第17話 攫われたリリア。

 素直に喜んでいるリリアを、クロウはじっと見つめていた。

 不思議だったのだ。

 なぜ彼女は己を犠牲までして、数日前に会ったばかりの男の為にこれほど尽くしてくれるのかと。

 今も、クロウが少しでも駆けつけるのが遅ければ、リリアは崖から落ちて命を落としていた。危険を冒してまで彼女が取りに行こうとしたものは、クロウのための薬草だったのだ。


「………喜ぶのは、俺の方だな」


 呟きと共にクロウはリリアの手の上に薬草を乗せる。その瞬間、そのほっそりとした指先が少し切れて血がにじんでいるのに気付いた。クロウは勢いよくその手を掴む。その拍子に折角摘んできた薬草がパサッと地面に落ちる。


「怪我をしたのか……」


 思っていた以上にリリアの手はとても小さくて柔らかかった。クロウのように剣を持つ固くなった手とはまったく違う。少し崖を登っただけで傷ついてしまうほどに。


「あら、本当ね」


 怪我をした本人は呑気に傷を見ている。きっとクロウの方が痛みに堪えるような表情を浮かべていたに違いない。無意識に傷ついたリリアの指先を口に含む。


「えっ⁈」


 突然、リリアが驚きの声を上げた。

 はっとしたクロウは自分のした事に驚く。

 だが、真っ赤な顔をして固まっているリリアの姿を目にした瞬間、思わず噴き出してしまった。

 大きな目を真ん丸にしたリリアの顔がまるで幼子のようで、その可愛い表情につい笑ってしまったのだ。


「ひ、酷いわ! からかったのね!」


 リリアは少し涙目になって怒っている。恥ずかしがりながら怒る姿がさらにクロウの心をくすぐった。リリアから顔を逸らせ肩を震わす。悪気はなかったのだと、すぐに謝るべきなのは分かっていた。 

 しかし、悪いとは思いつつ笑いを抑えるだけで精一杯だった。

 今までルイが女達に『可愛い』と言っているのを聞くたび、クロウは自分には一生感じることのない感情だと思っていた。

 だが、いつのまにかリリアのことを『可愛い』と思うようになっている。自分の中にそんな感情があったことに驚いてもいた。

 今まで男でも女でも誰かの容姿を気にする事など一度も無かった。他人のことに全く興味がなかったのだ。

 なのに、クロウの目は出会った当初から無意識にリリアの姿を追っていた。彼女の存在がどうにも気になっていたのだ。

 今なら分かる。内面は言うまでもないが、彼女から発せられる優しい光のようなものに、魅せられていたのだろう。

 髪は肩にも届かないほど短く、着古した少年の服を身にまとっているにも関わらず、リリアの姿がとても美しく見える。

 今はまだどこか幼さが残っていて、可憐さが勝っているが、数年経てばその美しさにきっとまわりの男達がほっておかなくなるだろう。

 性格はおっとりとしているようだが、どこか無鉄砲なところもある……いろんな意味で目が離せない。


「!」


 一瞬だが、遠くで複数の馬の嘶きが聞こえた。


(……賊ならやっかいだな)


 クロウがそちらへ神経を集中させると、リリアが不安そうに見上げてくる。その心細そうな表情にクロウの心が騒めいた。少しでも安心させたくて、手を伸ばし彼女の柔らかな金色の髪を撫でる。


「クロウ?」

「大丈夫だ。だが、少し隠れてやり過ごそう」


 そう説明をすると、クロウはリリアの手を引き、シェーンの手綱を掴むと、近くの茂みの中へと身を隠した。

 しばらくすると、馬に乗った五人の男が姿を現した。オアシスにいた男達とは別のようだが、全員腰に無骨な剣を帯びている。


「さっきの奴ら何だったんだ?」

「見回りの兵隊にしては数が少なかったな」

「何か滅茶苦茶強かったぞ」

「俺なんか剣が折れちまったぜ」

「獲物じゃなかった事は残念だったが、全員無事に逃げられてよかった」

「必死で逃げて来たから喉がカラカラだぜ。このあたりに湧水があったはずなんだがな~」


 明らかに、盗賊達だった。

 クロウの嫌な予感が当たってしまった。思わず舌打ちしそうになったのをなんとかこらえる。視線を男達に向けたまま、リリアの頭にフードを被らせた。

 もう少しで町に着くというのに、なかなか容易くは王都へ向かわせてもらえないようだ。

 クロウは覚悟を決める。


「おい。新しい馬の足跡があるぜ」

「何頭だ?」

「一頭だな」

「一頭? とにかく、探せ」

「その必要はない」


 クロウはわざとリリアから離れた場所から自ら男達に声を掛ける。


「……そんな茂みの中で、何をやってんだ?」

「水を飲んじゃいけないのか?」

「なんだと! 生意気な奴だ!」


 いきり立つ賊の男達をクロウは冷静に眺める。


(一人足りない……どこにいる?)


 クロウは目の前の男達に視線を合わせながら、耳で僅かな音まで聞き取ろうとしていた。


「その澄ました顔を後悔で歪ませてやろうか?」


 人数の差に気を良くした若い男がすでに剣を抜いて身構えている。


「やめろ」

「お頭!」


 賊の頭らしい男が血気盛んな男を止めた。止められた男は不満そうに辺りかまわず剣を振り回す。


「誰も手を出すな。この男は、手錬れだ」


 お頭と呼ばれている男は、なかなかに人を見る目があるらしい。そのお頭の命令は絶対のようだが、他の若い男達は血が騒ぐのか、不服な表情で睨んだままクロウにじりじりとにじり寄って来る。


 きゃああああっ!


 突然響いた悲鳴に、潜んでいた小鳥達が一斉に飛び立つ。


「リリア!」


 クロウはすぐさま踵を返し、駆け出した。

 だが、一足遅かった。茂みの中から、髭面の男がリリアを引きずって現れた。姿を消していた男だ。リリアは可哀そうなほど震えている。


「その男、こんな所に綺麗なガキを隠してやがった! へへっ、それもかなりの上物だぜ」


 男達はリリアが女だと気付いていないようだが、それも時間の問題だった。賊の男達が活気づいき、あっという間に残りの男達が全員剣を構えてクロウを取り囲んだ。


「悪いな、兄さんよ。あのガキは頂いていくぜ」


 男達がじりじりとクロウとの距離を狭めてくる間に、後ろ手に縛られたリリアは賊の馬に乗せられた。このままでは引き離されてしまう。


「すまんな。ガキでも美しければ大金になるんだ。悪く思うなよ」


 言葉とは裏腹にまったく悪いとは思っていない男達は、獲物を奪いかえされないようクロウをこの場で殺すつもりだ。

 もちろんリリアを奪われたままにするつもりなどないが、この場で大人しく殺されてやるつもりもない。

 だが、クロウが長剣に手を掛ける前に、男達が一斉に襲い掛かって来た。次の瞬間、クロウは二人の剣を跳ね飛ばし、一人の男を蹴り飛ばすと、男達を統率していた男の腕を後ろ手に取って人質にしていた。

 すべては、あっという間の出来事だった。


「すぐにあの子の所へ案内してもらおうか」

「お頭!」


 他の男達が騒ぎ出すと、彼らにわざと良く見えるようにクロウは体の向きを変え、人質にとった男の首に押し当てていた剣にわずかに力を入れた。

 薄く切れた皮膚から血がうっすらと浮かんでくる。


「うっ………」

「別に、俺は案内出来る人間が一人いればいいんだがな。どうする?」


 クロウのあまりに剣呑な眼差しに、その場にいた男達は凍り付く。


「───俺達の負けだ。あんたの連れの所へ案内する。おまえら、剣を捨てろ」


 彼らが慕う男の命令に、男達は黙って剣をクロウの前に捨てた。


「この男は俺の馬に乗ってもらう。おまえ達は俺の前を走れ。変なまねはしない事だ。俺はこれ以上手加減出来そうにない」


 男達は渋々クロウの言うとおりにリリアを連れ去った方角へ向かって走り始めた。


(リリア。すぐに迎えに行く!)


 人質に取った男をシェーンの背に乗せ、自分もすぐに飛び乗ると、クロウはすぐに盗賊達の後を追うのだった。

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