リョウノギケ

碧羅

旧き者から新しき者へ

※この作品はpixivにて公開した同名作品を少しだけ改稿したものです。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11842800


―――――――――――――――



日本という国には、太古の昔から法律が実体化し人となり、我々と共に生活をしているという。

彼らは【リョウノギケ】と呼ばれている。

いつからいるのかは、誰も知らない。



1.


1945年8月14日。

日本はポツダム宣言を受諾した。

──所謂終戦であろう。

大日本帝国憲法である私に代わり、新しい憲法が作られることも後々決まった。

と言っても私の仕事が無くなるのではなく、次の憲法が施行されるまで仕事は沢山あるが。


「私のせいかな」


「何がです?」


夜、刑法と一緒に紅茶を飲みながら私が言うと、彼は伏せた目をこちらに向けた。

眼鏡の奥、青い目が考えを探るように私を射る。


「…………敗戦したのが」


「あれは仕方がありませんよ。君を利用した人間たちの所為ですから」


呆れたように言ったその言葉は慰めているのか暗に批難しているのか分からないが、ここは素直に相槌をしておく。


「憲法発布はいつになるやら」


私がそう言うとふふ、と刑法が笑う。


「憲法問題調査委員会を少し見てきましたが、あのままではかなり時間がかかりますね。来年度までに決まると良いですが」


そうだなぁ、とため息混じりに呟く。


「公布されたら憲法の世話は頼んだよ。私が世話をしたら二の舞になるかもしれんからな」


さてもう飲んだか?と立ち上がると刑法は少し悲しい表情で、俺もカップ洗おうか、と立ち上がった。

優しくされてしまったら未練がましくなってしまうではないか。

私はもうじき死んでしまうのに──。

















2.


1946年11月3日。

日本国憲法が公布された日。

日本国憲法公布記念式典が挙行された日。

私の死が国民に知らされた日。


「大日本帝国憲法」


貴族院での式典を終え、さて帰ろうかとしていた時、後ろから女とも男とも聞こえる声がした。


「何だ、日本国憲法」


公布から今まで、こちらから話しかけなかったが向こうから話しかけられるなら話は別だ。

振り返ると、日本国憲法が立っていた。

少し長めの明るい茶髪に、着物を着た──確か男でも女でもなく無性とか言っていたな。


「その、大日本帝国憲法に色々教えて欲しいなって」


やはり。

そう言うと思い、こちらから接触をしなかったのだ。

はぁ、とわざと大きくため息をつき、首を横に振る。


「貴方は生まれて間もないから生い立ちを知らないのは当然だ。しかし私に指南を求められては困るな。私の代わりに貴方が必要とされているということは私には問題があるということだ」


反応を伺うと、一応話にはついてこれているようだが、少々釈然としないようだ。


「……まぁ後のことは刑法に任せてあります。それに他にもまだ残っているリョウノギケがいるので、分からないことは私以外に聞きなさい。良いですね、私には二度と近付かけないように」


こう言っておけば私に近付くことはないだろう。

さっさと退散しておこうか……。

大股で出口に急ぐ。


「待って!」


後ろから腕をガッと掴まれる。


「ぅわっ……!?」


思わず倒れそうになり、踏ん張る。


「……刑法も頼り甲斐があるけど、私は大日本帝国憲法の話が聞きたい。あなたの言葉で聞きたい」


肩口から覗く顔は、悲しく、なお真剣なものであった。


「あなたがダメと言っても私はあなたに会いに行く」


畳み掛ける言葉は、意思そのもので。

───何だろう、この感情は───。

ああ、やっぱり───。


「…………大日本帝国憲法?」


私は死にたくないのかな。


「泣かないで」



















3.


それから私は、刑法を交えて日本国憲法と過ごすようになった。

できるだけ離れて過ごすようにしているが、日本国憲法は私の後を着いてくることが多い。


そして1947年5月2日午後23時50分。

ついに、日本国憲法の施行が迫ってきた。


「大日本帝国憲法」


リョウノギケ達が勤める職場で引き継ぎを終わらせたら、半年前のように日本国憲法がそう話しかけた。


「どうした?」


「……ううん、その、何でも無い」


「?そうか、後のことは他のリョウノギケに聞くといい」


分かった、と少し哀のある声で返答した。


23時54分。


「じゃあ、これからの日本は任せたぞ」


あまり未練を残さないよう、早足で部屋を出る。


「……ッ有り難う!」


後ろで、そう声がした。


23時57分。



23時58分。




23時59分。






0時00分。




――――廊下には、倒れた大日本帝国憲法がいた。

そこには、しゃがんだ刑法が彼の脈を計っていた。


「うん。1947年5月3日、大日本帝国憲法の死亡を確認した」


よ、っと憲法の遺体を抱えて廊下を歩いて行く。

ポニーテールに結んだ彼の髪はふわふわと宙を撫でる。


「そういやこいつ、日本国憲法に法律が廃止されたらリョウノギケも死ぬってこと教えたのかな」


まぁ教えてなければ俺が教えるしかないかと息を吐いた。




職場から5分ほど歩くと、研究施設のような建物に到着した。


「――おい、令」


「もう、昔の名前で呼ばないでよ律」


目の前に現れたのは、フードを被った人。

そのフードの下には、かつて大宝律令として存在していた令だ。


律とは現在の刑法、令が行政法であり、相方として活躍していた。

自然廃止となった律令だが、何故か死なずに今まで生きてきている。

以前、「何故令は廃止されても死なないのか?」と聞いたが随分と要領を得ない回答だった。


そしてここ───死んだリョウノギケ達が安置されている施設で、令は働いている。


「ま、ありがとね!」


遺体を引き取った令は、そそくさと建物の奥にひっこむ。


『ヨナナ〜!仕事!』


もう1人ここに勤めてる人がいるのか、と暗闇を見つめながら思考した。


「ヨナナ…………いや、まさかな…………」


記憶の奥の奥にあるナニカを落とさないように、ゆっくりと引き上げる。


遥か昔に──確か足利がいた時だったか?役所で働いていた人間が言っていた言葉だ。


『那須与一って本当の名前は違うそうですよ。与一っていうのは十あまり一、十一男を示す通称です』


与一が十一なら?


「与七が十七で──もしかして十七条憲法?……いやぁそんな単純なわけ……」


帰ろうか、と帰路についた。

すると、コツンと何かが頭に当たる。

足元を見てみると、紙飛行機だ。

パラ、とめくる────。


フフ、と笑いが込み上げる。

そこには、『よくできました。でも誰にも言わないようにね?』と書かれていた。


「ふぅん、令と十七条憲法が働いているのか……面白そうだし黙っておこうかな」


笑いながら施設を出口まで歩く。



外に出た刑法はふと振り返った。




「確かに戦争は貴方のせいというのもあると思いますが、これからがあるのも貴方のお陰だと思いますよ」


その声は、風に運ばれてどこかに行ってしまった。

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