第27話 公爵令嬢は火属性魔法を覚える
謹慎生活が明けた日の朝、火属性魔法の家庭教師、メイビス・ネヴァン先生が来るのを待っていた。
それはもう、渋谷駅で二度と会う事のできないご主人様の帰りをただひたすら待ち続ける忠犬のように。
普段集中していると時間が過ぎるのは早いのに、今日程時計の針の一秒間がとんでもなく長く感じた日はなかった。
そしてついに、メイビス先生がいらっしゃった。
あまりに待ちきれず、玄関先で待っていた私は、先生の姿を見つけるや否や、走らず競歩で先生の元へ駆けつけた。
「お待ちしておりました、メイビス先生!
早速、魔法の訓練にいたしましょう!」
そう言って笑顔で訓練場へ連れて行こうとしたところ、
「お嬢様、メイビス様はまだお屋敷へ到着したばかりです、準備もまだ何も出来ておりませんよ。」
とリッカに注意されてしまった。
メイビス先生も苦笑いしていた。
さて、メイビス先生の準備が出来たところで、早速魔法の訓練に取り組む。
まずは、メイビス先生が実演で炎を見せてくれた。
掌の上に、頭二つ分ほどの炎が出ている。
メイビス先生は、火にどう言ったイメージを持っているんだろう?
今までは魔力のイメージの事ばかり聞いていたので、改めて魔法で出す火について聞いてみた。
「私は、物が燃え上がっている時に出ている炎をイメージして、先程の炎を出しました。」
厳密には、火と炎は違っていて、火は『熱と光を発して燃えているもの』、炎は『気体が燃焼して熱および光を発するもの、
だから、石炭やタバコの様に燃えている様子は火で、木やロウソクの様な物が燃え上がっている部分は火であって炎でもある。
なんだけど、メイビス先生は分かってて炎を出してるのかな?
とりあえず、私も先ずは炎を出すイメージしてみよう。
魔力を燃料にして、火を燃え上がらせる。
ボワゥッ!
目の前に大きな火柱が一瞬立ち上がった。
めっっっちゃくちゃビックリした…
いや、それより!
出来た!
遂に魔法が使えた‼︎
メイビス先生とリッカと3人で、お互いの顔を見合わせて、
「「「出来たぁー‼︎」」」
と抱き合って喜んだ。
リッカなんて「良かったですねぇ、お嬢様ぁ!」と言って泣いていた。
メイビス先生も、私がやっと魔法を発動出来て、とてもホッとしている様子だ。
「メイビス先生、もう一度やってみても良いですか?
次は、火力や持続時間をコントロールする事も意識したいと思います。」
「ええ、いいですよ。
是非やってご覧なさい。」
今度は、燃料の魔力の量と出し方をしっかりイメージしてから、魔力を発火させる。
ポウゥゥー…
一瞬大きな火の塊が出たけど、魔力を調節するイメージをしながらその火を小さくしていき火力を落とす。
すると、掌大の大きさにまで小さくなった。
更に火力を落として、アーモンド程の大きさのにまで小さくした炎を、人差し指の先へ移動させる。
「す、すごい…
たったの2回でここまで器用に火を操るなんて…
魔力のイメージには時間がかかりましたが、とんでもなく魔法の才能があります!」
メイビス先生が褒めてくれたので「ありがとうございます」と火を消した瞬間、身体がズンッと重くなった。
うおっ⁉︎
なんだこれ、身体が凄く怠い!
「魔力を一度に大量に使ったからですね。
フランドール様は、人より魔力の量が少なめなので、他の方より特に疲れやすいと思います。
訓練を重ねていけば、少ない魔力でも問題無く活動できる様になっていきますよ。」
成る程、魔力の使いすぎか。
たったあれだけの炎を出しただけで魔力の使い過ぎになるのかぁ。
こりゃもっと訓練が必要だな。
「今日は午後から土属性の魔法の訓練もあるので、魔法を使うのは終わりにしましょう。」
ファッ⁉︎
なんか最近、魔法を使おうとすると禁止されてばっかだよ。
「メイビス先生、休んでいれば魔力は自然と回復すると書物に書いてありましたが、違うのですか?」
「はい、確かに魔力を使っていない時には、魔力は少しづつ回復してきいますが、食事や睡眠時の時程の回復量はありません。
特に、睡眠が魔力の回復には効果的で、もし午前中に魔力を使い切ってしまうと、恐らく午後の土属性魔法の訓練までに魔法を発動させるほど魔力を回復させるのは難しいと思います。
魔力回復薬を使えばある程度元に戻せますが、訓練で貴重な回復薬を使うのは勿体無いかと。」
そうだったのかー。
私でも知らない事はまだまだあるんだなぁ。
じゃあ、今日の午前中はもう魔法の訓練は出来ないの?
「なので、今からの時間はイメージトレーニングをしていただきます。
先程魔法を発動する事が出来たので、イメージトレーニングだけでも十分効果があります。」
むむっ、イメトレとな。
確かに、イメトレはプロスポーツ選手も実践してるくらいお馴染みの訓練法だから、文句はない。
ただ、イメージするだけもなぁ…
「メイビス先生、色んなものを燃やしてみたいのですが、良いですか?」
やっぱり実物を見た方がイメージ湧きやすい。
そう思って提案したんだけど、メイビス先生、何で目が点になってんの。
「あ、あの、フランドール様、色んな物を燃やすとはどういう物の事ですか?」
「そのまま色んな物です。
木、紙、布、革の様な燃えやすいものから、石、鉄、銅の様な炎の出ない物、ありとあらゆる色んな物です。」
「い、石ぃ⁉︎」と自分の予想の範疇を超えてであろう物の名前を挙げられたのか、リッカまで混乱してるのが目に見てわかる。
とりあえず、屋敷中の不用品やゴミを全て持って来てもらって、私は燃やす準備を始めた。
「ではメイビス先生、これらをひとつづつ燃やしてください。」
誰のGOサインも出てない事も気に留めず、燃やしてもらう気満々でお願いした。
「フ、フランドール様、流石にお屋敷の物を勝手に燃やすのは如何かと…
公爵様か夫人に許可を頂かないと、私の一存では燃やす事は出来ません…」
私は急いでお母様に許可を貰いに向かった。
「お母様、今よろしいですか。」
「どうしたのフラン、何か慌てている様だけど。
訓練は上手くいっているの?」
「はい、とても上手くいきました。
なので、お屋敷中の不用品を燃やしても良いですか?」
お母様は「は?」と言って固まった。
「もしお時間がある様でしたら、お母様にも協力をお願いしいたいと思っています。
如何でしょうか?」
「ちょっと待って、フラン、全然意味が分からないわ。
一から説明してくれる?」
「はい、先程私は魔法で炎を出す事が出来ました。
ただ、少し魔力を使いすぎてしまってので、イメージトレーニングをする事になりました。
実際の火を見た方がイメージがしやすくなると思ったので、色んな物の燃え方を観察したいと思ったのです。
メイビス先生お一人でお屋敷中の不用品全てを燃やすのは大変だと思ったので、お母様のお力を借りたいと思いました。」
「お時間ありませんか?」と聞くと、「いえ、大丈夫だけども」と言ったので、「一緒に壁を乗り越えてください」と無理矢理大量の不用品の前へ連れて行った。
「ミリアン夫人、本当によろしいのですか?」
メイビス先生が恐る恐るお母様に尋ねると、お母様は私をジッと見た後、何かを覚悟したのか、それとも諦めたのか、大きく息を吐いて
「ええ、結構よ。
私も娘のために協力致しますわ。」
と言ってくれた。
よっしゃ!
楽しい実験タイムの始まりだ!
こんなに大量のものを燃やすなんて初めてだから、ちょっとドキドキしてきたぞー!
…後で絶対お母様に叱られるんだろうな、別の意味でもドキドキしてきた。
物の燃え方を観察していたんだけど、二人の火の付け方が違ってた事に気が付いた。
メイビス先生は、火の塊を作ってそれを燃やしたい物にぶつけて燃やすタイプで、お母様は、燃やしたい物に直接火を付けて燃やすタイプ。
効率的にはお母様の方が良いと思うんだけど、遠距離のものに直接発火させるのって中々テクニックがいるらしい。
お母様って、魔法使うの上手だったのね。
流石だよ、メイビス先生がギブった石やレンガなんかも、溶かすまではいかなかったけど赤々ともやしていたんだもん。
…火属性魔法の家庭教師、お母様でよくね?
燃えやすいものは全て灰や炭になったけど、石とかはまだ熱が冷めてなかったので、危なくない居場所へ一旦移動させた。
灰や炭は今後の実験に何か使えそうだから、冷ました後袋に入れて保存した。
メイビス先生とお母様は、魔力の使い過ぎでかなりお疲れの様子。
そりゃそうだ、お屋敷中の不用品全部燃やしたんだもん。
お母様なんて石とかレンガとか燃やしてるし。
私はというと、超ご機嫌。
めっちゃ楽しかった。
色んな燃え方が見られたから、つぎの訓練はもっとスムーズに炎を出せそうな気がする。
いやー、充実した時間を過ごせたなぁ。
午後の訓練が楽しみだなぁ!
あと、お母様から呼び出しがあった。不安だなぁ…
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