流星の呪い~飛行少女と優しくない少年の物語

青葉桂都

第1話 迷子になった、あの日の思い出

 幼い頃の、夏のある日の記憶は、今はもう誰にも言わないけれど青山冷治にとって一番大事な記憶だった。

 その出会いの日がたまたま、異変の始まりと同じ日だと知るのは、高校生になってからだったけれど。

 まだ小学校の低学年だった冷治は、すでにオレンジ色から灰色に変わった空の下で途方に暮れていた。

 眼鏡のガラス越しに見える、歩道もない道に人影はない。住宅地の真ん中なせいか、車もそれほどたくさんは通らなかった。

 彼は小さな手で自転車のハンドルを支えていた。困ったことに、チェーンが外れてしまっていて乗ることができない状態のままだ。

 知らない道、知らない街。

 冷治が遠出したことに、深い理由はなかった。

 その日は夏休みが始まってから初めての快晴で、彼の家の前には今年の春に買ってもらった新しい自転車があったから……言葉にするならそんなところか。

 小学生の男子が、ちょっとした冒険に出る理由なんて、そのくらいで十分だったのだ。

「……どうしよう」

 テストの問題を前にしたときはすぐに働いてくれる頭も、今は十分には動いてくれないようだった。

 チェーンが外れたのは、新しい自転車が変速機つきだったのが嬉しくて、無意味にガチャガチャいじりながら乗っていたからだろう。

 それはわかるけど、直し方はわからない。

 いくら進んでも見覚えのある道に出ないのは、きっと焦っているうちに、来たときとは別の道に進んでしまったからなのだろう。

 探検するつもりで、知らない道を進んできたから……来た道をはっきり覚えていなかったという理由もある。

 そこまでは判断がつくけれど、どうすれば知っている場所に出られるかとなると、まるでわからない。

 お化けなんているはずがないのに……見覚えのない街角からは、今にも、何かが出てくるような気がした。

 怖かったし心細かったけれど、涙は流さなかった。

 むしろ、泣き叫んでみたほうが、心配してくれる大人がいたかもしれない。ただ、常に冷静であれと願ってつけられた名前そのままに、彼は落ち着いた子供だったのだ。

「困ったなあ……」

 声に出して呟いたのは、泣き声をあげる代わりだったのかもしれない。

 誰か通ったら道を聞いてみようと思ったけれど、住宅地の真ん中は意外と人が通らない。

 自転車を押すのに疲れて、冷治はそれを電柱に立てかけて、しゃがみ込んだ。

 オレンジ色をした街灯の光が、まだ幼い少年を照らしていた。

 うつむいていたおかげで、彼は近づいてくる人物の姿に気づくのが遅くなった。

「なあ、どうかしたのか?」

 女の人の声が聞こえて、冷治は顔を上げた。

 一歩離れた位置から彼をのぞき込んでいたのは、かなり年上の女性。

 知らない人だった。

 けれど、わざわざしゃがみ込んでいる自分に合わせて体をかがませ、笑顔を見せている彼女は、悪い人には見えない。

 髪を後頭部で結んでポニーテールにしている。暗いせいか、化粧をしているかどうかはよくわからなかった。

 制服ではないので、中学生や高校生ではないだろうと、冷治は思った。

 だが、無地のシャツにデニムのジャケットとスカートというラフな格好をしているので、仕事帰りでもなさそうだ。

 手にはスーパーのビニール袋を持っているようだった。


 名前も知らないまま別れたのだけれど、その人との出会いは冷治にとって本当に大事なものだったのだ。

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