第32章
ホテルの入り口を見張るライは、絹代がなかなかホテルから出て来ない事に違和感を感じていた。
少し前に客の男だけが出てきた。
その後、入店したばかりの中年カップルの女の方だけがすぐに出て行った。
客との約束だった2時間は、もう過ぎている。
何かあったのか?
田山から連絡はない。
絹代一人がホテルに残っている。具合でも悪くなったのでないか?
部屋番号は分かっている。ライは心配になってホテルに乗り込む事にした。
ライはホテルの前へ行き、ホテルへ電話を掛けた。フロントの女性スタッフが電話に出る。
ライは適当な企業の名前をを告げて、社長に繋いで欲しいと告げる。
女性スタッフが席を立ち、奥の扉に入ったのを見届けてから素早く中へ入った。
電話を切るとエレベーター横の非常階段の扉を開けて3階まで駆け上がる。
ライは絹代達の部屋のドアをノックした。返答は無い。
エレベーターは動いていなかったから、入れ違いになったとは思えない。
もう一度ノックする。
「絹代さん、どうしました?」
声を掛ける。
すると、ゆっくりドアが開いた。
ドアを開けたライの目に飛び込んできたのは、ベッドに仰向けに倒れている絹代の姿だった。
ライは瞬時にドア付近に立っている男を部屋の奥へ突き飛ばし、絹代の身体に触れた。
絹代はすでにグッタリとしている。
ライはすぐに蘇生を試みた。
男がヘタリ込む。
絹代の心臓は動かない。
もう、手遅れだった。
ライの頭に血がのぼる。その血は煮えたぎり、マグマの様に身体中を駆け巡る。
ライはすぐさま男の胸ぐらを掴んで身体を引き上げ、そのまま床に組み伏した。
「なぜだ。なぜこんな事を。」
男は黙っている。
「今すぐお前を殺してもいいんだぞ」
その言葉に反応した男は弱い声で
「娘だ。それは俺の娘。」
と言った。
ライの手の力が抜けていく。
「なぜ殺した。」
「分からない。」
絹代の父親だという男が、少し前に入店したホテルの客だと気づいたライは
「お前の部屋のカードキーを出せ。」
と父親に言った
父親は床に倒れたまま、コートのポケットからカードキーを二枚取り出すと、ライに渡した。ライはそれを胸ポケットにしまうと、自分のベルトを外して父親の両手を後ろで縛り上げた。
父親を絹代の近くに転がしてうつ伏せにし、肩を踏み付けたまま、ライはリュックの中から遺体の処理道具を取り出す。あの頃からの習慣でずっと持ち歩いていた。
絹代にコレを使う事になるとは…。ライは複雑な気持ちになった。
マスクをして、ビニール手袋を付けると、弛緩により体液や排泄物が漏れるのを防ぐ為に素早く処理していく。
皮膚に繊維が残らないように脱脂綿ではなく、ビニール袋を使って塞いだ。
ベッドに転がっていた絹代のバッグを漁る。生理用ナプキンを取り出して絹代のショーツに当てる。
極力、ベッドを汚さない様に配慮した。
目を閉じた後、口からの流出を抑えるために顎を閉じると絹代の顔をビニール袋で覆い、そのまま袋の口を結んで閉じた顎を固定した。
「場所を移動する。お前にはまだ居てもらう、逃げるなよ。お前なんかすぐに殺せるからな。」
そう言ってライは父親を立たせると、
逃げないように処理道具の中に入っていたロープで繋いだ。
ライは洗面所でビニール手袋をつけたまま手を洗うと、床に落ちていたカードキーを拾ってコートの胸ポケットに入れた。
ドアストッパーでドアを固定し、一度廊下に出て防犯カメラをくまなく探した。
幸いにも廊下に防犯カメラは無かった。
部屋に戻ったライは、絹代の鞄を肩に掛け、父親の部屋のカードキー二枚のうち一枚を口に咥えた。
父親を繋いだロープの端を握ったまま、絹代の腹部を圧迫しないように両手で絹代の身体を抱き上げた。
父親を足で蹴って歩くように促し、部屋を出た。
ライは父親を先に歩かせ、エレベーターホールに向かう。ここにもカメラは無い。ライは肘でエレベーターの昇降ボタンを押した。
エレベーターが来ると中をのぞいて防犯カメラが無い事を確認すると、そのまま乗りこみ、カードキーに記された5階の部屋へ向かった。
ライはカードキーを口で咥えたまま読み取り部分に当て、ドアのロックを解除し、部屋に入った。
カードキーを口から吹き飛ばし、手からロープを手離すと、父親を蹴って床に転がした。
そして、絹代の身体をバスタブの中に入れた。
ライは風呂場からタオル2枚とバスローブの紐を持って父親の元へ行き、繋いでいたロープでそのままベッドの脚に括り付けた。
持ってきたバスローブの紐で両脚も縛ると、口にタオルを突っ込んだ。
「やる事がある。ここで待っとけ。」
そう言ってライはタオルを1枚持って部屋を出た。
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