第34章

ライは部屋を出ると、ホテルの屋上から絹代の身体を担いだまま隣のマンションの屋上に飛び降りた。


いくら鍛えているライでも、少しフラついて体勢を崩しそうになったが、マンションの屋上の方が低い位置にある為、なんとか飛び移る事が出来た。


ライは絹代の身体をゆっくり降ろすと、その場で段ボール箱を組み立てて、ゴミ袋を割いてシート状にしたもので内側を覆った。


ロープとシーツを解き、圧縮袋の口を少しだけ開けて空気を入れる。絹代を袋に入れたまま、膝を抱えるような格好で座らせ、また空気を抜きながら袋の口を閉じた。そろそろ関節の死後硬直が始まるだろう。


ライは段ボールの中に絹代の身体を入れた。揺れで身体が傷付かないよう隙間に空気を入れたゴミ袋を詰めて安定させると、段ボールの蓋をしめた。


段ボールにコンビニで手に入れた宅配伝票を貼り付けて、適当な住所を書き込む。


ライは周りの荷物を片付けてから、マンションの屋上の扉を調べた。鍵が掛かっている。


いとも簡単に鍵を壊すと、絹代が入った段ボールを台車に乗せてマンションの中へ入った。


台車を押してエレベーターに乗る。


管理人に


「こんばんわー」


と声をかけてマンションを出る。

こういうマンションは、入るのは面倒だが出るのは簡単だった。


ライは駐車場に停めてあった車のトランクに段ボール箱と荷台を詰め込むと、またマンションの非常階段から屋上へ行き、そのままにしてあったシーツを掴んで、ホテルの屋上に這い上がった。


ホテルの屋上の扉からストッパーにしていたタオルを取り外し、部屋に戻った。


バスタブの漂白剤にシャワーを掛けて洗い流し、排水溝の中に残りの漂白剤を流し入れた。


枕をビニール袋から出して、シーツと一緒にベッドの上に放り投げた。


絹代の衣類と、鞄、歯、処理に使った手袋と雨合羽をいくつかのゴミ袋に入れ、リュックの中に押し込んだ。


ライはバスルームと部屋の中をチェックしてから、父親の目隠しと両耳のティッシュを取った。


父親は必死で何かを訴えているようだった。


「いいか。お前は俺を忘れる。」


父親がうなづく。


「何も知らないし、何も見てない。」


父親がまたうなづく。


「何か喋ったら、俺が必ず殺す。いいな。」


ライは父親を繋いでいたロープと足を縛っていたバスローブの紐を解くと無理矢理立たせてから、部屋を出た。


ライは父親と一緒に屋上の扉の前に来ると、


「俺が出たら鍵をかけろ。ほらよ。」


ライは父親に向かって2枚のカードキーを投げ付けて、手を縛っていたベルトを外した。


ライは扉から屋上へ出て聞き耳を立てた。ガチャリと鍵が閉まる。そのまま屋上で父親がホテルから出て行くのを確認した。


慌てているのか、転びそうになりながらホテルから離れて行く。


ライは隣のマンションの屋上に飛び移ると周辺をチェックし、非常階段から下へ降りて、駐車場へと向かった。



車を運転しながらライは考えていた。


どこに遺棄するのか。


絹代の遺体に傷を付けるのは辛かった。


時間が無くて、無心で処理した。ゴミ袋の中に入っている歯や絹代の服も処理しなくてはならない。


ライは夜の道を遺棄する場所を探して車を走らせた。少し前から雨が降り出し、好都合だった。山の奥深くだと発見が遅れて腐敗が進んでしまう。民家が数軒立つ、この辺りか。


ふと、木立の中に小さな小屋らしいものが見える。


ライは近づいた。

小さな御堂だった。


ライは車を降りると、靴の上からビニール袋を被せて、雨合羽を着た。


御堂に近づき、手を合わせた。

扉を開けると中は空っぽだった。


ライは車に戻り、段ボールを開けて絹代の身体を取り出した。

死後硬直が筋肉にまで進んでいた。


絹代の身体を背負うようにして持ち上げ、数メートルを歩いて御堂にたどり着いた。


御堂の前で絹代の身体を降ろすと圧縮袋の口を開けた。


すっかり冷たくなった絹代の身体に雨粒が落ちてゆく。


ライはゆっくりと御堂の中に絹代の身体を入れた。

膝を抱える様にしてあった腕が振動のせいか垂れ下がり、そのまま硬直してしまったので御堂の扉は完全には閉まらなかった。


ライは腕をそのままにしておく事にした。もしかすると発見が早まるかもしれない。


ライは絹代の姿を見つめた。

雨に濡れた黒い髪をそっと撫でると、御堂の扉を出来るだけ閉めた。


圧縮袋を片付けると車に乗り、雨合羽を脱いで、靴に被せていたビニール袋を外してからその場を離れた。

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