タイトル.74「アナザー・ワールドの来訪者(前編)」


 神。女神。フゥアリーンは自身をそう名乗った。

 神様というにはあまりにも不釣り合いなアイドル衣装。天女を意識したであろう衣装を身にまとった女性が、何の恥じらいもなく堂々とそう名乗ったのだ。

「念のためにもう一回名乗るわよ。私は時監神フゥ・ア・リーン。言うなれば、この世界を見守っている神様の一人ってわけ」

 これはテレビでよく見かけるアイドルジョークというものだろうか。時折アイドルの中、自分自身を『地球とは違う惑星からやってきたお姫様』だと名乗る馬鹿をよく見かける。

 だがその割にはフゥアリーンの目つきは真剣だ。これ以上余計な茶々を入れるものなら拳を突き入れると言いたげな鋭い瞳がそれを物語らせる。冗談なんて言っているつもりはないと堂々だった。

「そしてあの穴を作った張本人。あの穴についても、私に協力する以上は知っておく必要はあるわよね」

 協力する。その言葉に首を縦に振った覚えはない。

 しかしフゥアリーンは彼の事情など聞く由もなく話を続ける。

「あれはこの世界の住民の言う通り、別の世界同士ををつなぎ合わせる異次元トンネル。もっと正確に言えば、別次元同士をつなぎ合わせている門ってわけね……貴方のいる地球が存在する宇宙。宇宙はいくつもの次元が存在し、その次元それぞれに本来交わう事のない世界別の宇宙が存在する」

 言うなれば、パラレルワールドというものだ。

 似て非なるモノ。その数はその通り無限。人間の理解の範疇などとっくに超えた数が存在するわけである。

 カルラの存在する地球。そして、ここ聖界アウロラもその一つ。

 本来それぞれ交わう事のない別宇宙の世界。空に浮かぶ巨大な穴は本来邂逅するはずない世界をつなぎ合わせる異空間ホールなのだという。

「んで、何故わざわざ穴を繋いで、何人か“候補”を集めたかというと……」

 穴を広げた理由は悪戯などではない。当然、理由はある。

「どうしても倒してほしい敵がいてね……この世界の人間じゃ倒すことは叶わない存在なのよ。私が殺してほしい相手ってのはね、この世界の住民ではないと同時に馬鹿みたいな強さを持ったヤバい奴なワケ。んで、そのために何人か候補を向こうの世界から引きずり出したわけだけど……大半が異次元の歪みに耐え切れず潰れちゃったし、こっちの世界に来た際の反動で壊れちゃったりもした。もしくは環境に耐え切れず野垂れ死ぬか、むしろ浸っちゃうかのどれか。期待外ればっかりだったわ」

 ぺらぺらぺらぺらと、カルラの返事も待たずに話を進めていく。

 理解したくもない。信じたくもない。突拍子もないし、いきなりすぎて。だが、どういう話をしているのか理解は出来ていた。


 この女神は救世主を探していた。

 しかしこの世界にやってきた“放浪者”達は想像以上の役立たずばっかりだった。

 この世界にやってきた別世界の住人の数は数百を超えていると言っていた。だが、その大半は奴隷として酷使されたか撲殺されたか。もしくはひっそりとアウロラで隠居生活をしているかのどれか。いずれもフゥアリーンの望む個体ではなかった。

「そしてついに。この世界に耐え切れそうな人材を見つけ出した……その二人がアンタとその子だったってわけ。その子の事は非常に残念だったけど」

 手駒を一つ失った程度の考えなのだろう、この神様は。あまりにも軽い態度にカルラは深い殺意を覚えそうになる。

「……随分なことだな。俺に世界を救う手伝いをしろってか」

「まぁ、そういう事」

「いやだと言ったら?」

「アンタも死ぬわ」

 一度立ち止まり、フゥアリーンは空を指さした。

「……まだ戦いは終わってない。空の光はこの世界全てを包み込もうとしている。私たちがいるこの街も時間の問題ってわけよ」

「どういうことだ。ここはあのクソ野郎のテリトリーだろうが。自爆するような真似をするか」

「アンタがこんなところでグダグダしてる間に色々あったのよ。とにかくすぐにでもあの空へ向かわないと大変なことになっちゃうわよ」

「空に行くって簡単に言うな。俺はスーパーマンじゃないんだ」

 呆れ気味に歩き出すカルラ。

「……んっ」

 軽くつまずく。

 カルラは足元に視線を向けると、そこには見慣れた装置がある。

 アイザが放り捨てたジェットブースターだ。

 まだエネルギーが残っている。空へ行くまでのエネルギーは……十分に残っている状態だった。

「……一つ聞かせろ」

「何かしら?」

「アンタの言う敵。それは、あの“クソ野郎とは違うんだな”?」

 話の流れからしてフゥアリーンの語る敵というのはおそらく、オルセル・レードナーの事ではない。

 あの男もこの世界の人間の一人にすぎない。この世界の理、神の一人であるフゥアリーンにとってはそんな相手など手に取る相手ではないことはわかる。

「ええそうよ。もっとヤバい奴なんだから」

「……そいつは、悪人なのか」

「どうかしら? 人によるわよね」

 その相手が悪かどうかといえばどちらなのか。まるで困ったように口ごもるような言い方だった。

「だけど私は気に入らないわ。あそこまで夢も希望も欲も情熱もないつまらない男。あんなのを野放しにしておくのは気に入らないよ」

 悪人かどうかの判断は人によって分かれる。

 しかし彼女はその悪かどうかもわからない敵とやらを放っておけば……この世界が“滅びる”と語っていた。

「……そうか」

 アイザの亡骸を近くのソファーで寝かせる。

 ジェットブースターを背中に装着する。村正に接続し、再び空へ舞う準備をするようヨカゼからの返答を求む。

『ご主人。もう』

「従え、ヨカゼ」

 萎れ切ったような。絶望に染まり切ったシステムの声は本来のプログラムのようで心地が良い。深く心に傷が入らないとカルラは笑う。

「最後まで俺の晴れ舞台に付き合えよ。プログラム」

『……承知』

 接続を開始、最後の戦闘モードへと移行する。

 ジェットブースターを身に着けたカルラは自動ドアを抜け、村正を引き出す。

 背後。閉まるドアの向こうではアイザが安らかに眠る。見つけやすい場所には置いたつもりだ。きっとあの連中なら探し出してくれると信じて空を見上げる。


 光を放つ空中要塞アトラウス。

 ジェットブースターのエンジンが今、作動しようとしていた。





「カルラ!!」

 ……エンジンへと伸ばされる腕が止まる。

「はぁっ、はぁっ……!」

 シルフィとキサラ。

 ようやく彼女は追いついたのだ。

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