タイトル.41「にぎやかランチタイム(前編)」
ここ数日で結構な経験をした。
訳も分からず異世界に送り込まれ、獣の耳が生えた異種族の女の子を救い、その先に背丈小柄の不良女性に拾われ便利屋生活へ。
そして、風紀委員長オーラばりばりの騎士様も仲間に加わり、元いた国では戦敵であり戦友であった少女とも再会。
世界的スーパースターも目ん玉ひん剥きそうな内容ばかりである。この経験を活かして本の一つでも書いたら、ハリウッド映画ばりの大作でも出来ちゃうのではなかろうか。そんな夢でも見ながらのフリーランスの夜。
「ふむふむ、これはノリの良いフリージャズじゃないの」
次の仕事場に向けて飛行中。カルラは爪を切りながら体を揺らす。
深夜であろうとラジオ放送は汗水流して働いている全世界の民衆のために放映は続いている。今日はフリージャズ特集だ。
「あんなキャピキャピしたモノより、俺はこっちが断然いい」
ヒミズのメンバー間ではロックロートシティで活躍中のネットアイドル・リンが大ブーム。彼女のラジオは一日に約五回放送されている。
この時間も今、リンのちょっといやらしめのラジオが放送中だそうだ。
しかし、ここフリーランスでそのラジオ放送が流れる事は一切ない。
「この携帯でもネットが使えればなぁ。曲のダウンロードの一つや二つ」
夜中に聴くには心地よい。カルラは村正を磨きながらリズムに乗っている。
「……ご主人」
「どうしたよ」
アキュラが制作したAI人形を使用して、実体を得たヨカゼがそこにいる。
「寝る前にホラー映画でも見ちまったか?」
「ここに来てから、一か月が経過した」
ヨカゼの口から告げられる。かれこれこの世界に来てから一か月だ。
「……ああ、もうそんなに経ったのか」
村正を磨く手は止まらない。その言葉に意味ありげな苦い表情を浮かべている。
「早いもんだねぇ。小さい頃は一日がとても長く感じたというのに、大人になればなるほど時の流れを早く感じる。俺も歳をとったってもんかねぇ」
カッカと笑っている。カルラの年齢は青年なりたてだというのに。
年寄りになったなんて言葉、何様だとツッコミを入れられてもおかしくはない。
「……そうだ、一か月だ」
深刻そうな表情のまま、口を止めないヨカゼ。
「しっかり節約しなければ、最悪でも数週間、」
「ヨカゼ」
村正から手を離し、ちょこんと椅子に座るヨカゼに目を向ける。
「気にしちゃいねぇよ。時間いっぱい待ったなし。俺は好き放題生きる、そういう約束だからな。国に戻れなかったらそこまで。割り切るさ」
「……」
「珍しいよなぁ。急に心配なんて心配してくれてサ」
次の仕事はおよそ数時間後。今までのケースを考えるとまた何かハプニングに見舞われる可能性が無くはない。
最善の状態で活躍できるよう、愛刀の手入れを終えたカルラはベッドで横になる。
「さーて寝るか。次の仕事に備えてさ」
次は“目的地が目的地”であるからだそうだ。
仕事の内容自体はそれほど難しいモノじゃない。だが場所に問題があると聞いたうえで、しっかりと休息は取るようにした。
「……アイツらには言うなよ。いいな?」
「あぁ。ご主人がそう命令するのならな」
一瞬、口ごもった言い方だった。
しかし、所詮はカミシロカルラをサポートするために作られたプログラムであり……“監視するためのプログラム”。
少女はただ、その一言に心無くとも従うしかなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次の仕事場。その名は【インナーバルシティ】。
世界で最も巨大な都市であるロックロートシティの次に巨大な街だ。
経済的成長に工業発展、世界最大に負けず劣らずの発展途上街。
周りを見渡せばビルや電気屋の羅列、モノレールや飛行バスなどの近未来乗用車。カルラの世界のSF映画監督が見たら、嬉しさのあまり発狂待ったなしの世界再び。
「ふぅー、ちゃっちゃと終わったな」
今回の仕事内容は“荷物の運搬”だった。
企業が必要としている資材の持ち運び。合法なのか違法なのかどうかわからない、名前も聞いたことない企業への荷物運搬。
ぶっちゃけた話、持ち運んだ荷物はまともな代物ではない可能性の方が高いと思われる。こうやって裏世界の何でも屋を頼ってる地点で疑いたくもなる。
だが何でも屋からすれば荷物の中身など、企業の計画など関係ない。貰った金額分の働きをするだけである。
「 このまま、ヒミズへ戻りますかい?」
「それでもいいんだが、昼飯時だからな……何か食べてから帰るか」
時計を見てみれば昼ご飯の時間帯である。自然とお腹も鳴ってしまう。
「そこの君達! 今からお昼ご飯かい? だったら御当地ジャンクの看板であるワニ肉のサンドはどうよ?」
するとどうだろうか。その話を聞きつけた出店のおじさんがコレみよがしに自店の宣伝をしてきたではないか。
特徴的な匂い、独特なカットのされ方をした肉を、真っ白い生地で包んだ何かを見せつけながら。
「おっ、丁度いいや。目星はつけてたんだ」
アキュラはそのお店へ足を進めていく。
ワニ肉のサンド。見た目だけ見れば、カルラのいた世界で言う“タコス”や“ケバブ”のような料理。使っている肉がワニと珍しいものであり、その中にキャベツやトマトなどの生野菜が挟まれてある。
「嗅げば嗅ぐほど良い匂い……こりゃあ気になりますねぇ~」
話によれば、この一帯では有名なジャンクフードだそうだ。
ゲテモノ臭が滲み溢れているが味は確かとのこと。
「お前等も食うだろ? これくらいだったら奢ってやるよ」
アキュラが財布を取り出す。
「レディに払わせるわけにはいかない。ここは俺が」
「おっ、気が利くじゃねーの」
進んで財布を出したレイブラントの行為にアキュラは財布をしまった。元々はこれが狙いだったか、アキュラはラッキーと言わんばかりのニタり顔だ。
「おいおいー、男の俺には奢らないんですか~?」
「ちゃんとお前の分も払う」
仕事仲間で一人だけ仲間外れにするだなんて、そんな虐めを騎士がするはずもない。レイブラントは四人分のお金を取り出そうとしていた。
「カルラもこれくらいの気遣いは見せてほしいですよね」
「悪いですねぇ~。喜びも痛みも仲間で平等に分かち合いたい性分なのですよ」
「理由になってませんよ、それ」
それ以前に意味が分からない。商品に対して金を払う事を痛みと捉える意味が。
「それじゃあ、オススメの食べ方だがね! まず、この特製ソース。コレはね……マキガネイモムシとコツヅキバチをすり潰したペーストにサバンナジシの血液を絡めたソースだ。これをこう、ドバッとかけちゃうのさ!」
-----瞬間、カルラの表情が凍り付いた。
見るもグロテスクなソース。目にも鮮やかな赤いソースが、暴挙のようにぶっかけられる。ドロッドロで不気味なソースが。
「そうそう、これが美味いんだよな」
ワニ肉のサンドを受け取ったアキュラがそれを一齧り。
「くぅー!!」
ドロドロのソースにカリッカリの肉。見るだけでもキツそうな料理だというのに、アキュラはそれを何事もなく食べている。
「……ゴクリ、では私も」
「俺もいただこう」
怖いモノ見たさ。人間にはそんな感情を持つ者もいる。シルフィとレイブラントの二人も覚悟を決めてサンドを口にした。
「本当だ! 美味しい!」
「ふむ、これは中々」
想像以上にクセになる味に二人も絶賛だった。
「カルラも一口」
「いやぁッ! 俺は遠慮します!」
カルラは慌てて距離を取り始める。
「え、こんなに美味しいのに」
「俺、そういうゲテモノ料理はダメなんですよォ~! イモムシとかハチノコとか……何よりその生臭い血液が無理です! 気持ちが悪いッ!!」
腕を蕁麻疹に苛まれたかのように掻きまわす。あまりのグロテスクな見た目がカルラにとっては生理的に無理なようである。それを食べている三人の姿にも。
「俺は別の店を探してくる! 食い終わったら連絡入れますねぇーー!」
「まぁ、待ちなよ、お兄さん」
お店から飛び出したおじさんがカルラの下へ。
「このソース美味しんだって。ほら、サンド以外にかけても美味しいから」
そういいながら、ソースの入った小袋を次々とスーツの胸ポケットへと入れていく。次々と、押しかけのセールスマンのように。
「だから、いらないって言ってるでしょぉ~!?」
カルラは全力疾走でその場から逃げてしまった。
「正義のヒーローが好き嫌いとは形無しだな」
「だな」
アキュラとレイブラントは呆れたようにワニ肉のサンドを口にした。
「あははは……まぁ話は分からなくはない、ですがね」
実際、カルラが嫌がるのも無理はない。
口をつける前にこの料理を前にすれば……蜂の足にイモムシの頭、それが形を残した状態で血液と絡まっている何か、そんなものがかけられたこの料理。
確かに嫌がる理由もわかる。嫌がるのなら強制するつもりもない。適当な頃合いを見て、集合をかける事にした。
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