タイトル.33「それぞれのドリーム」
「ふっふーん、大量大量~♪」
行きつけのレストランでアキュラは満足に大笑い。
企業出資レベルの報酬ということもあって、アキュラの銀行通帳の中身にとんでもない数値が刻まれることに。
ふっくらと膨らんだ貯金にアキュラはこれでもかと笑みを浮かべている。
「お前らを雇って正解だったな~。これからも美味しい思いをさせてくれよ~?」
銀行通帳をしまい、ポケットから取り出したのは五枚の紙幣。
何れも万単位の額が刻まれている一番高価な紙幣だ。扇子のようにお札を仰ぐその姿はまさしく、映画やアニメなどでよく見かけそうな卑しい金持ちのソレであった。
「お役に立ててるようで何よりってやつですな~」
約束通り報酬は山分けとなっているだけあって、それなりの額の報酬をカルラも受け取っていた。
「……カルラ、なんか腕時計とかネックレスとか色々アクセサリーが増えた気がするんですけど、早速無駄遣いですか?」
チラッと横目でシルフィが一声。彼女の言う通り、以前はなかったはずのシルバーアクセサリーやブランド物の腕時計などがカルラを彩っているように見える。
「金っていうのは使ってなんぼなんですよ」
否定しない。どうやら、そのお金を早速自身磨きへと使っているようである。
「そうやって無駄遣いしてたら、またすぐに無一文に戻っちゃいますよ?」
『無駄だシルフィ殿。ご主人は金遣いも荒い上に欲にも滅法弱くてな……一日で百万の額を使い切るような男だ。節約なんて無縁だ。無縁』
この男に金の無駄遣い云々を語るのは無駄である。
比喩表現でも何でもなく本当の事らしい。入ったギャラは速攻溶かしてしまう癖があるようだ。
彼が身に着けている服もオーダーメイドの高級品。元いた世界での自宅には現在進行形の高級ブランドは勿論、絶版となったブランドもののアクセサリーコレクションまである始末。
売れた後に調子づいて女遊びをしてしまう芸能人のような典型的な例。いつ破産してもおかしくはない、老後は路頭に迷うのではと常日頃心配されるような男だ。
「……ふむ」
レイブラントは携帯電話で入金された金額を確認し、若干の笑みを浮かべる。
「レイブラントさんは貯金ですか?」
「故郷への寄付を考えている。ドタバタしてる中、俺が外からできるのはこれくらいだからな」
一方レイブラントは貰ったお金の八割近くを故郷のメージへと寄付することを考えているのだという。
「俺の夢はメージの平和だ。それさえ叶ってくれるのなら、それでいい」
あの事件以来、メージは復興を目指して日々奮闘を続けている。外からでもその手伝いを少しでも出来るようにと、常日頃考えていたようだ。
「いいですね……私も、故郷に何か贈り物を出来たらいいのですが」
彼同様にアルケフの里へと何か出来ないかと考えてはいる。
だが人間の手を使った宅配便は当然使う事は出来ないし、自然に生きる種族のアルケフにお金の寄付をしたところで何の意味もない。
外の様子の観察。その結果を伝えるだけで故郷への恩返しは出来ているのだろうかと不安の念を彼女は漏らす。
「言ってくれれば贈り物ぐらい許してやるよ。空いてる暇に里にちょちょいと飛んでやるさ」
「本当ですか!?」
シルフィはテーブルを飛び越え、アキュラへ目を輝かせる。
「あ、ああ……まぁ、頻繁にとはいかねぇよ? 三か月に一回とかそのくらいだが」
「充分です! むしろ、そちらの方が私としても都合がよろしいです!」
頻繁に帰ってきては調査の意味がない。三か月くらいの期間が調査の報告として丁度いい。何より、そう何度も立ち寄っては人間に里の存在がバレる危険性がある。
こちらの都合で里の仲間に迷惑をかけるわけにもいかないのだ。
「皆、家族に仲間思いでいいもんだねぇ」
金をしまい、アキュラはクリームパフェにありつく。
「アキュラはご家族の方は?」
それは、ふとした質問だった。純粋な問い。
「死んだよ?」
シルフィの問いに答える。
「4年前くらいに火事でポックリな」
「……ごめんなさい」
「いいよ。悪意はないんだろ?」
彼女には両親がいたようである。
ところがその家族は数年前に火災で亡くなったのだという。
「割り切りたくはないが不運だったと思ってる。そう片付けてるさ」
ポケットの中に金を放り込む。そしてその直後に握られるコーヒーカップとクリームパフェをすくうためのスプーンを握る手。
……揺れている。
恐怖なのか、それとも怒りなのか。
表情にこそ見えていないが、微動とした感情の起伏が見て取れた。
「……アトラリア大火災って知ってるか?」
ふと、アキュラが問う。
「ニュースで一度聞いたことがある。アトラリアと呼ばれる街が突然の大火災で火の海になったと」
「そこがオレの故郷でさ。オレは被災者ってワケ」
過去、全世界でニュースになるほどの大規模な火災事件があったのだという。
原因は事故だったという。原因の出所は不明だが何処かの施設のガス爆発でアトラリアはものの一瞬で吹き飛ばされた。住民達は火の波に飲みこまれた。
「何というか良く生きてたと思うよ。あんな爆発の中、運よくさ」
崩れ落ちる瓦礫。アキュラは運よく下敷きにならずに生き残っていたのだという。
火の海となった故郷の惨状は今も彼女の瞳に焼き付いている。爆発に吹っ飛ばされた父親の亡骸、瓦礫に押しつぶされた母親の姿。
そして、炎を纏い辺りを逃げ惑う住民達。阿鼻叫喚の地獄絵図。
混乱の中、アキュラは救助隊に救われ、一命をとりとめたのである。
「アトラリアはその後どうなったんだ?」
「立ち入り禁止。もう有毒ガスの影響はないが被害が被害だ。復興にはとんでもない額がかかる。何より被災から逃げ延び生き残った住民達の保護と治療だけで今のアトラリアは精いっぱいなんだよ……他の住処を見つけられる大人たちはともかく、親を失った孤児だけは街の人間でどうにかするしかない」
被災者はすでに他の街へと移動し、新しい生活を送っている者もいる。中には街の援助を受けて特別保護施設で日々を過ごし続けている連中もいる。
この事件はあまりにも……身元を失った人間の被害者が多すぎる。
助け舟も頼れる先もない人間はアトラリアの政府の人間がどうにかするしかない。
「……もしかして、お金を稼ぐ理由って」
シルフィは問う。
「アトラリアへの支援ですか?」
「……まあ、ちょこっとだけだがな」
指で作られた三の数字。
得られる報酬の三割を孤児院へ支援している事を告げる。
「オレはオレの生活を大事にしたい。他の奴らのことなんて構ってる暇はない……だけど同じような目にあった奴らを放っておくのは、なんというか胸に嫌な後味を残すというか……何というかな」
クリームパフェのオレンジに手を伸ばす。
「コレが良心ってやつなら。この唯一の良心くらいは大事にしたいと思ったのさ」
「アキュラ……」
ただ金にがめついだけの人間。アキュラはそんな人間とは違う。
金に目が眩んでいるのは事実かもしれない。現に彼女は自身の生活が大事だとは言った……しかしそんな事を口にしておきながら、皮肉気味に人助けをしている事を漏らしたのである。
「そうでもしとかないと、どうにかなっちまいそうだ」
ただ、その一瞬。
何やら不気味な一言を漏らしたような気もしたが。
「アキュラ、聞いておいて言うのも違うとは思うが……よかったのか? 君の過去を俺達に喋って」
まだ付き合ってそこまで長い付き合いではない。
世話になってるとはいえ、漏らしていい事だったのかとレイブラントは問う。
「うーん、そうだな」
オレンジをかじり尽くしたアキュラは三人へ目を向ける。
「お前達なら私の事を笑わない。そう思ったからかな」
笑う。笑うはずがない。そんな非情な人間はいないと信じたい。
だが……ヒミズの人間に限らず、この世界はあまりに”力のない生き物”に容赦がなさすぎる。彼女の一言がこの世界の非情さを物語っていた。
どの世界も非力な人間が潰されていくだけ。だから彼女は力を身に着け、こうして生きようとしているのだ。
「さて! しんみりしてたら飯が不味くなっちまう! 早速新しい仕事を仕入れてきたんだ……とっとと食べて打合せするぞ!」
次の仕事はすでに決まっている。
戸惑っていたシルフィとレイブラントであったが、彼女の言葉に自然と緊張がほどけ、次の仕事に備えて精をつける事にした。
(家族)
カルラは一人、コーヒーに手を伸ばす。
(仲間、か)
盛り上がる三人を前に、一口。
(……いいじゃないの)
それは悦びの笑みだったのか、それとも嘲笑うための微笑だったのか。
その一瞬の笑みを、この場の誰もが目にできなかった。
「ん、大将。今、一瞬自分の事を”私”って言った?」
「は? 気のせいだろ?」
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