あなたの知らない「あなた」

Peridot

第1話 俺、秋元。職業、フリーライター。

 写真・メッセージシェア用のSNSが大流行りの昨今、街でセルフィーを撮る若者を見かけない日はない。いや、若者ばかりでなく、老若男女広い世代で人気が高い。観光名所ならまだしも、外国人などはそこらへんにありふれたコンビニでさえ、手にしたスマホで器用に写真に収める。

 そして、即座にその写真の場所の名前から、自分の顔、さらには同行者の情報までを世界中に発信する。

 すなわち、自分のありとあらゆる情報を、不特定多数に晒すのだ。


 俺はそんなことに興味がなかった。というより、SNSでシェアすることが心配だったのだ。というのも、ついこの間、友人が「ストーカー被害」に遭ってしまったからだ。

「自分のいく先々に、誰かが尾けてくる」

と当の友人は言っていたが、その「誰か」の情報源はといえば、他でもない友人のSNSアカウントにアップロードされた写真なのだ。自分で自分の行き先や予定を公開しているのだから、それは言うなれば「自分の跡を尾けてください」と言っているようなものだ。

 友人の件は今ではひと段落ついているが、そんなことがあってはSNS利用に危険を感じ、避けるのも当然だろう。


 ところが、ほんのふとした拍子に、自分のことが拡散されることだってあるのだ…。

 例えば、よその観光客が撮った写真。その背景に自分が写り込んでしまう。あるいは、知人がSNSでふと、自分の名前を漏らす。

「あの人はこの間、あの辺で見かけたよ」

「あの人なら今日会ったよ」


 とはいえ、今のところは俺の身には何も起きていない。「誰かが尾けてくる」というような感覚はおろか、見られている、誰かに話を聞かれている、などという感じもない。

(やっぱり、SNSなんかで不特定多数の人に公開しなければ…よっぽど安全なんだ。)


「…はい、はい。そうですね、じゃあ、駅で9:30ではどうですか?」

 俺、秋本はフリーのライターだ。明日は新しいクライアントと初の顔合わせがある。記事に書くネタを用意して、就寝した。

 翌日。事前に顔写真は先方に渡してあるものの、直接はまだ会っていない。俺は念のため、背負っている蛍光色のリュックサックを写真に撮って、

「これを目印にしてください。人混みでも、かなり目立つと思います。」

チャットで送信した。

「あ、秋本さんですか?」

振り返ると、利発そうな若者がこちらを見ている。

「そうです。今井さん?」

「はい、僕今井です。今日はよろしくお願いします。」

 ぺこりと頭を下げる若者だったが、その一瞬前。

 ―怪訝な顔をしたのを、俺は見逃さなかった。


「それじゃあ、今日はこちらのオフィスにお願いします。」

 こぎれいなオフィスに通された。席を勧められたのち、早速相談に入る。

「―今回の企画は―で、執筆いただきたい内容は―。」

 てきぱきと今井青年は話すが、なぜか、ちらちらとこちらを伺いみる感じがする。なんだろう、俺の顔に何かついているか?

 結局、話し合い中の違和感は拭えなかった。しかし、帰り道に街へでると、いつも通りの空気が流れている。あの今井青年は、もしかして初対面の人の顔を盗み見る癖でもあるのかもしれない。

 企画が決定したこともあり、俺は早速取材に取り掛かった。自宅で作業するのもいいが、まずは街を歩いて生の情報を集めよう。

 今回のテーマは、「現代のSNSによる疎外感とソーシャルドッペルゲンガー」というものだ。具体的には、現代、SNSやその他のインターネットサービスにおけるコミュニケーションと、それによって生じる疎外感について書く。


 誰かと、ネットを通じて繋がっているはずなのに、なぜか孤独。なぜか虚しい。

「誰かに常に見てもらっていたい、承認されていたい」、と感じる自分がいると、きっと誰もが思ったことがあるだろう。

 その一方で、不特定多数の人間に自分の情報を知って欲しくない、自分のことを隠していたい、という「非承認欲求」を抱えることもある。

 世間に対して表立つ自分を「虚」、逆に世間には見せない自分を「実」と仮定しておこう。通常は両者のバランスをうまく取る。

 しかし、しばしば虚実が入り混じり、片方の自分の姿がまるで「自分そっくりだけれど、自分ではない誰か」であるかのように、乖離して感じられることがある。この乖離した自己を、俺は「ソーシャルドッペルゲンガー」と呼んでいるのだ。

 ドッペルゲンガーはそもそも西洋の化け物で、「誰かそっくりの真似をする」という性質を持つ。例えば俺に化けて、俺の知らないところで人を騙して悪さを働くのだ。騙された方は知らずに、「秋本は悪いやつだ」と認識する。「俺の知らないおれ」の出来上がりだ。

 乖離を感じた人間にとっては、その乖離した人格がまるで得体の知れない化け物に感じられるだろう。

 そう、その一人歩きした人格のせいで、「本当の自分の人物像を見失う」ことがある。そういう危険性を、俺はずっと追求し続けているのだ。


 こうして、駅の人混みをざっと眺めているだけでも、かなり多くの人がスマホやPCに夢中になっている。構内には「歩きスマホ禁止!」とポスターが貼ってあるにも関わらず、小さな画面に鼻を押し付けんばかりにしてふらふらしている人がどれほどいるだろう。

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