの所も同じ」

「あぁ確かにそうだな。けど、だったらなんでSGが城主のデメテル行くんだ?」


 言葉を選びながら話す先生に、鉄男が首を傾げながら問うた。


「デメテルを狙う理由は、この鯖で一番強いと言われている勢力がSGを含めた同盟だから」

「なる」


 先生の言う通り、この鯖で一番強いと言われているのはまず間違いなく、SGを含めた同盟だろう。力を示すための相手として、不足はないと言う先生の考えに私も同意する。


「で、ここで問題になるのが、うちとSGの関係。SGと同盟を組もうとしているうちが今回デメテルを攻めて、城主になった場合。どうなると思う?」

「そりゃ、間違いなくSGとうちが結託して、同盟クラン騙して城主になった。って思うだろうな」

「概ね白の言う通りの感想になると思う。そのうえで、強制解散されたら?」

「恨みかって執拗に個人PKとかになると思うよ~」

「PKにはなるだろうな」


 大和と黒がほぼ同時に、PKと言う単語を出し答えれば先生も大きく頷いた。


「目的は、力の誇示。火種を撒く必要がないから、城主にはならない」


 言い切った先生に私は感心を覚える。

 元々私たちの目的は、その力を示す事だった。それにより相手のクランが怯めばいいと考えていた。まかり間違っても仲間になるクランに余計な火種を巻くつもりはない。それを踏まえて考えれば、先生の言いたいことが容易に想像できる。


 雪継の所属するアースの同盟解散がうまくいくよう攻城戦には参加する。けど、ロゼの所属するSGが同盟から恨まれないよう配慮して城主にはならない。両方とも救いたいということだろう。

 先生の考えを聞いたメンバーたちは渋い顔をしながらも各々自分の中で考え、快諾の意思を示す。

 自分たちのためにはならない戦争に向かい、途中帰還することを快諾する皆はやっぱり良いやつらだ。


******


 攻城戦が残り三分で終わるという時間になって、漸くロゼたちが再び続きの間へと姿を現す。それを見とがめた黒が白チャで「帰還!」と言い放ち、全員が瞬時に課金アイテムであり一枚七百円もする”瞬きの帰還のスクロール”を使った。

 この瞬きの帰還スクロールは、いつどこで何をしていようとも帰還できる代物である。ただし、帰還禁止のエリアなどでは使えない。

良い物ではあるがお値段七百円! お値打ち価格かと言われれば非常に微妙だ。だって私の一食分……下手したら二食分の食費がこの一瞬んで消えてしまうから……。恐るべし、ゲーム課金!


[[大次郎先生] 皆お疲れ~]


 ハウスに帰還すると先生から労いのチャットが流される。それに目を向けながら、クランチャットなどの音声をオンにして、街着に着替えリビングへと顔を出す。

 いつもの席に座り、ヒガキさん特性のゴロゴロイチゴミルクを取り出し口につけた。


【 クラン フィスタルト がデメテル城の城主となりました。 】

【 デメテル城の攻城戦が終了しました。 】

【 アテナ城の攻城戦が終了しました。 】


 流れたシステムログに目をやり、無事にフィスタルトが城主になった事を確認していたら、リビングにドカドカ足音を響かせロゼと白影が走り込んできた。


「「どういうことか説明しろ!」」


 私に詰め寄ったロゼと白影が、まるで双子のように言葉を吐き捨てる。近づく顔から見える瞳には怒りと混乱が現れていた。


「説明と言われても……今回、先生だし」


 チラリと元凶の方へ視線を向けつつその元凶の名前を言葉にした途端、私に詰め寄っていた二人が元凶へと視線を向け詰め寄った。


「まぁ、落ち着けって~」

「そうだぜー。無事デメテルとれたしいいじゃーん。同盟解散はいつすんだ~?」

「そんな怖い顔すんなよ」


 ロゼと白影に落ち着くよう促したキヨシ、チカ、鉄男の三人が、まぁまぁと宥め、空いた椅子の前にコーヒーを置く。すると大きな溜息を吐き出したロゼが、ドカっと座りコーヒーを啜った。


「あー。くそ。美味いな!」

「マジで、こういう時のコーヒーはずるいな」


 ヒガキさんのコーヒーのクオリティーは高い。なんせロゼと白影の溜飲を下げるのだから。コーヒーを飲み落ち着いた二人は「それで?」「なんであんなことしたんだ?」と説明を求める。

 二人に肩を竦め苦笑いを浮かべた先生が、今回の目的と行動の理由を語った――。


「――ってことで、最初からうちは取るつもりなかったんだよ。次の戦争では、ガチで落とすけど」

「はぁ~! やってらんねー。結局、俺らのためじゃねーか!」

「……くそ、やめろよ。そう言うの」

「ちょ、何、白影泣いてんの?!」

「あらやだ、奥さん見まして~? あそこの旦那さん涙もろいんですって」

「あらそうなの~? でも、悪い気はしませんことよ。オホホホホ」


 「情けねー」と言いながらドザっとソファーに倒れ込み笑うロゼに対して、白影は俯き両手で拳を作り泣きそうな声を出した。そんな白影の肩を先生が無言で叩き、茶化すようにベルゼが笑い、キヨシとチカがわざとらしく奥様談議に花を咲かせた。



*******



 最後のチャンスだと攻め入ったデメテル城続きの間。

 そこに足を踏み入れた瞬間、黒の「帰還!」という声が響いた。何事かと驚く俺の目の前で、次々とBFのメンバーたちが消えて行く。

 騒然とするクラチャと同盟チャットを他所に、俺はただ奴らが消えた王座の間を見ていた。


『時間がない。シス帝、玉座に座れ!』


 未だ何が起こったのか判らない状況なのに、ロゼは……うちのマスターはしっかりと指示を飛ばす。その声に、シス帝が動き玉座に座ると同時に攻城戦終了のアナウンスが流れた。


 お疲れと労い合う同盟員たちを尻目に、ロゼがクラメン達に帰還の指示を出す。そのついでと言わんばかりに、ロゼに呼ばれた俺はここ一か月ほど通い続ける古巣――BFのクランハウスを訪れた。

 何度も何度も来たせいか、この古巣の持ち主はクラメンでもない俺たちに屋敷への入室許可を与えている。

 リビングに入るなり今回の元凶であろうrenに詰め寄れば、renは先生の方を見る。

 そうして語られた内容に、ロゼは己の不甲斐なさに悔しさを滲ませ。俺は……胸が熱くなった。


 こいつらは、昔からそうだった。仲間と認めた相手であれば、苦労を厭わず悪者になろうとも最大限に協力してくれる。その思いを俺はいつか、こいつらに返せるだろうか? 込み上げてくる涙に顔を見せないよう俯く。


「……ありがとな」


 つぶやいた感謝の言葉は、キヨシ、チカの漫談にかき消された――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る