エピローグ 『探求者』達は空を見上げる

エピローグ(01) お前達の正式な処分について

 救援は思ったよりも早く来た。

 第七区画管理長であるシーラウスが、この空域の警備を慌てて増やしていたのだ。ちょうど、アーク達が島に立ち入った頃に。運よく警備が増える前に入り込めたようだが、それにしても妙だとアークとカノフは顔を見合わせた。何故その日。しかもこの島のある空域を。何か変だ――ハレンだけは、そこまで驚いてはいなかったが。

 救助され三人は『第三の島』に戻ってきて、そのまま病院に連れ込まれた。だが全員命に関わるような怪我はなかった。アークとハレンは、傷や火傷を手当してもらい、カノフは足に包帯を巻くことになった。

 それから、治療がほぼ終わった頃に『探求者』協会の職員がやってきて、三人ともひとまずは数日の謹慎処分が下された――正式な処分が決まるまでの謹慎処分らしい。

 仕方なく、アークは数日間、サジトラにひどく怒られたこともあって、ネストで大人しく過ごしていた。カノフと違い、数日で怪我全てが治ってしまったアークは、その間シュピルカにこき使われた。掃除に洗濯、買い出しの荷物持ちに料理。そして事件を掘り返され説教を受ける。どうしてあんな身勝手で危険な行動に出たのかということ。ピッセのように『探求者』生命に関わる怪我をしてもおかしくなかったということ。それどころか死んでいたかもしれないということ――自分もカノフも、もう十分にサジトラから説教を受けたというのに。

 だがシュピルカの説教は、彼女も聞いたことのないマキーナを見たのにその部品を何故持ち帰らなかったのかということや、巨大なゴーレムのプレートを何故こっそり持ち帰ってきてくれなかったのか、という内容に徐々に変わっていってしまうのだった。最後には、あの石像について質問攻めされる。どのくらいの背丈だったのか、何歳くらいだったのか。着ていた服はどんなものか。背に生えた翼は何の鳥のものに似ているか――。

 それから、あの島から帰ってきて、幾日か経った日。

 ついに『探求者』協会のシーラウスに呼び出された。

 アーク、カノフ、ハレン、三人そろって。

 ――ついに、正式な処分が言い渡される。

 昼前。『探求者』協会本部は、いつもよりも騒がしく感じられた。まだ足が完治していないため杖をつくカノフと共に、アークはシーラウスのいる第七区画管理長室へ向かう。その部屋の前ですでに待っていたハレンと合流し、三人で部屋へ入っていった。

「――大したことのない怪我でよかったな。少しは休めたか?」

 椅子に座り、机で手を組んだシーラウスは、鋭い目で三人を見つめる。皮肉にしか聞こえず、アークは緊張して何も言えなかった。それはカノフも同じだろう。けれども、

「もうちょっと寝てたかった」

 ハレンだけは、相変わらずな様子であくびをしていた。シーラウスがそんな彼女を睨む。

 緊張感のない奴だ、とアークは苦い顔をした。その態度で処分を重たくされてしまったらどうするのだ。

「……それで。自分達が何をしたのか、わかっているのか?」

 だがシーラウスは続けた。組んだ手を解けば、机の上にあった報告書を手に、椅子の背もたれに身を預ける。

「非常に危険な行為だ。脅威の調査も済んでいない『旅島』に許可なく立ち入り、遺跡を探索するなんて……遭遇した敵がドラゴンではなく、ドラゴンを模したゴーレムで本当に運が良かったな。本物だったら……お前達はいまここに立っていないだろう。橙の武器ではもちろん歯が立たないし、青の武器でも炎を前にしたら散る……多少の怪我で済んだのは奇跡だ」

 確かに奇跡なのだろう、とアークは思う。ドラゴンに遭遇した時は、どうなるかと思った。やろうと思ってやって戦いに勝ったのもあるが、それ以前に運が良かったのは確かだ。

「……本物のドラゴン相手なら、紫の武器でも、難しいの?」

 と、ハレンは首を傾げた。

 紫の武器。紫の銃――その紫の銃はいま、シーラウスの机の上に置かれていた。

 ……ところで、ハレンはこの銃をどこから持ってきたのだろうか。その答えを、アークは未だに教えてもらっていなかった。この銃は、誰のものなのだろうか。

 シーラウスは咳払いをして、ハレンの質問には答えなかった。

 けれども三人を見据えると、ついに。

「私も暇ではない。伝えることだけを伝えよう……お前達の正式な処分についてだ」

 ついに言われる。『旅島』に勝手に立ち入り、紫の武器を持ち出したことへの処分。

 重たいのだろう。『旅島』へ立ち入ったことは、盗賊行為と見なされてもおかしくないし、そんなことを言えば紫の武器を持ち出したこともそうだ。どれも貴重なものに関わることだ。

 降格か――『探求者』資格取り消しか。最悪は――協会からの追放か。

 緊張にアークは息を呑んだ。

 だが。

 何を言われても――どうにかできる気がした。

 慢心ではない。何を言われても、その先で何かを見つけ、やってみようと思えた。

 やがて、シーラウスの瞼が下りた。

 長い溜息を吐いた後で。

「――全員、二十日間の謹慎処分だ」

 二十日間の謹慎処分――二十日間の、謹慎処分。

 ――聞き間違いだろうか。

 謹慎処分? 二十日間だけの?

 本当に、それだけなのか?

 ――謹慎処分、だけ?

 アークの隣に並ぶカノフが、拍子抜けして瞬きをした。

「……謹慎……処分……? ちょっと待ってください、降格は……? 降格は、なし? 俺はてっきり、緑か黄色に戻るんだと……」

「なし」

 シーラウスはきっぱり言う。だからアークも拍子抜けしたように尋ねる。

「それ以外の処分は……? 何かあるのか……?」

「なし」

 シーラウスは、再びきっぱりと繰り返した。そして。

「……二十日間、任務に出るのを禁止する。大人しくしていろ」

 あまりにも軽すぎる処分だった。

 期待していたわけではないが、もっと重いものだと思っていたのに――変だ。

「……軽すぎないですか?」

 聞いていいのか悪いのかアークが迷っていると、代わりにカノフが尋ねてくれた。

 シーラウスは、まるでその通りだと言わんばかりに、机に肘をつけば三人を指さした。

「お前達の違反よりも……いまは石像のことで忙しいんだ。処分を軽くしても他の管理長に文句は言われないし、ゴーレムといえどもドラゴンを相手に勝利した……優秀な『探求者』を簡単に失うわけにはいかない。その上今回は悪意のあるものではない、単純に決まりを破っただけだ……だから処分を軽くした」

 少し驚いた。そんな理由で処分が軽くなったなんて。肩の力が抜ける。

 だが、シーラウスは目を鋭くさせて続けた。

「しかし勘違いをするな、ここまで処分が軽くなったのは、石像の騒ぎで忙しいからだ。つまり……運がいいからだ。もう二度とするな」

 そこでだった。処分の話も大して動揺せず聞いていたハレンが、不意に口を開いた。

「石像の話を大きく取り上げて、処分の話は簡単に終わらせるよう頑張ったんだね」

 さっきから何なんだこいつは――ぎょっとして、アークはちらりとハレンを見た。まじめに話を聞いているのだろうか。あたかも、こうなることを知っていたかのようだ。

「お前は黙っていなさい」

 釘を刺すようにシーラウスはハレンへと言ったが、

「……その通り、石像の話の方が重大だった。お前達の処分の話よりもずっとな」

 どこか誤魔化すように、続ける。

「まあ、青ランクもいるが、残り二人は橙ランク。『探求者』に成り立ての者や黄色以下の者が規則を破って『旅島』に立ち入ることは、ままある。こういった規則違反は決して珍しくないし、死人さえ出なければ大きく取り上げられる話でもない……」

 ――しかし、どうも釈然としない。

 アークが机の上を見れば、そこには確かに紫の銃があった。

 シーラウスが言ったのは、『旅島』に勝手に立ち入ったという違反の話だ。

 ――紫の銃を持ち出した話は、一切出ていない。

「あー……その『叡智の筆』を持ち出した処分は、別にあるんですか?」

 アークは尋ねてみるが、シーラウスは先程確かに「他の処分はない」と答えていた。

 つまり、銃に関しての処分は、ない、ということなのだろうか。と、

「……この銃に関しては……この銃は……」

 今まで強気だったシーラウスが、急に言葉を濁らせた。一瞬目をそらせば、それでも溜息を吐いて教えてくれた。

「この銃に関しては……報告していない……紫の銃がそこにあったことを知っているのは、私の部下や『探求者』の数人だけだ、よそには……報告していない」

 ――それは明らかにおかしなことだった。

 どうしてそこまでする。自分達が降格しないように、だろうか。

 いや。

 ――まるで紫の銃が、今回の違反と何も関係がないようにしたいようだった。

「……その銃は一体何なんですか? 報告しなくていいんですか?」

 処分の軽さに表情を明るくしていたカノフも、怪しみはじめる。そもそもこの銃はハレンがどこからともなく持ってきたものだ。拝借した、と言っていた。

 一体どこから。誰の銃なのだ。

「報告すると、取られちゃうかもしれないから、言えないの」

 すると、その銃を持ってきた本人であるハレンが、アークとカノフ、二人を見た。

 ――取られちゃう?

「……ハレン、黙りなさい」

 シーラウスが遮るように言ったものの、ハレンは続けた。紫の銃を指さして。

「ママの形見だから、特別に所持を許可されてるの。パパは管理長だし、大丈夫だろうって。紫の武器は、あんまり人がいないから余ってるし」

「――パパ」

 兄と弟。二人で同時に声が出た。

 パパ――二人同時にシーラウスを見れば、シーラウスは少しだけ苦い顔をしていた。

 ――親子?

 まさかシーラウスとハレンが。

「私が何かしても、パパがどうにかしてくれるかなって思ったの。腕のいい『探求者』は潰すわけにはいかないっていつも言うから……パパ頑張ったんだね」

 アークとカノフ、二人がハレンへと向き直れば、ハレンは続けた。

 だから二人は改めてシーラウスを見た。すると、アークは、おもしろくなってきてしまって、

「――パパ。パパだって」

 にやにやしながら言ってしまった。

「娘のために頑張ったんですか……?」

 カノフも堪えきれない様子で笑う。

「頑張ってはいないし、娘だからといって特別扱いはしない! 優秀な『探求者』なら、できるだけ助けようと思うがな」

 そう怒鳴ったシーラウスの顔はわずかに赤くなっていた。そして溜息を吐けば、娘へと、

「……ハレン、人の前でパパと呼ぶのはやめろといっただろう。ここではお前は『探求者』、私は管理長なのだから」

 話は愚痴のようになっていく。

「全く……昔から無茶をする子なのはわかっていたが、もう二度とこんなことはしないでくれ。本当に何を考えてるんだ……レースで一位を取らなければ『探求者』になるなと言えば本当に一位を取ってきてしまうし……どうしてあの時パパがああ言ったのか、わかってるのか? 『探求者』は危険だからだ。それなのに、自ら突っ込んでいくなんて……銃がなくなっていることに気付いて、お前があの日発見したという島に行ったのではと気付いて、パパはどれだけ心配したことか……」

「自分のことパパって言ってる……」

 話に耳を傾けていた中、思わずアークはそう呟いた。シーラウスはその時までアークとカノフがいることを忘れていたのか、はっとして二人を見れば、さらに顔を赤くして咳払いをする。

「……お前達二人への話は終わりだ。くれぐれも変なことをしないように」

 そうして、シーラウスは二人を手で払う。だから二人は扉まで向かって行った。にやにやと笑いながら。そこにハレンもついてきたが、

「ハレン、お前はまだだ。話が終わっていない」

 とシーラウスに引き留められてしまった。だからアークとカノフだけが、ハレンを残して部屋の外に出た。

 しかし二人はその場から去らなかった。扉が閉まれば、相談することなく、並んで扉に耳をあてた。中からはシーラウスの声が聞こえてくる。

「――パパは本当に大変だったんだぞ。あまりお前をひいきするとやいやい言われるんだぞ。頼むから目立つようなことと危険なことはやめてくれ。パパは心臓がもたない……」

「……これはなんだかんだいって娘に弱い父親な気がするな」

 カノフが小声で言った。

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