第34話 公爵令嬢は発電機を作る

時は8月、季節は秋下旬。


そろそろ焼き芋の美味しい季節だ。


それなのに、この世界の貴族ときたら「芋を焼いただけだなんて庶民の食べ方、貴族の食べる物じゃない」とか言いやがった。


頭にきたから、大量のサツマイモを焼いた石でじっくり火を通して、ホクホクやトロトロになった甘ーい焼き芋を作り、お屋敷中のコックや従業員全員に食べさせてやった。


案の定、「ただ焼いただけの芋なのに、なんて美味しさだ」と焼き芋を馬鹿にしていた事を激しく後悔していた。


挙句に、「貴族に内緒で、庶民はこんな美味しい食べ方で芋を食べていたのか⁉︎」とか言う人まで出てきた始末。


そして私の家族はと言うと、夕食後に出てきたサツマイモの丸焼きを見て険しい顔をしていたけど、総料理長のダンが「お嬢様がお作りになりました」と言った途端一斉に食べ始めた。


この焼き芋に、お父様は相当ハマったらしくおかわりを要求。


「これはもう芋なんかじゃない、芋の形をしたデザートだ!」


という事で、ブリキッド商会で売ることになりました。


そして大人気。


寒くなってきたという事も人気に拍車をかけて、毎日長蛇の列が出来ている。



代わりに、アイスクリームや炭酸飲料の売り上げが、段々と落ち着いてきた。


今年の夏は、限界ギリギリまでただひたすら重曹とクエン酸を作っていた事もあって、魔力の使い方が随分と上手くなったと思う。


最初の頃に比べると10 倍以上もの量が作れる様になっていて、寒くなって必要量が減ってきた事もあって、今では重曹とクエン酸以外の物も空いた時間に作る様になっていた。


とは言っても、ピーク時に比べて落ち着いたとは言ってもまだまだ売れていて在庫はほぼないし、来年以降も私が一人で作り続けなくちゃいけないのは辛いものがあるので、そろそろ化学の力で重曹とクエン酸を作れるようになってもらわないと。



クエン酸は、レモンとかの柑橘類から抽出する方法があるけど、クロコウジカビで発酵させる方法は俺もやった事がない。


他にも方法があるらしいんだけど、それは俺も知らない。


日本にいればヤフーでググってウィキれるんだけど、ここじゃ勿論出来ないし。


クロコウジカビって、一応病気の原因でもあるから、お屋敷の使われてない離れの空き部屋を借りて実験してレシピを作ろう。



重曹の方は、トロナ鉱石がどこかで採取出来ればすごく簡単に作れるんだけど、まずトロナ鉱石を知っている人がいない気がする。


となると、塩水を電気分解して水酸化ナトリウムを作って、そこに二酸化炭素を反応させて作る方法になるかな。


これなら雷魔法が使える人も作れるようになるけど、そもそも雷魔法も激レア属性で、この国で風土属性魔力持ちは国王様と第三王子を含めてたった5人。


そんな貴重な人材を、たかが炭酸飲料の為に酷使させるとか、贅沢の極みというか愚の骨頂だよ。


…誰か、もっと貴重な錬金魔法使いにこんな事をさせていると言うことに気付いて。



重曹の方も、誰でも作れるようになって欲しい。


その為には、世の中に電気を普及させなきゃいけない。


…抵抗あるなぁ。


電気はとても便利だけど、同時に危険でもある。


蓄音機や白熱電球を発明したエジソンが電気椅子を作ったように、世の中の発展の為に活用されるだけでなく、悪用される可能性もある。


それ以上に、電気の恩恵を知っている俺からすると電気がないってのは不便ではあるけど、この世界には魔法があるし、この世界観を壊すのはちょっと寂しい。


日本からこの世界に来た俺だからこそ、この世界が好きになって、そう思ってしまったのかもしれない。


ちょっとリッカに相談してみよう。


「えっ⁉︎ 私でも雷を作る事が出来るのですか⁉︎」


リッカ用の発電機を作るようになった。




どうやって発電しているかを見せるには、やっぱ電球かな。


あとは原動力だけど、蒸気とか水力、風車よりは人力の方が、自力で発電した感があるよなぁ。


手回し式の発電機にしよう。



魔法で磁石と銅線を作り出して、モーターを作る。


次に、人力発電の元になる手回し部分を作るための歯車と軸を真鍮で、土台や取手等その他の部分をアルミで作る。


本当は木で作った方が丈夫で軽いんだけど、私にとっては金属の方が調達も加工もし易いからね。


次は電球部分。


俺が小学校の自由研究で作った時は、フィラメント部分をシャーペンの芯を使って作ったから、今回も極細の炭で。


耐久力は求めていない、それが私の狙い。


最後に、それらを組み立てて手回し部分と電球以外が見えなくなるように箱に入れて完全密閉。


構造部分は見えないようにしたかったから、箱には継ぎ目がなくて開けられないし、電球も曇りガラスにした。


これで、発電機の完成!


まあまあの大きさで作ってしまった完成品は、想像以上に重くなって私では持ち上げられなかった。


使う時に持ち上げる必要はないから、軽い必要もないんだけど。




という事で、早速リッカに人力発電を体験させる。


…リッカ、すっごい緊張している。


まるでこれから世界初の実験をするぞ!みたいな顔してて笑えた。


「これから世界初の実験をするんですよ⁉︎」


そうだった、この世界初の発電機を使って電気を作るんだった。


覚悟を決めたリッカは、ゆっくりとハンドルを回す。


そして何も起こらない。


「…え?」という顔をしてリッカがこっちを見てくる。


大丈夫、失敗じゃないよ。


ただ単に、回転力が足りないだけだから。


俺の提案で、全力で回さないと発電しないように作っておいたから、頑張って回すんだよー。


「どうしてそんな余計なオプションをつけたんですか?」


ちょっとだけ不機嫌になるリッカ。


俺だって、電気の普及にはまだ覚悟がないんだよ。



大きく深呼吸したリッカが、今度は全力でハンドルを回す。


すると、電球部分が仄かに光る。


「いっ!今の!お嬢様‼︎」


めちゃくちゃ興奮するリッカ。


「ええ、今の光が電気よ」


そう言うと、「わ、私が…この私が…」と涙を浮かべながら、発電機と私を見比べる。


そして、その光を消すわけにはいかないと言わんばかりの勢いで、何度もハンドルを回しながら電球の弱々しい光を見つめる。


そんなリッカに私が「あんまりやり過ぎるとすぐ壊れるよ」と希望を打ち砕く。


再び「…え?」という顔をして、こっちを見るリッカ。



今回作った発電機は、リッカのためだけに作った物。


そして、他の人には知られたくなかったから、構造を隠して使いにくく

壊れやすく作った。


私はこの世界をもっと便利な物でいっぱいにしたい。


でも俺にその覚悟が出来てない。


いつかその覚悟が出来た時に、もっと使いやすい発電機を作るから、それまではこのガラクタで我慢してて欲しい。


「ガラクタなんかじゃありません。

とっても素敵な宝物です。

ありがとうございます、お嬢様。

大切に使わせて頂きますね。」


リッカにそう言われて、気持ちが少し楽になった。


「そう言ってくれて、こちらこそありがとう、リッカ。

壊れても絶対に直さないから、大切に使ってね。」


本日3回目の「…え?」



あの後、どうしても電気が作りたいのなら白金を毛皮で擦るといいよと静電気を発生させたところ、「二度とやりたくない」と怒られてしまった。




発電機で頭がいっぱいになってて忘れてたけど、つまり俺の覚悟が出来るまで私は重曹とクエン酸を作り続けなければいけないという事に気付いた。


誰か、炭酸水の出る水脈を掘り起こしてくれないかなあ。

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