爺は弟子の力に頼る

『ししょー、きこえますかー。ししょー?』

 神に懺悔しまくる爺の懐の中から、女の声がした。

「ん?」

 爺は気付いたのか、自らの懐をゴソゴソと漁り、携帯電話のようなものを取り出した。

 よく見ると、様々な文様が刻まれた鋼板に宝石が埋め込まれた物のようだった。僕は凄いデコレーションだな、と呆れた。

「おお、シェリーテか?」

『ああ、ししょー、やっと繋がったー』

 鋼板から声がする。

 やはり携帯の一種なのだろうか。しかし、僕はあんな機種は見たことが無い。外国製なのだろうか。

 しかし、いつもスピーカーモードのまま会話してるのか。内容駄々漏れじゃないか?

「やっととな?」

『ししょーが居なくなって、みんな探してたんですよ。コレムに『ワシってツエーしてくるわ』とか訳の分からない事を言い残してたとかで。さっきまで通信板も通じないし……』

「ワシ、異世界に来とる」

『はぁぁぁぁーーーーーー?』


 何だろうこのコント。目の前で見せられているこの寸劇に、どういうオチがあるのだろうかと考える。

 よく見ると、爺はほっとしたような、晴々とした顔をしていた。

『早く帰ってきてくださいよ! 陛下のお使いが来られて困っているんですから!』

「おお、そうか! それは急がねば……って、ワシ帰れんのだ……」

 一転、爺の表情が曇る。

『何でですか!』

「この世界ではワシ、魔法使えんのよ……」

 困った様子の爺。

「話している人、誰?」

 コントの最中だが、気になって話しかけてみる。

「ワシの弟子のシェリーテ。かわい子ちゃん……」

 携帯電話を押さえつつ、僕に答える。

『魔法が使えないぃー? 魔法使えなかったら、帰れないじゃないですか! ししょー、馬鹿なんじゃないですか?』

 電話の向こうから怒鳴り声が聞こえる。

 言うに事欠き、師匠を馬鹿呼ばわり。うん、コントだな。

「これから先、どうしようかと思っていたところだ……」

『弟子の誰も転移なんて出来ませんし、そっちにもし行っても魔法使えない世界なら、どうしようもないじゃないですか! ……って、でも通話板使えてますね』

「そうじゃな? 翻訳サークレットも機能しておるし?」

 爺は首を傾げて考え込む。

「通話してるんだったら、長電話は料金の無駄だぞ」

「料金とな? 何の話だ?」

「いや、電話」

「電話?」

 何やら話が噛み合わない。

『ししょー、いつも出かけるときに緊急用の帰還石持ってませんでしたっけ?』

「ん?」

 何やら懐をガサガサと漁り、小さな袋を取り出した。

「あー、持っておった!」

『魔法付与の品が使えるなら、それ使えるんじゃないですか? 今居る場所、通話板も使えるし、丁度いい場所なんじゃないです?』

「おお!」

 爺の顔に笑顔が宿る。先程まで死んだ魚のような目をしていたのに、今は生き生きとしている。

 コントのオチが見えないぞ。


「ヨシアキ、ワシは帰る。やはり自分の世界が一番だよ。『余所の世界でワシ最強!』なぞという下らん考えを持っていたのが間違いだった」

 脳内世界に帰るのか? どうやって? ほんとに?

「世話になったな。これは感謝の印だ」

 爺は先程のものと同じ金貨を差し出した。

「あ、ああ……」

 僕はどう対応して良いのか分からず、爺に言われるがままにそれを受け取った。

「ちょっと離れてくれ」

 僕は何が何やら分からぬまま2、3歩後ろに下る。

 爺が手に持っていた帰還石とやらを放り投げると、一瞬で光る魔法陣のようなものが地面に現れた。

「ではな、ヨシアキ」

 爺は手を振りつつ、魔法陣の中に移動する。中心部に立った瞬間に、魔法陣が大きく輝き、眩しさに僕は目を閉じた。

 再び、僕が目を開けた時、爺も魔法陣も消えていた。


「爺!」

 呼んだが反応は無い。

 マジックショーが終わったのだろうか。いや、先程のコントは?

「あの爺、本当に……異世界から来たのか?」

 僕の手には、見たことも無い金貨が残されていた。

「まさかな……」


 あれ、このサークレット忘れてんじゃないのか? ……まあ、いいか。また来るだろう。

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