12・一掃

 とはいえ。

 まだ外のいきものの姿は見えない。気配はするものの、まだ遠くにいるのだろう。

 ならば、近づかれる前に我を忘れて逃げまどっている魔獣たちをできるだけ減らしておかなければ。特に、魔獣とも魔人ともいえぬ合成魔獣キメラは確実に減らしておきたい。


「ファルコン! スフィルの様子は?」

「すまぬ。もう少し時間がかかりそうだ」


 狼の低音ボイスが耳に響く。申し訳なさそうな声を聞きながら、メビウスはからっと笑ってみせた。


「いや、むしろ都合がいい。二人を巻き込む可能性がなくなるからな」


 魔のものに一番こたえるのは、正反対に位置する神族が得意とし、人間に扱いを教えた浄化だ。背後に大物が控えているとわかった以上、が行動を起こす前に策を練る時間を少しでも取っておきたかった。


「ウィル。最大の結界張って、どれぐらい維持できる?」

「結界……ですか? 坊ちゃん、なに考えてるんです?」

魔獣たちあいつらを一掃できねーかなって」


 さらりと言って、大きな得物をぶんっと振る。剣のまわりに飛んでいた星屑が、きらきらと追尾した。それだけで、ウィルは少年がやりたいことを理解したようだった。


「なるほど。要は、たくさんの魔獣を閉じ込めたい、と。閉じ込められるのなら、結界じゃなくても構いませんね」

「ああ。外のいきものに当てるわけにはいかねーからな」


 お前に任せる、と言って不敵に笑うと肩をぐるぐると回す。反対に、ウィルは訝し気に眉を片方だけ跳ね上げ「外のいきもの?」と少年に問うた。


「こいつらを駆り立ててるのは、んだ外のいきものだ。まだ遠いがオレも気配を感じたし、合成魔獣キメラがいる時点で間違いねえ」

「最果ての……。ところで坊ちゃん。自信満々のようですが、考えてる作戦を実行したことは?」

「ねーな」

「だろうと思いました」

「ま、いつものことだろ?」

「ですね」


 二人以外には、不安要素しかない会話だ。だが、二人にとってはこれが普段通りのやり取りである。メビウスが安心したように口角を持ち上げれば、ウィルの瞳も柔らかく弧をえがく。


「特に、合成魔獣キメラは一撃じゃ死なねーから、何度も攻撃しなきゃなんねーだろ。あいつらに手間取ってるあいだに、外から召喚されたやつが追いついてきたら面倒だ」


 ま、どんだけ削れるかは、やってみなくちゃわかんねーけど、と軽く続け。


「やるだけやってみよーぜ。いつもどおり、ぶっつけ本番!」

「僕は、ちゃんと作戦を練ってから動きたい派なんですけど」

「っても、練習できるようなことでもねーしなあ」


 しれっと笑ったメビウスをじとりと見やって、ウィルは深いため息をつく。


「そうなんですよねえ。まったく、命がいくつあっても足りやしません」


 ぶつくさ言いながらも、ウィルは該当する魔法が込められた弾丸を取り出し、左右それぞれに一発ずつ装填する。


「とか言いながら、結局は乗ってくれるんだよな。お前もじゅうぶん、常識人から外れてるんじゃね?」

「坊ちゃんに言われたくないですね」

「でも、否定しねーだろ? そーゆーとこ、気が合うっていうかさあ」

「違いますね。どうせ引き下がらないのだし、仕方ないから付き合ってあげているだけ、です」


 だけ、をやけに強調して締めくくった顔には、諦めとも不敵とも取れる複雑な表情が浮かんでいた。装填を終えた銃をだらりと両手に持ち、ウィルは少年をちらりと見る。


「僕の準備は終わりましたよ。いつでも撃てます」

「お、そっか。ああ、ソラちゃんもオレたちの後ろに下がって。ソラちゃんに浄化は効かないと思うけど、一応、な」


 言われるままに二人の後ろにさがったソラを見てへらっと笑うと、メビウスはウィルを見上げた。


「そんじゃ、始めますかね」









 ウィルは両手に銃を構え、魔法の詠唱に入る。メビウスはブリュンヒルデを地面に突き刺し、気持ちを整えて集中を始めた。

 剣の中に込められたブリュンヒルデの魔力。そのまわりにきらめいているのは、剣の軌跡を追尾し、浄化を行う星屑のような魔力のかたまりだ。少しイメージすれば、星屑からつららのような形状に、強制能力導入オーバーインストールを使ったあとは、短剣の形まで変化させることが可能となり、いままでよりも単独で動かすことができるようになった。これまでは牽制や飛び道具として扱うことが多かったが、いまイメージするのは小さな、魔力のかたまりのままである。なるべく小さく、なるべく硬く、そして重たい――質量のある魔力。一撃でも穿たれれば、致命傷にもなりうるほどの。


 ――そうだ。

 ウィルの使う、魔力銃の弾丸のようなものがいい。


 このあとに控える役目を考えると、少しでも体力を削ることは許されない。ブリュンヒルデの魔力を引き出すことで、禁呪は温存しなければ。

 目を閉じて、両手でしっかりと柄を握る。自分のイメージを、剣の中に流してやるような感覚。剣の中に眠る、ブリュンヒルデのちからそのものを外に引き出してやるイメージ。普段から外にあふれ出している星屑の数では、あまりに足りない。

 ぽっ、ぽっ……。

 かすかな音と共に、星屑が丸く変質していく。幾何学的に光る刀身から、ふわりと光が分離して小さく丸く固まっていく。それらはメビウスの周りに漂い、数を増していく。


 一方で、ウィルは防護陣ともう一つ――魔法障壁リフレクトの詠唱を開始していた。魔法自体は弾に込められている。そのちからを最大以上に引き出すルシオラの魔道具の恩恵にあやかるため、彼は両方の詠唱を一度に唱えていた。純粋な攻撃魔法が使えず、だからこそ魔法を様々な角度から研究してきたからわかる、詠唱のアレンジ。二つの魔法を上手くまとめ、威力を落とさずに発動させるにはどの言葉が必要か、ウィルにははっきりとわかるのだ。

 魔法を跳ね返す魔法障壁リフレクトを内側に。攻撃を弾く防護陣を外側に。

 複数の魔力銃を扱うウィルだからこそ、魔法を同時に撃ちだすことで、双方の魔法に効果がかかること、それは詠唱でコントロールできることに気がついた。ただし、これをやるには銃から魔法を撃ちだす際にかなりの魔力を持っていかれてしまう。いわば、魔法を合体させたような形になるのだ。そのぐらいの反動はあって当然だった。


 最果てのいきもの。それが、どれほどの脅威となるかはわからない。だが、彼らが魔力や瘴気を好むことは知っている。だから、瘴気を内包する魔獣の数を、限りなく減らした方が良いのは理論としてわかる。

 なんにせよ。

 目の前の問題から片していく他はない。外のいきものというだけでは、相手の詳細があまりにも少なすぎる。後のことは、そのときになって対処するしかない。

 つらつらと考えながらも、口は必要な言葉を正確に選び取って二つの魔法を練り上げていく。両手に構えた魔力銃の前に、巨大な魔法陣が二つ、浮かび上がった。


「――幾多の災厄から護り弾く障壁となれ」

「――穿ち狂え! ブリュンヒルデ――ッ!」


 見事に。

 二人の声が重なり、術は完成する。

 まるで、最初からそうやって存在する二人の術技のようだった。

 障壁が魔獣を取り囲んで一瞬きらめき、光の弾丸と化した星屑が一斉に飛び回る。

 暴走している魔獣たちも異変を感じ取り、動きに乱れが生じた。しかし、もう遅い。

 メビウスが叫びと共に振るった剣に弾き飛ばされるように、白く輝く光球が一気に押し寄せる魔獣たちを穿つ。貫いてなお、勢いをとどめることを知らぬ光は尾を引きながら次々と魔獣の身体に風穴を開けていった。


 嵐のように飛来した光球だが、魔獣を貫きそのまま虚空へ飛び去って行く。命のあったものたちは、一時いっときの強襲など忘れ、いま自分たちはなにから逃げようとしていたのか思い出して我先にと足を踏み出す。過ぎ去った嵐より、背後から迫りくる得体の知れぬなにか。心を、精神を揺さぶられる気味の悪さを醸し出し、ゆっくりと歩み寄るなにか。

 後ろのことしか考えていなかったからだろう。魔獣は、前から迫る脅威に気付くのに遅れた。そして、その僅かな遅れが致命的な隙となり、首と身体が一瞬で泣き別れる。


「坊ちゃん!? なにやってるんですか!」

「なにって、最初からこのつもりだったけど」


 光球のあとを追い、メビウスは自ら防護陣の中に飛び込んでいた。通常の魔獣は光球に任せ、自分は合成魔獣キメラと相対する。


「こいつらを逃がすと面倒だろ。ブリュンヒルデの魔力も、ほんたいと切り離していつまで持つかわかんねえし、一緒に中にいればまた撃てばいい。単純だろ?」

「……そーゆーことは、先に言ってください」

「ん、今度からそーする」


 あっけらかんと返して、合成魔獣キメラへ剣を振るう。なにを素にしているのかすらわからない、ぶよぶよの醜い身体。頭を落とそうが心臓を突き刺そうが、そのたびに表に出ている顔や部位が消えては生えてを繰り返すのは、以前と同じだ。いわゆる急所といわれる場所を狙ったところで、材料にされて混ぜこぜになっているなにかの命を一つ刈り取っただけにすぎない。

 ぼこりと、醜悪な肉塊の中から、白い華奢な腕が生える。その陶器で作ったような美しさが、かえって合成魔獣キメラの気持ち悪さを助長していた。


「……ッとに、悪趣味だぜ」


 生えてきたばかりのそれを斬り飛ばして、底冷えのする声音で呟く。

 こんなおぞましいものを作るのは、あの男以外に考えられない。

 望まずの生だとして。

 いま、この場に合成魔獣キメラがいるのは非常にまずい。一匹で魂を幾つも内包するこれは倒すだけでも厄介なのに、このままにしておいたら取り返しがつかなくなってしまうことを、メビウスは知っていた。


 だから。

 彼は躊躇わず剣を振るう。再生する暇も与えないほど、肉塊を斬り刻む。この生き物が、言葉を話すほどの知力がないのだけが、救いだった。傷つけられる痛みと再生による痛みとで苦悶の咆哮をあげながら、血しぶきを吹いて前のめりに倒れる。それでも、再生を続ける身体をメビウスは淡々と壊し続ける。


 魂を使い切るまで。

 効率よく――。


 淡く光る壁に進路を妨害され、自由自在に飛び回る光球に貫かれ、魔獣たちはさらに恐慌状態に陥った。逃げなければならないのに、どこにも進めない。魔力を反射する防護陣の中で右往左往する魔獣をあざ笑うかのように、通り過ぎたはずの光球が襲う。やり過ごしたはずのものに襲われ、ばたばたと魔獣が倒れていく。その姿と不可解な状況に、残った魔獣や頑丈な合成魔獣キメラは完全にパニックになった。魔法の壁に突進するもの、他の魔獣を盾にするもの、光球を叩き潰そうとして散っていくもの、様々な動きや悲鳴が飛び交い、防護陣の中はさながら阿鼻叫喚の地獄と化した。


 ひときわ輝く、ブリュンヒルデの魔力が舞う。ふわりと舞っているように見えて、強く輝くそれはまるで暴れ狂う雹だ。一度当たっただけでは砕け散らず、幾度も幾度も標的を穿つ。最高まで強化され、アレンジされた防護陣にぶつかり、跳ね返ってはなにかを砕き、また跳ね返る。その光景は、ルシオラがドクターに使用した光の聖櫃アークプリズンによく似ていた。

 違うのは、中でメビウスが光球とともに暴れまわっていること。


「……あー、ファルコン、毎度だけどもうちょっと加減できねーのかよ……」


 ぼそりと呻いて、スフィルが身体を起こす。返事がない狼の横顔をじろりとねめつけ、スフィルは不機嫌な顔で狼が見ている方へ視線を移し――ぎょっと目を見開いてぴょこんと跳ね起きた。


「なん、だよ、アレ……!」


 前方に完全展開された強大な防護陣。中で暴れ狂い魔獣を穿つ浄化の光。縦横無尽に魔獣を斬りはらう、金髪の少年。


「……なんだろうな」

「あ……?」


 淡々とした答えにならない答えに、スフィルは思わず声を荒げた。己よりもずっと永い時を生き、魔獣と言われる存在でありながらジェネラルの信頼を勝ち得た博識の狼にしては、投げやりな答えだったからだ。

 ファルコンは、なんの感情も浮かばない瞳で真っ直ぐに光の檻を眺めている。スフィルの視線を感じ取ったのだろう、ふ、と小さく息を吐いて、答えを噛み砕く。


「我にも、わからないのだよ。ブリュンヒルデのちからを扱える人間と、そのちからごと魔獣を閉じ込められる強固な防護陣を作り上げながら、さらに他の魔法まで操る技術。我が人間界を行き来していたときには、こんな術者はいなかった」

「人間は成長するってやつか? あいつらが特別なだけだろ。他のやつらも同レベルなら、あの程度の魔獣が暴走したところで誰も慌てねーよ」

「まさにその通りだが……ならば、彼らはなぜあんなちからを使えるのだろうな。特別とはなんだ? なぜ神族のちからを制御し、ヴォイドの求めるちからを備え、平然としていられる? 我の知っている人間の器では、そんなことは不可能だった」

「知ってるっても……二千年も前のこったろ? それがそんなに不思議なことか?」


 ファルコンはようやっと、スフィルの顔を見上げた。ゆうるりと、緩慢な動作で彼女を見上げ、射抜く。


「不思議だな。強すぎるちからは身を滅ぼす。少なくとも、魔王さまのちからを我が宿せば身が持たぬ。あの少女は、我よりも強靭で、瘴気に慣れた身体をしているかね」

「それは……」


 不思議なほど凪いだ瞳で、黒い狼はスフィルに問うた。答えはわかり切っているのに、狼の放ついかんとも言い難い気配に気圧されて、スフィルは言葉を飲み込む。


「理解できぬだろう?」


 問いであり、答えでもある言葉に、スフィルはこくりと頷くことしかできなかった。

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