タイトル.69「時代の災厄 アイザ・クロックォル(その1)」
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今から二年前。
村正という非人道システム。悪夢の兵器をカルラが手にして一年が過ぎた頃の話。
大日本帝国の悪魔・神代駆楽の名前を知らぬ者は軍人の間では最早誰一人していない状況だった。全ての軍人が彼へ戦いを挑むことを避け、その男の襲撃に向けて軍事力を防衛に徹する国家まで現れる始末だった。
……しかし、悪魔と呼ばれた思春期の噂はもう一つあった。
その人物は“不死身の災厄”と呼ばれているらしい。たった一人で軍隊を壊滅させ、彼女の通った先は血肉と骨しか残らない無情な世界。
“痛み”を全く知らぬ少女。
それはおそらく、あの大日本帝国の悪夢に匹敵するとまで言われていた----
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……ある日の、とある戦域での話だった。
最早誰一人として住まう地域ではなくなったダウンタウンエリアにて、二つの国家の火花は散らされていた。その場にいたのは日本軍、そして世界で二番目に強大な力を持っていたとされる別の国家だった。
日本軍の圧倒的劣勢。その国家に勝つことは不可能だ。普通に考えれば。
しかしその劣性も神代駆楽の存在あれば全く無関係。最初こそ村正の力に振り回されていた彼であるが、最早手足のようにその武器を振り回せるようになった。
当然の如く、彼はこの劣勢の戦域にも投下された。戦場の真上を通過する高速のステルス戦闘機。上空をパラシュートもなしでスカイダイビング。足腰砕けるどころか肉が潰れる高度から降りてきたカルラは何の躊躇もなく着地。
「待たせたな……」
肉体強化、および戦闘準備の完了。無人住民区の戦域を駆け回っていた。
「ヒーロー見参ってね!!」
……その時だった。
「ん?」
例の噂。微かに耳にした女性兵士の話。
『ご主人。熱源反応だ』
戦場のど真ん中に、その人物はいた。
『他の兵士とは、何かが違う』
「……あれ、か?」
銀色の髪。真っ白な肌を包む黒装束。
セーラー服を思わせる戦闘装束と両手に握られた二丁拳銃。背中にはカルラと同様のシステムの武器。
「村正だよな……なんか見た目は違うけど」
雪の妖精と見違えるほどの美しさ。
「……キレイだな。マブイぞ、コイツ」
その美貌は一瞬であれカルラの目を引いた。
あまりにアンバランスな二丁拳銃との組み合わせ、しかしその存在が逆に彼女のミステリアスさに拍車をかけ魅力を惹きたてていた。
「ねぇねぇ!」
少女の名を【アイザ・クロックォル】。
「君がカミシロカルラ? アイザと遊んでほしいなっ!」
そのあまりの無邪気っぷりに。
見た目に相反した。美人でミステリアスとは程遠い愛らしいその姿。
「……えぇ~?」
子供っぽい性格が苦手。
大人っぽい女性が好みはカルラは落胆せざるを得なかった。
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村正を手に入れたカルラの戦闘は凄まじいものとなった。
エネルギーがなければ行動できないアンドロイドにも似た生命体となったが……エネルギーさえ装填すれば、半永久的に戦うことができる完全な戦闘マシンへと生まれ変わることができた。
これで日本の勝利もトントン拍子で進むものかと思っていた。
しかしその事態はそう上手くは進まなかった。アイザの存在によって。
兵士の間では噂になっていた戦士・アイザ。悪魔・カルラとの衝突はいつかは避けられないと総じていたのだろう。
現に、戦線は硬直を続けていた。
「あはははっ!」
度々、二人の悪魔は戦場で衝突しあうことになる。
「楽しいな! 楽しいなッ!」
アイザ・クロックォル。日本軍が集めたデータにはこう書いてある。
日本国外にて存在が確認された改造人間。
名高き戦士達の遺伝子により生まれ、幼い頃より過度な戦闘訓練と肉体強化を施され続けてきた。
生まれた当初から行われていた肉体強化は、当時存在していなかった村正のエネルギーによるものではなく……軍の間で秘密裏に開発されていた“ドーピング薬品”の大量投下によるものだ。
それ以外にも幾度となく肉体手術により体をいじられ、従来の人間とは比べ物にならない強靭な肉体と引き換えに、想像もしたくない悲惨な人生を歩んだ少女。
その国家より亡命した兵士の話によれば、
戦えさえすれば問題ない。軍の命令にさえ忠実であるなら問題ない。
アイザ・クロックォルはまさしく、戦うために生み出された戦争のエゴそのものを実体化させたような存在だった。必ずや勝利に導くといった執念のもとに開発され切った少女の肉体は常人が理解できない構造と成り果てている。
「いいなぁ! 強いなぁ~! 嬉しいなぁ~~!」
その強さは誰であろうと追随を許しはしない。
彼女の持つ武器は……度重なる戦闘データの積み重ねにより、独自のルートで入手した開発データを参考に作り上げた村正の模造品。
本人の負荷など一切考えられず、リミッターという概念もほとんど外されてしまったこの兵器。いうなれば村正以上の非人道兵器というべきだろう。
その証拠に兵器から放たれるパワーは村正の数倍以上は軽く飛んでいる。
「カミシロカルラは壊れないなぁ! とっても嬉しいなっ!!」
そんな彼女を止められる国家は存在しなかった。
歩兵は勿論の事、ヘリコプターに戦車、中には大量の火器を詰め込んだ人型兵器まで存在したというのに……アイザ・クロックォルに目をつけられた十割の兵士が、手も足も出ずに死へと追いやられた。
一番の狂気と言えば、アイザは戦う相手を遊び相手としか思っていないことだろう。もしくは玩具か。
飛び交う砲丸は軽いボール遊び。剣を持っての殺し合いはただのチャンバラごっこ。精神的な成長が幼い頃より止まってしまった無残な姿があまりに痛々しい。
永遠に遊べる相手。そう簡単に壊れはしない神代駆楽という存在にアイザは今まで計測したこともない熱を体に帯びていた。
ようやく見つけた最高の玩具を前に、無邪気な笑顔全開で“彼女なりの遊び”を続けている。寂しかった人生で今までにない抑揚を感じている。
『ご主人! 苦戦しているぞ!』
「フェーズを上げろ……くそっ! あの野郎! 痛みはないのか!?」
振り払う剣はさっきからアイザの肉体をかすめている。ボロボロになった衣服から真っ白い肌が露わになりつつある。
「痛いって、なぁ~に~!?」
……戦争の狂気。
本物の兵器として作り上げられたアイザという兵器の真骨頂。
“痛みという概念そのものを無知”。
それがカルラとの決定的な違いだった。
痛覚による肉体的な痛みは勿論、子供のように幼い無邪気な思考の上、精神的の痛覚すらも感じない。その姿は戦うだけの人形であり、軍の言いなりになるしかない不憫な兵器。“痛覚”を持たぬ化け物だ。
完全に人間というカテゴリーを失った怪物との戦闘差は、当時のカルラをもってしても追いつけるか否かの差であった。
「それっ!」
あのカルラでさえ、その存在には戦慄した。
こんな兵器を作り上げた研究員に対しては狂気も脅威も感じなかった。弱い人間として、人柱を作り上げるのは当然のことで何の代わり映えもない。
彼が驚いたのはその少女の強さのみ。明らかに“兵器や肉体強化手術”だけではない天性的な戦闘センス。カルラは自分に並ぶその強さに驚愕したのだ。
「チッ! 時間切れか!」
既にアイザとカルラの交戦は九回近く続いていた。
他の国家とのスクランブルには勝利を続けてきた日本軍とアイザの属する国家であったが……この二国家同士の争いだけは決着をつけられずに数年近く続いていた。
「今回はここで勘弁してやるかな! これで勝ったと思うなよォ!?」
『ご主人。それ雑魚敵の代名詞ともいえるセリフだぞ』
互角の戦い。故に決着がつく前にエネルギーが切れるなんてことはよくあった。そのたびに退却と一進一退の連続。
やむをえず逃げるしかない。補給のためにカルラはアイザを前に撤退した。
「……終わっちゃった」
何度も肌を裂かれ、何度も殴られた。
「たのしかったなぁ~。また、会いたいなぁ~」
ボロボロの体で返り血を浴びた体であっても……少女は夕日越しに、無邪気に笑うだけであった。
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