4・借りとVIP

 まだ宵の口。日が暮れて間もない酒場は、それでもすでに賑わいをみせていた。男はずかずかと店の中にはいると、じろりと客を一瞥する。捜すまでもなく、一番奥の席に座っている金髪を認め、その前にどすんと腰をおろした。


「……こんな紙切れ一つで呼びつけやがって。フィリアの次は俺にも用事かよ」

「お前がフィリアちゃんのおとなりさんじゃなきゃ、用事なんかなかったんだけどな。まったく、子供誘拐して子供養ってるってのはどんな冗談だよ」


 言いながら、メビウスはジョッキを美味そうに傾けた。中身はどう見てもエールである。今度は、男が呆れた声を出す番だった。


「こんなクソガキにあっさり酒を出す店もあるんだ。俺らみてェのもいるってことよ」

「あ? オレはいいの。言っとくけどな、オレはちゃんと酒飲める歳だからな」

「おめーはもう酔っぱらってんのか? どー見てもクソガキだろ」

「……お前の仲間。オレのこと、なんて呼んでた?」


 ほら、一番おどおどしてたやつ、と言うと男はこわい顔を更に歪ませて少年を睨む。


「アルトか。おめーのおかげですっかり金髪恐怖症だよ。釈放されるまで、毒でも死なねえとかバケモンだとかぶつぶつぶつぶつ言ってたな」

「それそれ。まー、お前らの常識だと、そーゆー部類にはいるんだぜ、オレ」

「……あ?」

「ンとに頭悪いな。死なない化け物なの」


 さらっと言ったメビウスの言葉に、男は目を見開いて固まった。その間にメビウスはエールを飲み干し、アンナにおかわりを頼む。


「……で、理解したか?」

「……あー、おめーはバカか? まあ、熊用の麻酔が効かないバケモンなのは理解した」

「はあ!? 熊!? まてこら、非力な子供捕まえるだけのクセになんでそんな物騒なモン使ってんだよッ」

「知らねーよ。アルトが勝手に用意したンだ。それが効かなかったッてんなら、確かにバケモンだな」

「まあ……解釈はどうでもいいや。とりあえず、なんで」


 にしっと意地悪く笑い、看板娘から受け取ったおかわりのジョッキを傾ける。


「で、お前は飲まねーの? まさか飲めないとかいうんじゃねーだろーな」

「なんでおめーと仲良く酒を酌み交わさなきゃならねーんだ。用事があるならさっさと言え」


 語気を荒げて言われたせりふに、とん、と静かにジョッキをテーブルに置いて頬杖を突く。少年の顔からは、人を食った笑みが消えていた。


「フィリアちゃんと親しいんだろ。飲まねーと、聞いてられないと思うぜ?」







「……そんな、そんなことが……ッ」


 長い話を終え、口を閉ざした少年の代わりに男――バースが言葉にできたのはその一言だけだった。本当なら、怒鳴り散らしたいところをなんとか抑えに抑え、結果こぼれたのがこれだけだったというところだろう。彼を横目に、メビウスは乾いた喉に一気に残りのエールを流し込む。いつもより舌に残る苦さを噛みしめて、少年はまた頬杖をついた。


「ま、はお前に任せるよ。昼間、子供が言ってたな。お前はよそものしか相手にしねーって。つまり、街の子供には手を出さないって意味だよな」

「そりゃあ、まあ……。俺たちだって最初からあんな仕事してたわけじゃねぇ。最初は慎ましやかに小さな盗みとかで食いつないで、食べ物をわけてやったりしてたんだ」


 バースの言い分に、メビウスは呆れてため息をつく。


「結局犯罪じゃねーか。……で? そんな小悪党が、なんだって人身売買なんかに手を出した?」

「……金のために決まってンだろ。他になにがあるってんだ」


 あいつが、グレッグが声をかけてきたんだ、と口調を強めたバースに「グレッグ?」と首を傾げたメビウスだったが、すぐにもう一人のことだと気がついた。


「足がつくからこの街の子供はさらわない。旅行かなんかで立ち寄った金持ちの子供だけを狙うって話だったんだ。一度でかなりの金になるって言われてよォ……」

「……ンとに馬鹿だな、お前」

「うるせえな! それぐらいおめーに言われなくてもわかってンだよ! 俺たちだってなあ」

「はいはい、静かに」


 バースの怒声に振り返る客たちを見、メビウスは彼の言葉に被せるように口を開いた。ポケットから黒いレースの手袋を取り出し、テーブルの上に置く。


「彼女の遺したものだ。これしか見つけられなかった」

「……まったくティアらしくねぇ。あいつは、こんなもん身につけなかった」


 ふいっと手袋から目を逸らした男の目に似合わない光るものが見えたような気がしたが、気のせいだと思うことにする。


「これ……お前に任せてもいいか? オレはいつまでこの辺りにいるかわかんねーし。フィリアちゃんに、姉ちゃんが帰ってきたら知らせるって言ったんだろ」

「それとこれとは話がちげーだろ。看取ったンならおめーが話すのが筋だ」

「……お前に借りを作ってやるって言ってんだよ」

「……あ?」


 がしがしと頭を掻きながらメビウスは言う。自分が無茶なことを口にしているのを承知しているからだろう。少年にしては、歯切れが悪い。


「今日、話そうと思ってフィリアちゃんに会ったんだ。けど、言えなかったんだよ。せっかく、新しい場所を見つけて頑張ろうとしてるフィリアちゃんを見たら、言えなかった。自分でも情けないし、筋が通らないこともわかってるよ。わかってて言ってんだ。お前、思ってたより心の底から悪いやつでもなさそうだし」


 はあ、と深いため息をついて一拍を置き。


「だから、頼まれてやってくれねーか。どこまで信じて、どこまで話すかは任せる。全部信じないならそれでもいい。ただ、彼女はもう、帰ってこないってことを……」

「……あーあー、わあったよ! とりあえず手袋は預かる。そんでおめーには一個大きな貸しだ! それでいいんだろ!」


 ざっと乱暴に手袋を掴み、ポケットにねじ込んだ。その行動に苦笑を浮かべつつも、メビウスは目の前に座る男に向かって素直に頭をさげる。金髪が、さらりと揺れた。


「嫌な役目を頼んじまってすまねえ。助かる」

「そーゆーのは似合わねーからやめろ。俺もな、俺がさらっちまった子供ガキのこと考えたら、因果応報ってやつなのかもなって思っただけだ」


 仏頂面に早口で言い切ったのは照れ隠しだ。だが、最後の言葉は真実味を帯びている。金のために一時とはいえ人身売買に手を貸した。直接関わっていないとはいえ、同じ犯罪に巻き込まれて小さな頃から知っている娘が死んだのだ。そんな犯罪で手にした金でその妹を、孤児たちを食わせてやろうなんて虫が良すぎたのだろうとバースは思う。

 どんな手段で手にしようと、金は金だ。そう割り切ってきたはずだった。しかし実際はそうではないことに身内が巻き込まれて気付くなど、本当に馬鹿野郎だ。

 だから、これは罰だ。


「そういや、そのグレッグ? あいつはどこにいるんだ?」


 いつの間にかまた頬杖をついていた少年のなにげない疑問に、巨漢はあからさまに敵意を持って吐き捨てる。


「ヤツはまだブタ箱だよ。ヤツが主犯だからな」

「へぇ。あいつVIP待遇なのか」

「王都に連れて行かれるみてーだぜ。なんでも、VIP共はあっちで裁判やるとかって話だ」

「ふーん」


 聞いておきながら気のない返事ばかりだ。大きな肩をいからせて、バースがまた怒鳴り声をあげようとしたときだった。ふと少年が頬杖をやめ、朱の瞳が男の目を真っ直ぐに射抜く。その真面目な表情に、喉元まで出かかった言葉を飲み込む羽目になった。


「なあ。お前らいったいどこまで喋った? オレは、あくまでも誘拐未遂犯として自警団に通報したんだぜ? しかもあのときの主犯はお前だろ。なのに、なんであいつだけVIPなんだ?」

「知るかよ。大体俺たちは今までのぶん全部だと思ってたからな。言われてみれば、お前らのことしか聞かれなかったな」

「それなのに、グレッグだけVIP待遇か? おかしくないか?」

「つっても、ヤツがなにを喋ったか知らねーからなぁ」

「勘違いして全部話したって可能性もあるか」


 言いながら、すでに心の中では否定している。あの男は最初から空気が違っていた。そんなへまはしないだろう。

 だとしたら。

 ――王都、ね。

 ひりひりと、嫌な予感が消えない。そして大体、こういう場合の予感は当たる。


「なに神妙なツラして黙り込んでんだよクソガキ。似合わねーつってんだろ」


 ガサツな声に思考を遮られ、メビウスは半眼で声の主を見上げた。


「いー加減クソガキって言うのやめろよな。オレにはメビウスって名前があんの」

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