エレメントブック

神之億錄

封魔の書

◆ 物語の始まり

 世界の中心に位置する聖域ナティアス。太古より存在していたその地は世界の始まりの地。かつての人々はこの地を敬い神々の住まう場と神聖視していた。

 水に愛され、火に愛され、風に愛され、大地に愛され、全ての精霊の恩寵をうけた聖域。

だが、世界に多くの種族がいれば国と権力が生まれる。国と権力が生まれると、その象徴たる聖域を欲する者達があらわれるものであった。


 ナティアスを手中に納める為に幾つもの種族、国が争いを繰り広げていた。

 微妙な力のバランスを保っていた幾つかの国々や種族であったが、長い歴史の中でより力を持った国や種族に吸収されていき、力なき者達は力ありし者らに従属されていった。


 なかでも特に力の突出していた者達があった。それが「精霊の子」、すなわち精霊族と呼ばれる一族である。


 精霊族は文字通り精霊より加護と恩寵を与えられた種族であり、その力は間違いなく人類上位に位置しており、聖域ナティアスを最も手中に治めるに到達した存在であると認識されていた。


……とはいえ精霊族の中でも勢力は大きく分かれていた。もとは一つだった精霊の民達も、聖域を手中に治めるならば各々が崇める者を世界を統べる王として置きたがったのだ。

 精霊の民が崇めたのは偉大なる血筋たる二人の精霊の子。白銀色の女王と黄金色の王。

 かつて共に戦ってきた精霊の子らが共存を選ぶことはなかった。互いに拒絶し合い拒絶は互いの消滅を望んだ。

 



『奴らは世界の害悪だ! 我らが信ずる王のために皆殺しにせよッ!』

  白銀色の鎧を纏った女が剣を空高く掲げる。


『奴らこそは世界の害虫そのもの! 我らが王のために敵を殲滅せよッ!』

 黄金色の鎧を纏った男が剣を空高く掲げる。


 大気が揺れるほどの雄叫びが戦場を支配し、それぞれの陣営より兵が飛び出してゆく。……ただただ殺し合いが始まったのだ。

 それは凄まじいものであった。殺し合いが始まりものの数分足らずで多くの兵が次々とその命の灯火を散らせてゆく。

 天より降り注ぐ数多の矢に撃ち抜かれる者、はたまた放たれた霊獣に生きたまま喰われる者……

 今や戦場と化してしまった聖域は原型を止めてなどいなかった。歴史ある建造物も、祈る為の神殿も、もはや瓦礫となり戦いに巻き込まれた聖域の民達すらも命からがらに逃げ惑う。



  戦場からほど離れた山地にある頂の上から、少し大きな岩に腰を下ろした男はじっとそれらの光景を眺めていた。

 傍らには小さな少女がちょこんと座り、光り輝く分厚い本を開き、男と同じくその戦場を眺めている。


「……ティタニア。しっかり記録しておきなさい」

「はい。先生」


 少女は頷くも決して目を逸らさず、この戦争を記録し続ける。世界の真実を記録することが男と少女の役目なのだ。「愚かなことだ……」と眉間に深い皺をよせながら男は深いため息をついた。

 戦争は遥か昔から続くもので、

 二人はこの愚かな殺し合いを終結までずっと眺めていた。

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