大海を染める
柳なつき
桜の木の下には
桜の木の下にあの子を埋めたんだって告白したら、ねえ、どうかいっしょに笑ってくれる?
★
通学時間ってのは、不自由な私たちがしばしぼやくための時間だと思うのね。とくになんてことない商店街を歩くだけなわけよ。しっかもこれから夕方まで学校に拘束されるわけ。そんだったら楽しい話でもしなけりゃ、もたないでしょ、まだ十七歳な私たちさあ?
本日の話題のネタは新鮮ほやほやなのですぜっ。桜のおはなし。毎年してるけど、今年もするよ? 桜も七分咲きって朝のニュースでも言ってたわけだしさあ、私、そろそろって思って大親友たる
さっすが七海は親友歴三年めってことで、もはや驚きもしなかったし眉をひそめて説教、なーんてことにもならなかった。七海の眼鏡の奥の瞳は、楽しそうに細められているのだ。
「なるほどなるほど、つまり今年も、
「そりゃあ私は名前も桜ですからなー」
「そういう意味じゃないんですけどなー? 桜さんは朝っぱらから空々しいなー」
私はあははっと笑って、ひょいと七海のかばんを奪った。あっこらっ、と七海は叫ぶが楽しそう。高校三年生、女子のなかでも小柄な私は、友だちのかばんを奪ってはしゃぐことにかけては、だから恵まれた体格なんだよな。それでも不便だし、やっぱり七海のようなすらっとした子に私なんかは憧れ続けているのだけれどさ。
「返せよ桜ー、それあたしのかばんー、返せーっ」
「やーだよっ。七海さー、さいきんかばんになに入れてるの? 重たすぎだよーっ」
「あんたのかばんが軽すぎなの! ……参考書とかさ、赤本とかさ。あんたそういうの入れてこないわけ?」
……痛いところを突いてくる。
「私は桜の妖精みたいなもんですからなーっ」
ひらりひらりと舞う桜の花びらをイメージしてくるくるくるりと回ってみせるが、後ろを見ていなかったんだねえ私、ドン、と男子生徒にぶつかってしまったよ。
おなじ学校の制服。私ほどでなくても小柄で、まあ中学生みたいに不機嫌そうな彼はつまり、新入生だとは思うのだが。彼はなんか嫌なものでも見てしまったかのようにぎゅっと顔をしかめた。私も七海も白ける。
うんまあいいや。
ごめんなさいーっ、とかわいく笑顔でキメてみせれば、そいつは戸惑ったように頭をちょろっと下げて、ふたたび歩みはじめた。七海とともに、にこにこ笑顔でお見送りしてやる。だれが見てるかわかんないしね? 新入生シメただなんて噂が流れたらさすがに堪らんわ、そういう校風じゃないけどさあ、ただでさえなんか私無駄に凶暴ちびっ子キャラなんだから。
しかしその後輩クンと充分な距離ができたと目視で確認したとたん、ねーっ、と七海と顔を見合わせた。
「はーっ、なんだあれ。ないわーっ。あいつぜったいこれからの高校生活モテないね」
「桜、言いすぎ。どんな人間にだって可能性というものはある。その可能性をわれわれ先を行く者が決めつけてしまっては……」
「でーっ、たよっ、七海のまじめちゃんごっこー!」
くっ、と七海は笑顔で顔をくしゃりと崩した。
あはは、あはは、あはははは、って。
私たちの笑い声が朝っぱらの商店街にはうるさすぎなんてことわかってるよ。
わかってる。そんなのはすべてすべてぜんぶ、わかってる。
どうでもいいことで笑うこと。周りの人間が顔をしかめるくらいにはしゃぐこと。……笑うこと、はしゃぐこと、笑うこと……。
そういうのがね。
私の、夢だったんだって言ったら……ねえ七海。七海もやっぱり、重いよって言ってドン引いちゃう?
こんな程度の生活が夢だったなんてレベル低いねって、くっ、ってその行き過ぎた知的な感じで笑うの?
――それでも私にとっては夢だった。
夢。私の、ずっと夢だったこと。
……そのためだけに、あの子を埋めたって言ったら、そんなのいけないって、怒りますか? 泣きますか?
それとも――私を嫌いになりますか?
……だから、私は話さない。きっとあなたにずっと話さない。私だけの、秘密、……桜の木の下にはあの子が埋まっている。
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