不自由転生
城屋結城
第1章 世界に張り付く混沌
第1話 転生
「ここは……」
目の前には、地平線の彼方まで草原が広がり、心地良い風は草木をなびかせる。
そして太陽は天高くで、コチラの様子を伺っている。
気が付くと、俺はそんな場所に立っていた。
「あの……」
「ん? 君は?」
辺りの美しい自然に見とれていて、声を掛けられるまで、背後にいた女性に気付くことができなかった。
女性の姿はやせ細っており、その顔には見るに耐えないほどの火傷の跡があった。
身長は俺よりも小さいが、その頭についた"しゅん"と垂れ下がったケモノ耳をピンと伸ばせば、俺と同じくらいの身長にはなるだろう。
「わ……ワタシは……レーナといいます……」
「レーナさんね。えと、俺に何か?」
レーナと名乗った女性は、俺のセリフを聞くやいなや俯き、肩甲骨まで伸びたオレンジ色の髪で顔に濃い影が落ちる。
先程まで俺を見つめていた美しい金色に輝く瞳は闇の中で淡く輝いているが、少し前に比べて遠慮がちに存在感を発揮している。
身にまとう衣は薄く、布切れ1枚のみだ。
彼女の返事を待つため、かなり長い時間が経ったように思えた。
「えと、用がないならもう行くよ?」
「じゃ……私のことは覚えてない……?」
「ごめんだけど、全く記憶にないよ」
痺れを切らし、その場を後にしようとしたが、そんな俺を止めるようにかけられた声に、まんまと俺は引っかかってしまった。
俺は自らの記憶を掘り返してみるが、彼女のことは全く思い出せない。
とはいえ……どうして、俺はこんな場所にいるのだろうか?
それさえも、思い出せなかったのだが……。
でも正直な話、この女の子の演技力は、違和感を感じさせないくらい凄まじいと思う。
「あ……あの、この後どうなさるんですか?」
「んー。とりあえず、あそこに見える街に行こうかと思う」
「そうですか……」
彼女は、手に持っていた布を頭に巻きつける。
帽子代わりに使っていたようで、布には帽子にする時にできた折り目がついていた。
それにしても、どうして彼女は泣きそうな顔をしているのだろうか?
何だか、大切な事を忘れているような気がする。
それにしても、この様な顔をされると、対応に困る。
「実は、俺は何も覚えてなくて、できればあの街まで案内して欲しいんですけど」
「え?」
「ダメかな?」
「はい! 任せてください!」
気付けば、先程まで風が奏でていた草木の音が小さくなり、代わりに人工的な爆音が聞こえる。
太陽の光は雲に遮られ、辺りには暗い雰囲気が漂い始める。
「あっ……」
「この音は?」
レーナは恐怖に顔が引きつり、足を震わせる。
俺は何事かと音のする方を振り返る。
そこには、大きな装甲車が爆音と共に走り寄ろうと健気にそのタイヤを回していた。
空を飛ぶトンビは、爆音に驚きその場を離れ、草原を悠々と走っていたネズミ達は、その音を聞くや否や穴を掘り潜り込む。
「何だ……あの大きな車」
「行けません! 主様、離れてください!」
取り乱した彼女は、勢いよくそう叫び俺の腕を掴む。
しかし、そんなことなどさせまいと言わんばかりに、一瞬にして目の前に装甲車が姿をあらわす。
次の瞬間、装甲車から顔を覗かせたのは、逞しい髭を蓄えた中年の男性だった。
「ヨォ、兄ちゃん。もしかして、アンタもオークションに参加するのかぃ?」
「オークション?」
「ん?その娘を出品するんじゃねぇのかぃ?」
「あぁ、そういうことか。はい、そうです」
「なら目的地は同じだぁ。よければ送って行くよぉ?どうだぃ?」
「それは有難いね。よろしく頼むよ」
俺は自分のことさえよく分からない。
けれど、自分がスラスラと発する言葉は、どこから来るのか恐ろしくなる。
不自然なほど冷静で、そして自分の無感情さが何なのか、自分自身のことを知りたくなる。
「なぁ、アンタもオークションに参加するんだよな?」
「んん? おうょ、まぁ俺は買専だがな!」
「ちなみに、俺は連れの彼女はどうだ?」
「んん? あぁ俺好みなんだが、顔がいけなぇ。あの顔の火傷は大幅なマイナスポイントだなぁ」
「確かに、今回はあまり良い結果にはならなさそうだな」
レーナは俺の会話に耳を傾けているのか、時たま立派なケモノ耳がピクリと動く。
中年男性の装甲車は外見通り立派なもので、相当の金持ちだと思われる。
それにしても、装甲車内部の人間を観察したが、運転手を含めてケモノ耳を持つ者は見当たらなかった。
「着いたぜ、兄ちゃん」
「ありがとう。また会えたら、その時はご飯でも奢るよ」
「気にしなさんなって、いいってことよぉ。オークションで会おうぜぇ」
こうして、男達は装甲車に乗り込み去っていった。
おそらく、装甲車が停められる駐車スペースでもあるのだろう。
「あの……主様?」
「あぁ、大丈夫。君を売ったりはしない」
「え?」
「君が主様なんて呼ぶから、奴隷オークションの様が直ぐに頭に思い浮かんだよ。君みたいなケモノの種族は珍しいのかな?」
「そうですね……たぶん、珍しい方だと思います」
「たぶん? まぁ、詳しくは突っ込まないことにするよ」
街にはそこそこの人通りはあったが、大都市という雰囲気はしない。
道路の広さに対して、人の数が圧倒的に少ないことに起因する。
そして、数少ない人を観察するが、先程の中年男性と比べるまでもなく貧相で、ケモノ耳は持ち合わせていない。
「主様、匂います。こんなに近いなんてラッキーですね」
「そんなに匂うか?先に風呂に入るかな」
「あっ……そうでした。訳のわからないことを呟いてすみません……」
「いや構わない。というより、説明して欲しいくらいなんだけど」
そうして街を見て回るが、特段俺の気をひく物はなかった。
唯一、移動販売に来ていた本屋には興味が出てしまった。
様々な本を手に取り、パラパラとめくる。
自分でも不思議だが、その一瞬で本の内容の全てが頭に入っていた。
読めば読むほど痛感する……俺はこの世界について何も知らない。
こうして、大まかな世界の実情を頭に叩き込んだ。
「大きな煙突だな」
「凄いですねぇ、こんなに大きなのを見るのは3回目くらいでしょうか?」
「3回目ね……」
ふと空を見上げると、鋼鉄の鎧に身を包んだ戦闘機が飛び交う。
先ほどの装甲車といい、戦乱の世の中というのは怖いものだ。
頭に叩き込んだ知識の中には、この世界の情勢についても書かれていた。
この国が世界でもTOP3に入るほど大きな国であり、その軍事力は飛びぬけている。
先ほどの巨大な煙突然り、大きな街並み、そしてその遥か向こうに見える城塞。
すす臭い上に、メガネが曇っているかのように、視界が霞む。
この国は、もう末期なのかもしれない。
「なぁ、レーナ。道案内までさせた上に、こんな事を頼むのは忍びないのだが……」
「何ですか?」
「俺は、お前を奴隷商品として出品したいと思っている」
「ふぇぇぇ!?」
「嫌なら断ってくれても構わないよ。ただ、そうしてくれると嬉しいとは思うけどね」
「あ……主様がそうおっしゃるのなら、ワタシ出ます!」
俺に懐いているというのを利用するには忍びないが、こっちも突然よく分からん場所に放り出されたんだ。
生きるために、するべきことは何でもする覚悟は俺にはある。
まずは金がなければ、何も始まらない。
「その代わり……」
「ん?」
「その代わりお願いがあります」
まさか、相手からお願いをされるとは思わなかった。
とはいえ、そのお願いを叶えてやる義理もない。
が、話だけは合わせておいてやるか。
「もしある商品が出品されていたら、買っていただきたいのです」
「ふむ……分かった」
条件は分かったが、何故だろう?
俺に売り飛ばされるかもしれないというのに、俺に彼女の商品を買ってもらいたいとは……
一体、何が狙いなんだ?
よく考えてみれば、彼女のことも何も知らない。
もしかしたら、俺を嵌めようとしているのかもしれない。
「よし、行こう」
「はい……」
とはいえ、今はオークションの締め切りが迫っている。
壁に張られたポスターに示された受付時刻が迫っていることを確認し、とりあえず会場を目指す。
* * *
会場はとてつもない人だかりだった。
そして参加している人は、どれも煌びやかな服装に身を包んでいた。
受付を済ました俺は、レーナと別れ会場の席に座る。
「あまり良い空気ではないな」
壇上には司会者が白い歯を輝かせ、それを取り囲むように席が並ぶ。
その後ろには立ち見スペースがあり、立食が行われている。
この雰囲気は俺の嫌いなものだ。
しかし、どうしたことか?
会場の裏でスタッフがざわつき始める。
「何だ……?」
しかし、すぐに落ち着きを取り戻し、通常通りのオークションが始まる。
会場にいた貴族たちは、その騒ぎに気付いた者はいなかったようだ。
自分のことしか考えられない人たちか……こうやって気付かないうちに、泥沼に嵌っていくんだな。
憐れむような目で辺りを見渡すが、誰一人としてこの視線には気付かなかった。
そうしている内に、会場の出入り口は閉められ、会場を駆け抜けていた涼しい風がピタリと止む。
人混みから生まれる赤外線がもたらした気持ちの悪い温もりは、俺の気分を害してくる。
早く終わって欲しいものだ。
「さぁ、始まりました! 今年もこの季節がやってきたのです!」
「待ってましたぁ!」
周囲の貴族は一斉に声を上げ、会場は更なる熱気に包まれる。
俺だけが、1人無人島に取り残されたかのようだ。
「まずは、骨董部門の1品目の紹介です」
司会者は、これが年に1度の生きがいだとでも言わんばかりに声を張り上げ、大きな身振りで紹介する。
このオークションは部門に分かれていて、最初は骨頭部門から始まるようだ。
「骨頭ね……」
俺は骨頭には興味がなく無関心を貫きたいところではあるが、レーナからのお願いが頭をよぎる。
『買って欲しい物があるんです』
『買って欲しい?』
『はい。骨頭品なんですけど、光り輝く球が装飾された物です』
『それだけじゃ分からないんだけど……』
『この世の物とは思えない輝きを放っていますので、すぐに分かると思います』
『なるほど……』
『頼みます……その時は、必ず競り勝ってください』
この約束を守る義理はない。
破ったとしても、何か罰があるわけではない。
しかし、何故か壇上に次々と上がる骨董品を見つめる。
「俺は何をやっているんだ……」
出品された骨董品は20にも上ったが、そのどれを見ても光り輝く球を見つけることはできなかった。
出品されていたとしても、競うつもりはなかったが……
こうして、滞りなくオークションは進行していく。
長い時間が経ったが、興味がない部門は眠っていたので覚えていない。
目が覚めた頃にはオークションは終盤で、これから奴隷部門が始まるところだった。
「いよいよか……」
次々と奴隷が壇上に上がり、何処の誰かも分からない男に次々と買われていく。
出品物は、子供から女子まで、様々な人が登場する。
そうして、いよいよ最後の出品物が姿を現す。
しかし、そこに登場したのは、小さな男の子だった。
「なっ……」
受付でもらった出品番号を確認するが、最後の出品だと言われた男の子の番号とは違う。
男の子は小太りの男性に買われる。
物価の情報は未だ乏しいが、町でみた食料品の値段を考えるとそこそこの巨額であることが分かる。
「レーナはどうなってるんだ……」
そんな心配を他所に、司会者は不気味な笑みを浮かべ、会場を見渡している。
そして、マイクを強く握りなしたかと思うと、これまでよりも語気を強め話し始める。
「ああ……えぇ~、皆さん。今日はスペシャル商品があります」
辺りがざわつき始める。
このメインイベント感は何だ?
「コチラをご覧ください!」
「……」
首には大きな首輪、両手には手錠をつけられたレーナが壇上に上がる。
その顔は恐怖で引きつっていた。
「この商品は、これまでにない大物です。何と言っても……」
その瞬間、時間が止まったのではないかと思うくらい、会場が静寂に包まれる。
壇上の司会者は、この瞬間を全身で感じているかのように、十分に間を取る。
「この生き物は、空想上の存在とされていた獣人なのです!!!」
「おおおおぉぉおぉぉぉ!?」
会場は大歓声に包まれる。
壇上では、ケモノ耳を動かさせたり、紛れもなく本物であることの証明が行われた。
そうして、しばらくすると、会場からメモやカメラを片手に慌てて出ていく男たちの姿が見えた。
「まさか……そんなに、凄い事なのか?」
その後の熱気といったら、さっきまでのが茶番だったのではないかと思える程だった。
会場の貴族は血眼になって、高額を提示する。
我先に上げられる札は、とてつもない値段へと跳ね上がって行く。
「あの獣人に子供を産ませたいなぁ。皆可愛がってあげるのに」
「おいおい、珍しい今のうちに、その子供は売り飛ばした方が良いに決まってるだろ? そう考えれば、安い出費だ」
貴族たちは口々に話し、様々な言葉が行き交う。
会場の熱気は留まることを知らない。
しかし、そんな時間も終わりが近づく。
勢いよく挙げられた札と、そこから放たれた額に会場は凍り付く。
「ワシは、時間を大切にする主義でな。さっさと終わらせてもらう」
「……」
一瞬の静寂が訪れた後、会場が歓声に包まれる。
鳴りやまぬ拍手が続く。
「これでワシの勝ちじゃ」
ニヤリと笑う爺さんを俺は見つめる。
胸につけられたバッジには、家紋が刻まれている。
あの家紋は、ここから北にある世界最大の都市”バース”の一流貴族”ミーゼス家”の家紋だ。
「手続きはワシの部下がやる。今ここで貰っていくぞ」
そう言うと、壇上に堂々と上がり、奴隷のレーナの手を引く。
有力者の行動に、オークションのスタッフは何もできずに従う。
おそらく、このオークションにも多額の出資をしているのだろう。
「ワハハハハ、良い買い物じゃ」
老人の枯れた笑い声が会場を支配する。
何故か、俺の心も穏やかではない。
こうして、嵐の如く老人は去っていく。
レーナを引き連れて。
* * *
オークションが終わり、俺は売り上げの一部をオークションの運営組織に譲渡した。
とはいえ、それでも大金を手に入れたことは変わりない。
手元には、おそらく一生遊んで暮らせるであろう大金。
だが、この後どうするべきか悩む。
「おい、急げ!」
「おう!」
先ほどの老人の部下の男性たちが急いで、高級車に乗る。
ミーゼス家の家紋が刻まれた自己主張の激しい車のせいで、誰なのかが丸わかりだ。
とはいえ、そうなると来るときに乗った装甲車……あれは軍の人間なのか?
明らかに一般市民にしか見えないオヤジだったが……そうなると、まさかオークションは国絡みの一大産業ということか……
そして、そんな俺の目にある物が映り込む。
それが何なのか分からない。
そう……俺が見たのは、光り輝く球が装飾された杖だった。
「あれは……」
レーナの言葉を思い出す。
『買って欲しい物があるんです』
頭の中にこだまするレーナの声に、自分でも呆れる。
「はぁ……仕方ない。次にすることも考えあぐねていたし……約束は守るよ」
俺は真っすぐに北側を見つめる。
まずするべきことは1つだ。
この巨額の資金を使って、武力を買う。
こうして、俺はしっかりとした決意のもと、町に躍り出たのであった。
不自由転生 城屋結城 @yuki-jyoya
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