タイトル.32「前人未踏のマウンテンヒル(その3)」
……依頼は完了した。
連続行方不明の原因は『巣へと近づいた人間を追い返そうとしたハーピーの仕業』であったということ。そして『害を与えたハーピーは始末した』と説明した。
勿論。ハーピーを狩ってなどはいない。
そんな暴挙はシルフィが許すはずもない。そしてハーピー側もアキュラ達に害をなすような事はしようとしない。
当然だ。彼女たちでは回収が困難であったボブドラゴンの唾液を見事回収してみせたのだから。
特効薬としては十分すぎる唾液。それを直飲みするのは玩具のスライムを丸のみするのと変わらないので、加熱など下処理を終えた後にそれをハーピー達に与えた。
結果、回復の兆しは見え始めた。
ハーピー達は日も経たないうちにその場から動けるようになったというわけである。ロィースカは勿論の事、感謝をしていた。
……アキュラ達を連れていたシルフィに。
当然アキュラ達にもお礼はしていた。だがやはり人間相手には壁があるのか余所余所しい社交辞令的な口だけのお礼のみであった。
何処か煮え切らない態度ではあったが向こうの事情も事情なので仕方ない。
「さてと、これで仕事は完了というわけだ」
これにて仕事完了。これからヒミズへと戻るわけだ。
「だが、その金はあの男の下へと向かうのだろう?」
企業の人間を名乗る男から与えられた仕事。勿論それは罠であることを忘れたわけではない。
依頼を叩きつけた男は企業の人間などではない。撤回寸前だった仕事を引き受け、多額の報酬を楽して手に入れるために他の便利屋を利用して回っている姑息な男。
自分の手も足も汚さずして、何の苦労もなく賞金を得ようと画策したわけである。
「不満か? 騎士たる紳士様もやっぱりタダ働きは御免ってか?」
「そうじゃない。だが……」
当然、金が手に入らないことに不満があるわけではない。
レイブラントの不満の先は当然、そんな卑怯な手で金を得ようとし、協力してくれた便利屋も捨て駒同然にしか思っていない男のみが得しているこの現状が気に入らないのである。
「さてと、連絡を入れないとな……ああ、もしもし、終わったぜ。報酬金の話は今度詳しく話しておくれや」
社交辞令がてらにアポイントメントを入れておくがそんなの無意味である。
その男は任務完了の報告と確認を終えた後にトンズラをして報酬を独り占めする寸法だ。待ち合わせをしたところで現場に現れるわけもない。
形だけの約束だけをして、一体何の得があるというのだろうか。
「じゃあな」
電話を切り、フリーランスの舵を切る。
「……ひっひっひ」
その矢先。
「ん……?」
レイブラントでも聞こえる大声で下衆な笑いをアキュラは浮かべていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
-----同時刻。ヒミズ本拠地。
例の男がアキュラから報告を受け取り、ガッツポーズをしている。
「さすがは期待の新人共だな。クリアしてみせたか」
任務に成功しようが失敗しようがどのみち得がある。
贅沢を言えば……無様に失敗してもらってトップの座からはおろか、ヒミズのこの組織自体から消えてもらおうと考えていたのだが、成功したのならしょうがない。
どのみち金は手に入る。
我ながら、楽な方法を見つけたものだと男は大笑いしていた。
「さてと、依頼主に連絡でも入れるか」
依頼完了の報告を入れる。これで多額の賞金が手に入るのだ。
「もしもし、ああ……え?」
連絡を入れようとした矢先、言葉が詰まる。
「お、おい、ちょっと待て! 俺へ報酬は渡せない!?」
門前払い。男は電話を片手に冷や汗をかく。
「どういうことだ! おい! おいいい!?」
一方的に電話を切られ、男はヒミズの本拠地の隅っこで一人唸り続けていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「なに!? 正式に企業から依頼を受けなおしていただと!?」
「ああ、これで金は私達のモノってわけだ」
親指と人差し指で円を作る。銭の形を作ってアキュラは大笑いだ。
「ヒミズの便利屋のルールでは依頼を横取りするのは禁止されているはず。企業側が放棄するか、依頼を受けた側が放棄するまでは」
「ああ、そうだよ。依頼主側がソイツとの契約を切ったんだ」
携帯電話を片手に見せ、知らないうちに電話上で交わした契約内容を見せる。
「依頼主側が選ぶ分にはルール違反じゃねぇよ」
それだけじゃない。パソコンでのメールのやり取りも数件残っている。
何処にあるかも分からない企業を見つけ出し、十件近くやり取りをヒミズから出る前の数分間に終わらせていたというわけである。
写真に写った契約書には、確かに依頼の請負人がアキュラに変わっている。
「どうやって?」
「こんだけ被害が多かった事件だぜ? 本当に生存者ゼロだと思うかい?」
操舵席に座り、アキュラはアクビを浮かべる。
「いたんだよ。何人か生存者が。何れも病院から抜け出せない大怪我だったみたいだがな……そいつらに連絡を取って、証人になってもらったんだよ。これでもヒミズで仲良くしといたほうがいい連中とは交流してるんでな」
情報を集めるためのパイプなら幾らでもあるようである。他の便利屋の情報に疎かったのは興味がないから。
「受けた依頼を利用して他の便利屋に協力してもらうならまだしも……詐欺紛いに騙して手柄は自身のみ。こいつは立派なルール違反だ。便利屋同盟の契約に反しているから、その地点で契約を切らないといけないんだよ。企業側が」
「それで、ガラ空きになった直後にお前が引き受けたというわけか」
「ピンポーン。それで今から企業へ挨拶に行くわけだよ」
言われてみればフリーランスの向かう先はヒミズとは全く別の方向。指定座標を確認しても何処か遠くの街を指しているようだった。
「良かった良かった。タダ働きだったらストライキでも起こしそうでしたよ」
操舵室にやってきたのは一用事終えたカルラだ。
「やっぱ、お前も気になってた口か……晩飯出来たか?」
「モチのロンです。それで呼びに来ました」
晩御飯係は交代制。今日の係はカルラだった。
しっかりと役目を終えたカルラは出来たてを食べさせるために彼女たちを呼びに来たというわけだ。
……勿論、料理の方はヨカゼのナビ付であるわけだが。
「んじゃ。とっとと飯にするか。あぁ、腹減った」
フリーランスの操縦をオートマニュアルに変更。緊急時に備え、AIにも周りの索敵などを厳重に行うよう指示をしたところで一同は操舵室から去っていく。
「しかし、酷いものだ……自然に毒を放つなど」
「ここ最近になって、何かと理由をつけて誤魔化しがききやすくなった世の中だ。密猟犯はともかく、政府の人間ですら何かと理由つけて好き勝手やって、挙句の果てには事実を隠蔽する時代だから恐ろしいもんだ」
一種のバイオテロ。それは各自、それぞれの理由や陰謀が駆け巡っている。
今回の一件は密猟犯がやったのか、それとも政府による極秘の案件だったのかは分からない。今となっては知る必要もないわけだが。
「あんなに綺麗なお姉さん達がいたというのに……お礼にハーレムの一つでも体験させてほしかったですよ~」
「お前は色事ばかり……仕事は及第点だが、自制がなってない」
「欲に正直に生きないと。皺も溜まって、ジジイになっちゃいますよぉ~?」
ハーピー。空の狩人達は大半がグラマラスの美人揃いだった。
一流のキャバクラでもあんなラインナップは用意できない。ちょっとくらいハグの一つでもさせてよかったんじゃないかと愚痴を漏らしていく。
「欲に正直になるって部分には賛同だな」
一同はレクリエーションルームへ。テーブルの上には今日の晩御飯。
「「「……ん?」」」
と、同時にコップに入った何かが並んでいる。
「あ、来ましたね」
そのコップを配置したのはシルフィのようだ。
「シルフィ、これは……」
「ハーピーの皆さんから分けてもらった唾液の秘薬です。仮にも毒を蒔かれた場所にいたわけですから……保険で飲んでおいたほうがいいものかと」
……コップを手に取ってみる。
元よりはマシになったとはいえ、その薬はドロドロしている上にネバネバしている。一部薬草を混ぜている事が原因で変に臭みもあって溜まったモノじゃない。
「一理は、あるが」
全員は観念してコップを握る。
「「「「いただきます!!」」」」
そして、全員は一斉にその薬を飲みほした。
「「「うん! まずい!!」」」
アキュラにレイブラント、シルフィは一斉に感想を述べた。マズイ。
「ていうか、これ前にもやりませんでしたーーー!?」
カルラのは泣きながらツッコむばかり。
フリーランスは報酬受け取りのために夜の山脈地帯を移動中。四人の悲鳴は儚くヤマビコになって消えていった。
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