DaysColorful

瑛志朗

第1話


「いらっしゃいませ、どうぞごゆっくりご覧ください」

 何度この言葉でお客様を迎え入れただろう。


「ありがとうございました、またお越しくださいませ」

 何度この言葉でお客様を見送っただろう。


 分からない。数えてなどいないから。

でも、身体に沁み込んでしまう程に同じ行動、言動をこうして過ごしてきた。

毎日同じようなことを繰り返し、面白みも無い、箇条書きで説明を終えることが出来てしまう様な薄っぺらい日常。

最初は新鮮だった仕事も今では呼吸するのと大差が無いくらいに当たり前で機械みたいな生活になってしまった。

そうして私は変哲もなく彩りに欠けながら今日も生きていた。




「店長、お疲れさまでした」

「んー、お疲れさま」

  いつものようにアルバイトの子を先に上がらせて伸びをする。

 学生である彼女は服装も色鮮やかで流行も取り入れキラキラと輝いて見えた。

「今日も終わってしまった」

 仕事に集中している時は一切気にならない疲労だけど、気が抜ければたちまち襲い掛かって来る。

 制服から私服に着替えながらも何度経験しても嬉しくない重さを迎え入れる。


  私も29歳だ。店締め業務を覚えてからは自分は先に店を出るのではなく、すっかり見送る側に回ってしまった。

大学生の頃から続けている大手企業の洋菓子販売の接客業。

就職活動もしていたのだけど、上司からの強い推薦や就職が早くに決まるという甘い誘惑に負けた私は卒業後には正社員として就職する事を決めてしまい、現在は店長として働いている。

  今の仕事に不満は無い。

 給与や待遇は悪くないし、休日も有給もしっかり貰えている。

 就職が困難、膨大なサービス残業や低賃金など騒がれているご時世において私は恵まれている…と思う。

 仕事にもそこそこプライドを持ち、それなりに達成感も得られている。


  だけど、どこか物足りない、味気の無いのも事実だ。

 この仕事に全身全霊の情熱を傾けられているかと言えば、どちらかと言えばノーに分類する。

 かと言って休日や寝る暇も惜しんで熱狂するような趣味があるかと言えば、もちろんそれもノーなのだ。

  原因は仕事ではなくて、自分にある。

 そんな事は若い頃から理解はしているのだけど、どうにも変えられない。

 出勤日は起きて仕事して寝るだけ。

 休日だって太陽が昇り切ってから起き、録り溜めていたテレビ番組を鑑賞したり、それを背景に家事をしたり。

 昔は洋服や本など買い物も楽しんでしていたが、時代は便利になりネット通販なんて手段がある。

 すっかりそれのお世話になるようになってからは出かけるのも億劫になり買い物も近所のスーパーくらい。

 体型も大して変わらなくなったせいで洋服を買い足す必要性も感じなくなってしまった。


  お洒落をしなくなった要因は友達と出かけなくなった事もある。

 もともと友達が多いとは言えないが、仲が良い子は数人居た。

 ところが歳を重ねれば当然、結婚する子も居る。

 寂しい事だけど、新しく家庭を持った友達との遊ぶ機会は独身時に比べれば減るし、子供が生まれたりしようものなら家族との時間やママ友と呼ばれる主婦同士との交流も増える。

 私に構う余裕などある訳が無い。それはいい、幸せな証拠なのだから。

  中には結婚していない友達もいるが、私と違い仕事や趣味に忙しかったり、そもそも平日休みの多い私とは休日があまり合わない。

 だけど合わせようと思えば可能だ。

 しかし残念な事に私は自発的に連絡も誘いもしない。

  友達に「恋愛すれば全部解決できるよ!」なんて軽く言われるがSNSの類ですら誘われなければ登録しないし、見るだけで満足し自主発信を一切しない人間には交流の輪は広がらない。恋愛に発展することなど皆無だ。


  私の一番恐ろしい事は興味が持てない事だ。

 自分に対しても、他人に対してもさして惹かれない。

 心が動いても感想が一言で済んでしまうようなあっさりとした物になってしまう。

 学生時代、授業で一番苦手だったものが作文や小論文の類だったのはよく覚えている。

  全く何も感じないわけではないけれど、人よりも感情の起伏が小さい。

 簡単に言ってしまえばドライなのだ。

 面白みのない、退屈だ。なんて不満を漏らしつつもどうにかしようと動き出せない。全ての原因は自分にある。分かってはいるのだ。


  そんな私だって読書や映画鑑賞は好きだし、人並に男性とのお付き合いもした。

 ドラマみたいにとは言わないが、今よりはワクワクとした日々が送れる筈なのに。

 結婚に焦りがあるわけではないけれど、恋愛に興味を示さなくなった自分には少し戸惑っている。

 私にも胸が高鳴るような興味を惹かれるものが欲しい。

 でも夢中にさせてくれるものが何か分からない。

 実は私の心は冷めきってしまったのだろうか。




  色褪せた日々を送るようになって五年。私の生活に少しの変化が訪れていた。

 気になる人物が現れた。正確には気になるようになったのは最近だけれど。

  初めはどこにでもいる少し爽やかな学生だと思った程度だった。

 ところが見かけるたびに少しずつだけど、周りと違う彼を知るたびに興味を惹かれるようになり。

 最近では彼の働く姿があるかないかを気にする段階までになった。

 別段仲が良い訳ではないし、むしろこちらが一方的に彼を知っているだけだろう。

 それなのに何故だか彼だけ少し違って見える。

 そう、私の中で特別な立ち位置に居る。  

 

  店の戸締り点検を済まし、最後に店頭の扉を閉める。

 私の働く洋菓子屋の向かいには個人経営の花屋がある。

 昔からある地元民に愛された花屋さんで派手さは無いが温かみのあるお店だ。

 この花屋さんはうちの店と閉店時間が同じなのだけど、店はまだ開いていて店員がお客様に花を手渡し見送っている所だった。

 店員の顔はいつ見てもにこにことしていて人当たりが良く、まさに天性の接客向きの人材だ。

  そう最初に彼を見た時もこんな感想を抱いた気がする。

 あれから一年は経つのにまだ同じ感想を抱けるとは。

 それだけ彼は安定して素晴らしい笑顔を浮かべている証拠だ。

 自分の笑顔なんてそれこそ営業スマイルだ。

 必要に応じて一定ラインの笑みを作り上げられる。

 でも彼の笑顔は裏表なく心からの物だと思える。少し羨ましい。


「お疲れ様です」

 彼が私に気付いて、元気に声をかけてくれる。

「…お疲れ様です」

 自分が見つめていたことにも気付かれた気がして恥ずかしくなる。

 そう思うと自然と声が小さくなってしまった。

 だけど彼は気にした様子もなく満足そうに笑みを浮かべていた。

 いやはや純粋なのか、のんびりとした子なのか。

「三山ー、シャッター閉めてー」

「はーい」

 今のお客様で最後だったのだろう、店の奥からそんな声が聞こえた。

 三山君は言われた通り手動でシャッターを閉めていたが途中で手を止めた。

「気を付けて帰ってくださいね。それじゃあ、また」

 わざわざかけてくれたその言葉に感動していたらシャッターは完全に閉まってしまった。

 今時の若者にしては気が利き、優しいのだ。

 特別に目立つ容貌ではないけれど、清潔感があって好感が持てる容姿をしている。

 確実に女子受けは良いタイプ。さぞ楽しい青春を送れているだろう。


  三山君とは顔を合わせれば挨拶する程度だ。

 ただの向かいの花屋の学生アルバイト、本来ならそれだけで終わる。

 けれど彼の花を慈しむ姿を見た途端、私の中で彼は気になる存在へと確立されてしまった。

 ひとつひとつの仕事が丁寧で、特に花に対する扱いが繊細である。

  そして彼の人の好さは接客にも見えてくる。

 お客様の要望を親身に聞き入れたり、同じ立場になって真剣に悩んでいるのだ。

 姿勢一つ一つから三山君は本当に花が好きなんだと教えてくれる。

 愛せる何かがあるのは私にとって眩しくて仕方なかったけれど、目を離さずにはいられなかった。

  最初は単に自分が歳を取ったせいで若い子がキラキラして見えるよくある現象かとも思ったけれど、どうやらそれだけではないみたいに、私は今でもふととした時には三山君をつい探してしまい眺めてしまう。

 いつしか彼の働く姿を見るのは自分の密かな楽しみになっている事に気づいた。




  茹だる様な暑さが続く七月。

 気温が上がれば自然と生洋菓子を求めるお客様は減る。

 それでも贈り物や誕生日は外せるものではない。それらの固定客は必ず居るのだ。

 ホールケーキが並ぶショーケースの前を熱心に眺める女の子もそうに違いない。


「すみません。このケーキ、お誕生日用で欲しいんですけど」

  やはりそうだ。その声に応えようと目の前に移動すれば、女の子は向かいの花屋さんのエプロンを着けていた。

 あまり見かけた事のない子だけれど、もしかしたら最近新しく入ってきた子かもしれない。

「ありがとうございます。ネームプレートやキャンドルをお付けできますがいかがでしょうか」

  専用のメニュー表を片手に定型の言葉を並べる。

 花屋の店主は気さくで従業員の誕生日は祝う習慣がある。

 そしてうちでケーキを買ってくれるのだ。

 私も店のディスプレイで花を買わせてもらったりしている。

 店主は気前もよくディスプレイの手伝いまでしくれる。

 ここの店長になってからというもの本当によくお世話になっていた。

  はて、今日は誰かの誕生日なのかな。

 店主や奥さん、長年パートとして働いているおばさんの誕生日はすっかり把握したものだけど、それ以外の人はさっぱりだ。

「じゃあ、この2のキャンドル二個と…ネームプレートに"しょうたくん"って描いてもらっていいですか?」

  少し頬を染めて、可愛らしい笑顔で言う彼女。大層分かりやすい。

 なるほど、彼氏か好きな相手用か。この子の個人での買い物だな。

「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


  花屋で働く位だから花は好きなんだろうな。

 そう思いつつプレートの上にチョコペンで文字入れを始める。

 お店は落ち着いているし、せっかくだからと名前の周りに花まで散りばめ少し凝ってみた。長年描き続けた賜物だ。

 プレートへの文字入れは本来ならば文字を描くだけのサービスなのだけど、たまに名前だけではなく動物や図形なんかのイラストも描いて欲しいなんて言うお客様も居る。

 アルバイトの頃の私は「パティシエじゃないんだからそんな芸当出来るか!」と半ギレしていたものだけど、当時からこれと言った趣味も無かった私は空いた時間で練習し、今では多少無茶な要望も聞き入れられる程度には描けるようになった。

 お陰でリピートしてくれるお客様も出来たし、チョコペンでイラストを描くのは私の密かな特技となっている。

 花を描く時にふと三山君を思い浮べてしまったあたり、それ以外無かったのかと自分に苦笑した。


「こちらでよろしいでしょうか?」

 確認の意味でチョコペンで描いたプレートを見せるが私はこの時に後悔をする。

 "しょうたくん"という事はお誕生日なのは"男"だ。

 それなのに可愛らしくしてしまっただろうか。

 深く考えずに行動した自分に恥じつつ、私は描き直しを要求される覚悟をする。

「わぁっ可愛い!」

  ところが私の後悔の思いとは裏腹に彼女はとても喜んでくれた。

 どうやら気まぐれな私のサービスは失敗にならなかったようだ。

「また買いに来ますね」

  ケーキを包装し、手渡すと彼女は嬉しそうに店を出て行った。

 これから祝うことを楽しみにしているからか彼女が輝いているように見えて、私には眩しかった…やっぱり歳のせいかな。


「長田さん、そういうの止めてくれませんかー?」

 お客様が出ていったのを見計らったようにアルバイトの依田晶菜が話し掛けてきた。

「何が?」

「あんな職人みたいなの描かれたら困ります。同じの描いてくれって頼まれたら私にはとてもできないです」

 幼い子供みたい頬を膨らませて文句を言ってきた。

「職人って…回数熟せば誰だってできるわよ、慣れよ慣れ」

「私文字ですらバランスよく描けないのに」

「はい、練習」

 そう言って先ほどまで使っていたチョコペンを晶菜に手渡す。

「はーい、私も長田さんみたいに上手くなるよう頑張りますよー」

 自分で言うのもあれだけど、さっきのは自信作だったな。




「お疲れ様です」

 いつもどおり最後に扉を閉め、振り返れば私服姿の三山君が居た。

「お疲れ様です」

  花屋さんは完全に閉まっている、今帰りなのだろうか。

 いつもエプロンをしているので私服の三山君をきちんと見るのは初めてだった。

 やっぱり若い子の服装だな、などぼんやり思う。

  それにしても仕事後にわざわざ話しかけに来るなんてどうしたのだろうか。

 ケーキの注文?はたまたクレームだろうか。

 それとも花屋の店主からの伝言かな。

 さすがにそれは無いか。用があれば自分から話しかけてくるだろうし。

 彼が私に会いに来る理由が思いつかなくて変に緊張する。

「…前から思っていたんですけど、いつも最後は一人ですよね。大変じゃないですか?」

「べつに、最後はそんなに人手はいらないし」

 一人での締め作業は、作業量や孤独な意味での不安もあったけれど今ではもうすっかり慣れて苦ではない。

「その、一人で帰るの危ないですし、駅まで一緒に行きませんか?」

  少し歯切れの悪い言い方ではあったが、彼は確かに言った。一緒に駅まで行こうと。

 正直この商店街の治安は悪くないし、一本道の通りを出ればすぐに駅だ。

 女性はおろか子供が一人歩こうが大した危険はないだろう。

 もちろん気になっていた人からの誘いが嬉しくない筈がないが、変に期待するのも自惚れみたいで怖い。


「迷惑、ですか?」

「そんなことない!」

  私が悩んで返事に詰まっていたので困っていると思わせてしまったのだろう。

 三山君は申し訳なさそうに笑っていた。

 彼の誘いを嫌だとは思っていない、それだけは違う。という事を伝えたかったのに、力んでるうえに言葉足らずな返しになる。

 しまった。絶対変な奴だと思われているに違いない。

 三山君は驚いたように目をまんまるにさせている。

「あ、えっと…その」

  すぐに言い訳の一つすればいいのに情けない自分が恥ずかしくなってしまい言葉が上手く出てこない。

 おかしい。自分は引っ込み思案なタイプではないし、言いたい事はハッキリ言うタイプだと思っている。それなのに何でか上手く喋れないな。

「あはは、よかった。じゃ帰りましょう」

 私の不自然な態度にも嫌な顔見せず、三山君は嬉しそうな笑顔をしてくれた。


  ほとんどのお店が閉まっている静かな商店街。

 もう何度も行き来した風景なのに二人並んで歩くだけでどこか違う場所に思えてしまう。

「長田さんって、もうあそこで働いて長いんですか?」

「大学の頃から働いてるからもう九年くらいになるかな」

「やっぱり、仕事テキパキできてますもんねー」

  何気ない会話をするも、彼の本当の目的は何だろうと緊張が抜けない。

 特に接点の無い私に話しかけるなど絶対何かある筈だ。

 洋菓子を使ったサプライズの相談とかか。

 実はうちの店に気になる子が居る…これだ。

 私の働いている店は女性しかいないうえに若い子、それこそ三山君と同世代の子もいる。

 情報を得るなら一人になる私が都合が良いと思ったのだ。これに違いない。

  それにしても働いている姿を見られていたのか、全然意識していなかった。

 こちらだって向かいの花屋で働く三山君を時折見ているのだ、逆のパターンがあり得ない訳ではないけれど。

 きっと目当ての子を見たついでに私の姿も見えただけだろう。


「よく私の名前まで知ってたね」

  役職を持つと名前を覚えてもらえない事が多い。

 与えられた役職名で呼ばれることがほとんどになるからだ。

 仲の良い花屋の店主は私の事を莉穂ちゃんなんて名前で気さくに呼んでくれるものの他の商店街の人からは皆「クレールの店長さん」と呼ばれる。

 店名と顔は一致するのだろうけど、名前まで覚えてくれている人なんてほとんどいない。

「うちの店では長田さん有名ですよ。仕事に真面目で手際もよくて気も利くって。働く手本は長田さんを見ろって、佐和さん我が子自慢みたいに言いますから」

 たしかに花屋の店主の佐和さんとは私がクレールでアルバイトを始めた頃からの顔馴染みではあるけど、そんな風に話をされていたのは初耳だった。

「俺も昔からそう思ってたし」

「え?」

「そうだ、俺この前誕生日で、店のみんなが祝ってくれたんですけど…」

  三山君の言う昔はどのくらい前の話なのだろうか。そんな疑問が浮かんだのだけど、彼は少し興奮気味にスマートフォンを取り出し、一枚の誕生ケーキの写真を見せてきた。

 そのケーキは見知ったクレールのホールケーキで、上に乗るプレートには小花が散りばめられ"しょうたくん"と描かれている。

 そう、それは先日私が描いたもので間違いなかった。

 三山君って名前"しょうた"だったのか…知っていればここまで可愛らしくしなかったのに。

 忘れようとしていた後悔が再び襲ってくる。

 せっかくの大事な誕生日の思い出を悪くしてしまったかもしれない。

 謝るべきだろうな。


「チョコペンでこんな細かく描けるんですね!俺ここまで綺麗なの生で初めて見て感動したんですよ。クレールで買ってきたって言ってたんですけど、どなたが描いたか分かったりしますか?」

 どうやら彼はプレートの花に対して不快感を抱いては居らず安心するも今度は違った意味で申し出にくい空気になってしまった。

「……私です」

 おこがましくて言うのを躊躇ったけど、嘘をつくのも違うと思い正直に言う。

「え!?長田さん器用ですね!」

「長く働いてるからできるだけだよ」

「それでもすごいです。俺、花好きなんで本当に嬉しかったんですよ!」

  子供みたいに目を輝かせて話す彼からは心底花が好きなのだと伝わってきた。

 そこまで喜んでもらえるなら描いた甲斐があったというものだ。

 昔からの地味な努力が報われた気がしてしまうのは少し大袈裟だろうか。

  自分の感情を素直に表現する三山君。

 私はもうそこまで感情の起伏は大きくなくなってしまった。思わず口元が綻んだ。


「俺、何かおかしかったですか…?」

「ううん、子供みたいに純粋で可愛いなって思って」

「それ馬鹿にしてます?」

  男の子に子供みたいで可愛いは失礼だったか。

 でもお世辞でも嫌味でも無く正直な感想だった。

 拗ねたみたいに口を尖らせる彼も残念ながら可愛く思えてしまった。

「全然。私からしたら羨ましいんだよ」

  女の私よりも三山君は余程可愛げがある。

 感情表現が乏しいから私は駄目なんだよな。

 「外見は悪くないけど反応が淡白でつまらない」そんな理由で交際した男性に飽きられてしまう。

 こちらからしたら大いに気持ちを表現しているつもりなのに相手にはどうにも伝わっていない。

  たしかに俗に可愛い子やお付き合いしている女性を見ればそりゃ可愛らしさがあるとは思いますよ。

 私には足りていないと自覚はありますが、面白くないと言われるのは不服である。

 「友達にはいいけど彼女にはちょっと」と言われ続けているので慣れっこではあるけれど。

  一応まだ、誰かに可愛いと言われたい気持ちもある。

 脳内でどんなに反省しようと、味気ない自分に変化は訪れない。

「ま、いいです。長田さんやっと笑ってくれたし」

「え?」

「ずっと固い表情でしたから…少しは緊張取れてくれました?」

「うん、平気平気」

  たしかに気になっている相手である三山君と初めてまともに話す場面に少しは緊張していたが、全く余裕が無かった訳でもない。

 けれど必要以上に考えながら話していたため表情が乏しかったのかもしれない。

 気を使わせてしまったのは年上として情けない。


「…あ」

 あっという間に駅まで着いてしまった。残念な気持ちからか思わず声が零れた。

「気をつけてくださいね」

 立ち止まった彼は改札を通る様子がない。

「三山君は電車乗らないの?」

「俺はここが最寄駅なので」

  これでは一緒に帰ったと言うよりも送らせてしまったという事ではないか。

 大して危険な道中でもないけれど、彼の気遣い精神が一人で帰る私を放っておくことが出来なかったのだろうか。

「俺が長田さんとお話してみたかったんです。気にしないでください」

 私の気持ちを察してか三山くんは慌てて付け加えた。

「ありがとう、疲れてるだろうに」

「…もしよければなんですけど、また一緒に帰らせてもらってもいいですか?」

「三山君がよければ私は構わないけど…無理しなくていいんだよ?」

  学生時代なんて勉学や交友関係にアルバイト、サークル活動、はたまた恋愛なんてしていたら時間が惜しくて仕方ないだろうに。

 こんな有益にならない女の相手をしている暇はない。自身の青春を全うすべきだ。

「無理なんかじゃないです!俺がもっと長田さんと話してみたいんですよ」

 お世辞だろうけどその言葉は何よりも嬉しかった。

 それは私も同じ気持ち。もっと三山君について知りたい。

「私も、もっと三山君と話してみたい」

 ここで明るく、とびきりの笑顔でも添えられればきっと百点満点可愛らしい女を演出できたのだろう。

 しかし私は随分と素っ気無く呟くみたいな小声で返してしまう。

 ところがそんな私の態度を気にも止めず、それこそ私がしたかった満点の笑顔を彼が浮かべた。

 三山君の笑顔で自分の胸の奥が震える気がした。

「それじゃあ、また。気を付けて帰ってくださいね」

「うん、三山君も気を付けて」

 落ち着かない鼓動が気になって、そそくさと改札を通り抜ける。

 つい自分の事で頭がいっぱいになってしまったけど、ホームへと続く階段に辿り着く前に大切な事を思い出した。


「三山君!」

  あれだけ話題に出ていたのに伝え忘れてはいけない。

 私の姿が見えなくなるまで見送るつもりだったのだろう、振り返ればすぐに彼と目が合った。

 三山君は何事だろうと首を傾げている。

「遅れちゃったけど、お誕生日おめでとう!」

  私にしては珍しく声を大きめに出した気がする。

 でもこれは時が経つほど意味が薄れてしまう事だから今伝えたかった。

「ありがとうございます」

  冷静になって考えれば公衆の場で恥ずかしい行動を取っていたなと思う。

 だけど三山君は少し照れてはいたけど、こめかみのあたりをかきながら笑ってくれた。

 

  短い帰り道の間にも様々な彼の笑顔が見られた。

 それらを思い返すだけで心は満たされる。こんな気持ちは初めてかもしれない。


 


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