第252話 最強は城主を目指す⑧

 大きな大理石にも似た白磁の石で造られた王座の間は、最奥に玉座があり結構登るのもしんどい高さの階段が数段続いている。

 玉座から階段を下りた先には、赤茶のふかふか絨毯が敷き詰められた僅かばかりの広間がある。人数にして50人は入れるかどうか程の広さだ。

 そして、広間の右には城主となったクラメン――復帰者のための螺旋階段がある。螺旋階段の上は四畳ほどの小さな部屋になっている。

 この部屋は、攻城戦中もしくは狩り中など戦闘で死亡した場合、そこに復帰するための部屋である。


『SGその他、城外門前に集まっているでござる。流石に顔色が変わってるから、今度こそ本気で来るはずでござる』

『ぴよも、城外門の東に陣取ってるっすね。多分SGたちの後追いで漁夫狙いっす』

『わかった。そのまま動きあったら教えてくれ』


 王座の間の開かれた扉を境に壁を作るように先生、黒、大和、鉄男並んでいる。この扉の隙間を、重装備で硬さに自信のある四人で塞げばほぼほぼ隙間が無くなるため少人数の防衛では有利だ。

 残りのティタ、村雨、源次、ベルゼ、ヒガキさんは二列目に配備されている。そこにしれっとチカが居るような気がする。


『チカ。後ろ。紙以下の回復が其処に居たら邪魔』

『ぐぬぬ!』

『いや、ぐぬぬじゃないから、下がって? お前回復だろ? 二枚しかいない回復が前にでるとか無いだろ?』


 白に突っ込まれ渋々下がるチカを追いつつ、待機したキヨシ、ゼンさん、聖劉、白、さゆたんは、後方攻撃職として少し高い位置に居る。その更に後ろ、玉座の側に宮ネェとブー垂れたチカがいる。ここならば、相手の遠距離攻撃も届きにくいと言う判断で配置された。


 宗之助とミツルギさんの報告があがり、白が指揮官らしく指示を出す。

 顔色が変わったと言う宗之助の言葉に、好戦的なクラメンたちがニヤリと顔を歪め笑う。うちのメンバーたちからすれば、やはりさっきのカリエンテで城主になること自体、納得できないのだろう。


 本格的な楽しみで仕方がないと言わんばかりに、黒が首を捻り、源次が肩を回す。昔から変わらない二人の行動に、後ろで見ていた聖劉は苦笑いを浮かべた。


 静まり返る城内に、聞きなれた声が王座の間の入口から木霊した。

 こういうものには興味も持っていないし来ないと思って声すらかけてなかったんだけど、来たかったんだ……。

 引き攣りそうになる顔を何とか保ち、木霊した声の主に勧誘を飛ばす。


「なぜ、我を誘わないであるかぁぁぁぁぁぁぁ!」

[[大次郎先生] 博士落ち着いて。ディティクション焚きながら入れてあげて]

『チッ』

『はぁ……』

[[シュタイン] 酷いである。こういう時こそ、我を誘うべきである!]

『あぁ、もうわかったから、さっさとは入れ!』


 おざなりな扱いを受ける博士が、わめき散らせば白がスパンとぶった切る。ある意味これも見慣れた光景だ。

 博士の登場には驚いたもののいい意味で強い味方になるだろう。悪い意味で、全員が巻き込まれて城主不在の無血開城になるかもしれないが……。


 後衛である博士をPTに加え、バフの更新をかける。皆が皆本気装備なので、希望のインヴィスとソウルも追加しておく。


『SG先頭で、両サイドからくるぞ』

『わかった』

『ぴよも混じってるから注意必要っすよ~』

『フラグベースに残ってる奴ら何人かいるけど、四人なら潰せる。どうする?』

『奴らが内城門から入ったら、合流して攻撃始めてくれ。ぴよ以外潰せたら戻って、マスター優先排除』

『りょーかい』

『おう』

『承知』

『はいっす!』


 動き出したらしいと一報が入り、白は悩むことなくフラグベースへの攻撃とその後を先出しで指示した。


 それから十分も経たない内に、続きの間になだれ込んだSGとその他クランは数で推すべく、黒たち目掛け攻撃を開始。飛び交う怒号と指示に合わせ、エフェクトで見えにくいほどの魔法や矢が黒たちのHPをゴリゴリと削っていく。


『博士っ!! 今こそお前の出番だぁぁぁ!」

「折角来たんだから、なんかPOT投げて支援ぐらいしろ!』


 鉄男とベルゼの鬼気迫る声に、博士が慌てふためき確認すらせず色々なPOTを続きの間目掛け放り投げた……。

 着弾と同時に、複数のプレイヤーがはじけ飛ぶ。別の場所では、火の玉に追い回され焼かれている者もいれば、走る雷に打たれ動けないまま、巨大な隕石に押しつぶされ餌食になった者もいた。

 色々聞きたいことはあるけれど、ひとまずこの惨状を言葉で表すならば……阿鼻叫喚の地獄絵図とはこういう事を言うのではないだろうか? 


 それでもPOTに耐え執拗に狙い続ける者たちもいる。流石の黒も五分耐えれば『やべぇ、死ぬ』と、いよいよやばそうな声で訴えた。

 こんな黒の声を聴くのはいつぶりだろう? そう思うほど、久方ぶりの声色だった。


『黒星、暁の園は潰した』

『わかった。イリュージョン使うから、遊撃は戻れ! ren、宮ネェ』


 後数秒もすれば色を失いそうなHPバーにカッと目を見開いた白が、春日丸からの報告に指示を飛ばし、私と宮ネェの名前を呼ぶ。名を呼ばれた宮ネェが有無を言わさずバリアを張った。


「イリュージョンウラガーン」


 詠唱と同時に、室内全てに靄がかかる。そよぐ風と共に靄が晴れ、中央に集まるように渦を巻いた。かと思えば、強い風に装備が煽られ、目を開けていられなくなる。吹き込む風の音がビュービューと台風の嵐のような音を立て、パンっと風船が弾けるような音が鳴った。


「ヒュルルルルルル」


 窓の隙間から吹き込む風のような高い鳴き声を出したそれは、悠然と私たちの前へ姿を現した。


 光の加減で緑にも見える白濁とした鱗に覆われた体躯は蛇のように細長く、頑丈そうな二本の脚で立っている。腕の代わりか、背には大きな六枚の翼があった。

 ドラゴンとも龍とも言えない姿をしたウラガーンは、私の上で身を守るように閉じていた翼を開き羽音も立てず上空に浮き上がった。

 

 片翼三枚ずつ連なる形で生えた翼を器用に動かし始めたウラガーンから、徐々に風が巻き起こる。それは次第に、強風なんて生易しい物ではなくなりバリアの入ったクラメン以外の全てを吹き飛ばしていく。


[[キヨシ] 人用洗濯機?]

[[聖劉] 見てるだけで、吐きそうなんだけど]

[[†元親†] おぉ~。回ってんな~]

[[シュタイン] おぉ! 素晴らしいのである!

       次はこれを目指すのである]

[[大和] 見てる方はいいけど、食らう方はしんどそう]


 いつの間にか開いていたらしい天井から、ウラガーンが巻き起こした暴風により弾き飛ばされた敵方のプレイヤーたちが誰一人見えなくなる。

 するとウラガーンは「ヒュルルルリー」と一声鳴いて、別世界へと帰って行った


 傷をつけられないはずの城に穴が開いただけでも驚きなのだが、ウラガーンが消えるのとほぼ同じタイミングでその穴も元通りになっていたのはどういう事なのか……? 考えてもどうせ、意味がないと知っているし理解しているつもりだが、考えずにはいられなかった。



*******



 同盟チャットで黒星と暁の園のフラグベースが破壊されたと言う知らせを受けるも、正直こっちの状況はそれどころじゃない。博士のPOT凶器が続きの間のそこら中にまかれ、挙句renが二体目のドラゴンを呼び出した。


 POTのせいで陣形が崩れ、たった四人の前衛を削り切れないだけでも頭が痛い状況なのに……。そこへ来てのウラガーン。

 グルグルと回され三半規管が反応を鈍くしたと思えば、いつの間にか城から放り出されて地面に着地……いや、あれは着弾の方が正しいだろう――した。

 地上五十メートル以上から地に落ちたため、全員がもれなく衝撃のダメージを受けて死亡または、行動不能に陥った。


 残り時間が僅かとなっている事に焦りを覚える。

 フラグベースを破壊された同盟クランが集まるまでにどれぐらいの時間がかかるのかを計算しながら、頭の中で悪態をついた。

 あいつは何体のドラゴンを呼び出せるんだ! しかも、なんで博士が居んだよ! もういい加減にしてくれ! そう叫びたくなる気持ちをグッと堪え、再戦に向けてデメテル城を目指した。


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