タイトル.34「和の国・アブノチ」


 目標時刻通り、フリーランスは目的地に向かって飛行中。

「大将~。今日は大将の趣味曲メドレー流す感じですか~?」

 レクリエーションルームでのラジオからはアキュラが用意したCDから流れるフリージャズメドレー。そればっかり流れている為、一度今日の趣向を聞く。

「この時間だけな。そろそろヒミズのラジオの方でもネットアイドル野郎の曲を流す時間だったからな」

「ん、あぁ……そういえば、その時間ですか」

 時間帯を見る限りではネットアイドル・リンの全国放送ラジオライブが始まる時間帯。ファンの多いヒミズのラジオではそのアイドルの曲が無断で流されている。

「俺もあんまり好きじゃないんだよなぁ~……仮想の存在にどうして見惚れなきゃならないんだか」

 カルラはネットアイドル的存在については“ヨカゼの存在”だけで酷くこりごりしていることを告げる。


 シルフィとレイブラントも見ての通り、そういった存在には興味を湧かせない。

 アキュラに関しては『何処の誰かもわからない人物が二次元上で作った虚ろを演じる様、そして、その虚ろの人気に味を占めて調子に乗る様は見ていて気味が悪いしつまらない』と一蹴。

 そんなものを聞くくらいなら自分の用意したメドレーCDを流す方が一億倍価値があるとまで言いだす始末だ。


 ヒミズの間でも人気のネットアイドル・リン。世界レベルのアイドルの実力をもってしてもフリーランスの面々のハートは掴めないようだ。今日もフリーランスではジャズが流れている。


「カルラー、そういえば用意は終わってます?」

 もうすぐ目的地に着く。荷物の準備は出来ているのかと一言。

「えっと、荷物荷物……携帯は入れた、財布も入れた、念のためのバッテリーと火薬入りの瓶も入れたし……」

 バッグの中を最終確認。

「よし、も入れたな」

 巾着袋に放り込まれたチェスの駒が描かれたコイン。それを確認したのちにチェックを終える。


「いや、いらないでしょう。それ」

 そんな玩具持ち出して何になるのかとシルフィがツッコミ。

「いりますよ! いるにきまってますよ!」

「遊びに来たわけじゃないんですよ? それで博打とかやる気ですか」

「何と言おうがコイツは必要です! 異論は認めません」

「はいはい……好きにしてください」

 多少暇な時間が出来ることもある。暇潰しの娯楽として持ち出すのもよろしいか。

 これ以上言っても聞かなさそうだ。シルフィは呆れたように首を振った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ……到着。次の仕事場。その村の名は【アブノチ】。


 和の国。と観光ファイルには書かれているようだ。

 古来中国と日本の温泉街が混じった落ち着いた雰囲気。良くも悪くも古臭い、わびさび満載の和風テイストの里へとフリーランスの一同はやってきていた。

「ほほう、ここがアブノチか……空気が美味いと聞いていたが、確かに」

 アブノチは温泉村。テレビの観光番組で特集されたことは幾らかあったようでレイブラントはレビュー通りの光景に感動する。

 路上に散りばめられた紅葉に、温泉の硫黄の匂い。他の街では味わえない独特の空気が体をほぐす様に刺激する。

「んじゃ、まずは依頼主のところへ向かうとしますか」

 フリーランスの面々は仕事を引き受けるために温泉村アブノチの村長が待つ役所へと向かう事にした。


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 ……数時間後。一同は役所から姿を現した。

「やれやれ、今回の仕事はヤケに規模が小さいことで」

 開口一番。外に出たカルラの一言はそれだった。

「俺達は業者じゃねぇんですぜ……魔物なんかじゃなくて、とはね」

 それは魔物退治ならぬ……“害虫駆除”である。

 依頼書にはそう書かれていた。最初は盗賊団やら魔物の群れの退治。害虫はその比喩表現だと思っていたが……どうやら比喩表現でも何でもなく、本当に害虫駆除。

 アブノチの村の裏山にて、大量のムカデが発生しているらしい。

 その名を【スコロペンドル】。本来目に見るムカデと違って結構な大型らしい。

 田舎町らしいモノクロ写真には見ているだけでもおぞましいムカデの遺体の写真を見せられた。

「なんだ? こう見えて蟲は苦手か?」

「ゴキブリだろうが芋虫だろうが平気ですよ。ただ進んで見たいとも思いませんが」

 そんな目にもしたくない害虫が裏山にはウヨウヨいるらしい。それをこの三日間、可能な限り処理してほしいというのがアブノチの役所からの頼みであった。

「まぁ、いいじゃねぇか。こんな楽な仕事で結構な額が稼げるって考えれば」

 渡されたムカデの写真を目に、アキュラは一息つく。



「……まぁ、額が額だ。ただのムカデだとは思えないがな」

 何やら、嫌な予感も一人感じていたようであるが。

「結構厄介らしくて、オレたち以外にも仕事を引き受けている奴らがいるらしいが……どんな暴れ馬なんだろうねぇ、この虫は」

 写真をしまい、携帯電話を開く。

 田舎町とはいえ当然インターネットは繋がっている。この周辺の地図を開くことなど容易い。

「よし、仕事前に腹ごしらえだ。名物料理だとかい“団子でも食いに行くか」

「おっ、いいですねぇ! みたらしに三色、団子はどれも好物ですぞ~!」

 腹は減っては戦は出来ぬ。

 まずは観光がてらに名物料理でも楽しむことにした。


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 甘味処。ここアブノチでも有名なお店だ。

 全国のテレビ放送では過去十回以上の放送が行われたお店である。

 営業は百年近く続いている老舗。お店の暖簾をくぐってみれば壁にはこれ見よがし、番組に特集されたことを自慢げにするかのように記事の切り抜きが。

 何人か有名な著名人もいたのか、サインまで飾られている。

『懐かしいな。何というか』

「あぁ。故郷に戻ってきた気分だぜ」

 カルラにとっては元いた世界でもよく見かけた甘味処だ。特に珍しい空気も感じる事はなく、むしろ懐かしいという気分に浸りながら座敷の席へと移動する。

「むぅ……」

 レイブラントは正座の姿勢に入る。が、その姿勢はあまりにぎこちない。

「無理に正座じゃなくていいだろ。胡坐でさ」

 アキュラは女性らしからぬ座り方でくつろいでいる。

「女の人が足を広げるのはどうかと思いますよ」

「いいんだよ。オレみてぇな奴を女として見る奴は余ほどのモノ好きだって」

 好きに見つめてくる奴はいないだろうとアキュラは断言。

 確かに人目を気にしているのなら、そんなダイナミックかつアグレッシブなファッションは身に着けないだろう。


「へっへっへ」

 正座の姿勢で、カルラはメニュー表を取る。

「しかし礼儀正しい騎士サンも、古き良きワビサビには弱いみたいで?」

「うぐっ……」

 珍しく反論できないことに歯がゆい気持ちをレイブラントは抑える。

「意外ですね。カルラならもっと適当な姿勢をすると思ったのに」

「育ちが育ちなのですよ。意外にもこの姿勢が楽な男なのです」

 メニュー表を手に取ると、早速どの団子を手に取るか目を通す。

「……って、高っ!?」

 しかし、目を通した矢先に彼は驚愕することになる。

 メニュー表に描かれている金額は想像のキャパシティを遥かに超える金額。例えるなら、彼が元いた世界の高級甘味処で食べていたという和菓子のの値段。

「……団子一本で流石にボッタクリでは?」

「ボッタクリなわけがあるか」

 カルラの後ろから冷たい声が聞こえてくる。

「いや、盾のお兄さん。さすがにこれは高すぎですって」

「俺は何も言ってないぞ?」

 ……言われてみればそうだ。妙に違和感。

 レイブラントは後ろではなく前の席にいる。今の声はレイブラントではない。


「ここは百年近く続いている老舗。材料も他所とは違ってどれも一級品だ。雰囲気を楽しむという面でも、ここの和菓子は懐石料理に近い品がある……それくらいの値はあって当然だと思うがな」

 聞き覚えのある声。

「その声……!」

 反応したのか……他のメンツも、一斉にその声の主へと目を向ける。

「人間の文化には興味がない俺でさえも理解できるんだ。それともお前は、そんな俺以上に品がないとでもいうのか? 滑稽だな」

 帽子が脱げ、露わになっているキツネの耳。ぺたんと畳の上に寝かせている尻尾。

 いつか見たスーツ姿の異種族。その種族名は確かルー。


 【ス・ノー・ルー】。

 アキュラ達と同じく同業者。便利屋のライバル的立場の男がすぐ後ろの席で団子を口にしていた。

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