タイトル.60「冷誕 神代駆楽 その1」


 いつにもまして、頬と首元を熱気が彷徨った。

 熱を帯びた大陸はどこもかしこも幻影が浮かぶ。

 呼吸に必要な酸素は僅かが漂うのみ。残りは焦げた煙から漏れる害ある空気と、気分的にも精神的にもドン底に滅入れさせる死臭ばかり。

 汗も服に染みつき、鬱陶しい生温かさが体から水分を奪っていく。

 立っているだけでが目が眩みそうな世界だ。


 一歩進めば、水たまりを踏んで水しぶきが飛び上がる。それは清流の水のような半透明の色などしていない。

 泥とガレキのススで汚れ切り、そこへ機械の油とタールの黒い液体。臓を交えた血液も交じって、それはもはや水といっていいかも怪しいヘドロのようなもの。


「おい……俺たち、どのくらい歩いた?」

「わからん。時計も壊れたし、連絡も取れない……今度は俺たちの番ってワケか」

「諦めるな! とにかく歩け! 誰か、誰か見つかるはずだ……!」


 兵隊の男たちがオアシスを求めて歩き続けている。

 どこを見渡しても建物の残骸ばかりだ。廃棄処分された戦車や戦闘機、そして人型兵器のなれの果て。地面に視線を向けると、兵隊服をまとった男たちの死体の絨毯が出来上がっていた。


 鼻を刺激する匂いだけでどうにかなりそうだった。

 ビーズクッションを踏みつぶしている感覚足裏から伝わる。実際、何を踏みつぶしているのかは視線を向けなくとも安易に予想できる……それだけで吐き気がする。


 どこにあるかもわからないゴールへと、兵隊は進んでいく。


「待て! 誰かいるぞ!」

 地獄絵図の中。

 兵隊の進む先。剣を持った男が一人、戦場の真ん中にたたずんでいる。

「おい! お前も生き残りなのか!? 本国と連絡をとれているのなら俺達を」

「……なぁ」

 一人が、震えながら弾切れのマシンガンを向けている。

「こいつって……もしかしなくても……!!」


「あぁああっ、ああああ……ッ!!」

 震えあがる軍人。その姿を前にして、残りの軍人たちも我に返ったようにそれぞれ武器を構えようとする。



「……不幸だよなぁ」

 その男。

「生き残るために頑張って足掻いたのに。その希望の先に待っていたのが、この上ない絶望だなんて」

 日本の学園制服にも似たジャケットを羽織った男が近寄ってくる。その顔は返り血とやけどの跡で真っ赤に染めあがっている。

「だが、喧嘩を吹っ掛けたのはお前らが先だ」

 最早、兵隊たちには抵抗する術はない。

「お前たちのように必死に生きようとした連中がいくらでもいたってのに……お前たちはそれを無視して人殺しをしたんだ。殺される覚悟、しっかりと終えてからここへ来たんだよな?」

 そんな男たちを前にしても。

「哀悼の意も必要ない。絶望してから地獄に落ちろ----」

 学ランに似たジャケットを羽織った男は死神が鎌を振るうように……ピンク色の粒子を纏った剣で、兵隊たちの首を掻っ切った。



「悪党退治、完了っと」






 2115年。一つの戦いに終止符が打たれる。


 地球は侵されていた。

 吸いつくされたエネルギー。己の存命と、新たな生存政略を可能とするための権限を得るために……全世界が争いを始めている。


 人類は、新たな戦火を切っていた。

 終わりの見えない地獄。同じ人類だというのに互いを狩り、殺しあう。


 歴代に例を見ない遥か彼方の人類地獄変。

 百年に渡る戦争だ……それは、長く続きすぎた人々の歴史のなれの果てのようにも思えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 大日本帝国。

 あらゆる国家に救いの手を委ね、古くから首の皮一枚つながるくらいのギリギリの位置でその息を保ち続けていた。

 しかしその数十年にわたる政略の末、日本は禁忌とされていた武装改革へと手を伸ばし始めていた。

 人類の存命をかけるべく行われた新エネルギー開発。その一端を大日本が獲得することに成功した。他の国家もそのエネルギーの使用権限を得ることに成功し、その時代はしばらくの間、各国の一時的な政治回復へ繋がると思っていた。


 しかし、ついにすべての国家は本性を露わにした。

 祖国の存命をより確実なものにするため……まだ不安定であったエネルギー開発。その全貌を手にせんと、武力による介入を持っての脅しを始めたのである。


 最初は挑発程度であった。

 明確な人殺しはせず海への不発弾攻撃。テレビやマスコミを使用した攻撃的なアピール。それを繰り返す程度であったが……ついにその炎が、一つの国を焼いた。

 それがすべての始まりとなってしまった。

 最早、各国の政治は互いに手を組むことを選ぶことは出来なかった。それぞれの故郷を守るため、新エネルギーを求めた最悪の戦争が幕を開けてしまったのである。


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 戦争が始まる数十年の時を得て。

 2100年。大日本帝国の一つの家庭に、産声が上がる。


「おおぉ……男か!」

 無法地帯と化した外の環境から逸脱した新たな東京都市にそびえたつ、一つの和風の屋敷。。

 【真東京】でも有名な“武の家名”を持つ家庭に……戦火の時代の中、喜ばしい生誕の瞬間を迎えた一人の“男”。


 3057g。その泣き声は非常に元気よく耳が痛い。

 何も知らない赤子に名付けられたその名は……【駆楽かるら】。


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 神代家。それは、古くから日本の軍組織を支えてきた一族。

 その名は古くから遡れば江戸時代にまで戻ることになる。歴史の教科書に残るほどの有名人ではないが……誰もが知っているであろう将軍家に陰で仕え、最後まで一族を守り続けてきたとされる戦神。


 豪傑、不屈、最強。当時の侍たちに、その一族の名は恐れられていた。

 そんな軍神達の血は戦国の世をも超え、世界大戦にすらもその名を遺していた。


 そして、今。新エネルギーを奪い合う百年の戦争。

 新エネルギー開発の争奪戦が始まるその手前より準備を進めていた頃、神代家も独自に動き出していたのだ。戦いの匂いを喜ぶかのように。

 平和となった時代。用無しと陰に追いやられていた一族。かつての栄光を取り戻すチャンスであると舞い踊るように。戦争を歓迎していた。


 強者揃いの神代家はすぐにでも軍に歓迎された。

 軍だけじゃない。スパイに政治家にテロ組織……日本各地に、神代の一族は散らばり活動を開始する。戦火に溺れる日本をコントロールし手中に収め、次第に神代家は日本を支配するに至っていた。


 神代駆楽 は、その一族の本家。東京にて生まれた。


 生まれて間もなく彼は生後数か月で二足歩行ができるようになった。それからは近くにあるものを拾って投げるを繰り返し、テレビの真似事で発音を覚え始めるなど、一族の名に恥じぬ才を秘めていた。


 三歳になれば、外を元気に走り回るイタズラっ子へと成長していた。

 親が目を離した隙に見ていた番組の影響もあったせいか……英才教育の手も届かぬうちに、手の付けられない悪ガキに成長してしまったという。


 しかし、そうでありながら、

 一族の人間としての教えはしっかりと受け継いでいた。


 神代家は戦うために存在する。

 祖国の無能な政治を正し、卑屈に菌をばらまく罪人たちをその手で裁く。

 かつてのように戦争が始まる。戦火が広がろうとしているモノなら、その戦いに身を投じ、相手が滅ぶその瞬間まで死ぬことは許されない


 敗北はこの一族にあらず。

 “人類の最高種”であり続けろと語り継がれる。己が神であるかのように。




『おいおい、どうした』



 この一族の血筋はどの人間よりもプライドが高く傲慢だと知られている。

 

 故に孤高。周りの人間は弱者。

 この、神代駆楽も。本家に生まれた身。


 プライドも高く負けず嫌い、己の心に傷と恥を晒すことを許そうとはしなかった。

 一族の血が、彼の身にその教えを深く無意識に刻み付けていた。一族の血を深く受け継いだ彼もまた、豪傑・不屈・最強の異名を飾る。



『なんだ、これはっ……』

『貴様、何をしたっ!!』

『……全員、息をしていない』

 彼が十歳の誕生日を迎えたころだった。

 今日は鍛錬の日ではなかった。だが屋敷の庭にある道場の中で一人、竹刀を片手に返り血を浴びた少年が笑いながら、様子を伺いに来た一族を嗤う。恐怖で腰を抜かし、涙する大人たちを。


「勝ち続ける。そして強くあれ。負ければ弱者。だろ?」

 そうだ、この男。

 少しばかり、一族でも手に負えない問題があった。

「お前たちも一族ならかかってこいよ、弱くて悲しい人間さん」

 教育。世界。どれに問題があったかは分からない。

 あらゆる環境。それによって磨かれ続けてきた少年・駆楽。


「さいきょーの人間。そうなってやるって言ってるんだ……」

 その存在はあまりにも。

「この俺。カミシロカルラがな---」

 “人の域を超えてしまった強さ”を、宿してしまっていた。

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