第九話 夜千代の代わり
儀式を終えた姫は、放心状態だった。やり切った、そう思った。なんだかこのまま、逃げ出したかった。舞台から降りてすぐの段差で姫は躓いた。それをすぐに支えて抱きしめたのは、守人の夜千代だった。
「美しい舞でした。誇り高き姫ですな。」
立派に儀式を済ませた姫に瞳を潤ませた。八鬼頭からも拍手喝采を浴びた。中には号泣して姫の代継ぎを喜ぶ者もいた。皆はまた宴に戻り、本殿は盛り上がっていた。それとは逆に静まり返った舞台は、飾られた桜が月明かりに優しく照らされていた。宴から掻っ攫ってきた甘酒と餅を板間に並べて、十になったばかりの桜花はそれを眺めていた。自分がさっきまでこの舞台で演舞していたとは。餅を頬張りながら、溜息をついた。
「行儀が悪い。」
背後からいつもの声がした。
「今日だけ、許して。」
後ろを振り返らずに甘酒を飲み干した。夜千代は姫の隣に座ると、
「桜花、もう私が死期が近い事はわかるだろう。私の代わりになる守人を探したい。」
そう言って、月を見上げた。
「せっかく、八鬼頭が本家に帰って来ている事だし、奴らにも見定めて貰いたいんだ。」
懐から桜花の好きな甘菓子を出すと、
「これも食べなさい。」
と膝の横に置いた。黙って夜千代を見た桜花は、
「夜千代が決めればいい。間違いないから。」
そう言って夜千代が出した菓子を、一口で食べてしまった。それを見て笑った夜千代が、何故か悲しそうで、桜花は少し寂しさを感じた。夜千代の代わりなんて誰が務まるものか。そう思ったが、夜千代に言うと困らせそうなので胸の内に秘めた。いつも口うるさくて、心配性で、説教が長々と続く日には、居なくなってしまえばいいと思う程だったが、やはり守人は夜千代が良かった。生真面目で、面倒くさい、夜千代が良かった。
次の朝にはもう、夜千代の代わりを探す事が皆に伝わっていた。それぞれ守人に相応しい奴を連れてくると言う話だった。外界から本家である獄家に辿り着き、更に八鬼頭を認めさせる。そんな奴いるのか。桜花は鼻で笑った。昼頃には剛海が推した、楽薩【がくさつ】という奴が血の池を突破したとの知らせがあった。剛海はどうだと、言わんばかりの顔で桜花を見た。針山には獣鬼【じゅうき】と呼ばれる大型の鬼がいた。普通の鬼と違い人間と同じ様な姿ではなく、醜い獣であった。見境なく襲ってくる為、邪鬼と同じく、一緒に暮らすことは出来なかった。歩くだけで傷だらけになる針山は、鬼でも回復が間に合わない程に鋭い、針の様な岩がどこまでも続く山を登ったり下ったりと、果てしなく思えた。そこで獣鬼とあって倒さなければならないとなると、一苦労であった。楽薩はなんとか針山も越えた様で、雷神様と風神様の待ち構える大鬼門へ着いたという。
「終わったな。」
桜花は待ってましたと、言わんばかりに溜めて置いた強い口調で剛海に放った。
その通り、すぐ終わった。雷神、風神の念だけで倒れてしまった。剛海もまたやはり駄目かと言う様な顔で俯いた。次に来たのは雅龍と華響が呼んだ、座波【ざなみ】と禄歌【ろくか】だった。座波は慎重に大鬼門まで辿り着いたが、禄歌は血の池で皮膚が焼け爛れ、回復が間に合わないうちに吸血魚に片腕を喰われたので、取り敢えず外界に戻された。黙って腕を組みながら知らせを待つ雅龍の横で、華響が夜千代にずっと謝っていた。
「すみません、なんと情けない。」
当分、頭を上げられずにいた。座波が大鬼門に着いたと分かると皆、水鏡を覗きこんだ。
座波が風神雷神と向き合っていた。その後ろから雪那が尊敬する氷杍【ひょうり】が近づいていた。
「氷杍様、頑張れ。」
座波と氷杍はまるで打ち合わせでもしてたかの様に別々の方向へ走り出した。風神雷神は黙ってそれを見た。すると風神の方へ向かっていたはずの座波は、氷杍が雷神へ攻撃するのと同時に攻撃を繰り出した。まるで見えなかったが、一瞬で雷神の間合いへ入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます