シア編
第30話 短編
シアによると、噂では南方に連なる山脈の奥深くで、その魔術師は異世界とこの世界をつなげる研究をしているという。伝聞に伝聞を重ねた雲をつかむような話だったが。他に手がかりもない。
私とシアという組み合わせは人間と忌み子であり、見た目的にはただの餌である。そのため、旅を始めてすぐに魔物たちの襲撃を受けた。まだ魔王城の近くであるせいか、襲ってくる魔物もただのゴブリンなどではなく、人間より一回りか二回りもでかい鬼だった。
「フォース」
が、そんな奴らもシアの魔法を一発喰らうと大体倒れていく。私はあの弱々しかったシアがつまらなさそうに魔物を倒しているのを見て嬉しいやら寂しいやら複雑な気持ちになる。
「でもいいね、ほぼ代償を払わずに軽く魔法が使えるって。結局私は魔導書を失ったからまた魔法使えなくなっちゃった」
私の言葉にシアはうーんと首をひねる。
「そのライトノベルというものは魔力よりも価値があるものなのですか?」
あかん、こいつもドルヴァルゴアに染まって来てる。
「そうだよ。私の住んでた世界は平和だからあまり力に価値はない」
「ふーん……では、ライトノベルを製造するのはどうでしょう? 小粒の魔法を使うだけなら何とかなるのでは?」
ライトノベルを製造、というのは嫌な響きだがシアに悪気はないのだろう。おそらく彼女は文化とか芸術とかそういう類のものには一切触れずに育ってきたのだろうから。
「なるほど……短編を書くってことか」
確かに短編なら気分が乗っていれば一日で書ける。それでどれほどの魔法が使えるのかは分からないが、旅をしているだけならそんなに強敵に襲われることもないだろう。それなら護身用に一つ二つ持っておいてもいいかもしれない。
「じゃあ、ちょっと今晩は早めに泊まろう」
ちなみに魔王領に宿泊施設なんてないため、私たちは本来野宿同然の宿泊を強いられる。しかし私が露骨に嫌そうな顔をしたからか、シアがあちこち奔走してテントや毛布などを手に入れてくれた。本当にドルヴァルゴア神官とは思えないほどいい娘である。
「はい」
そんな訳で、私は旅を終えると小説を書こうとするのだが。
「眠い……」
これまでずっと家と学校を往復するだけだったインドア女子高生が急に一日何十キロも歩かされるのである。セラとも旅していたので多少は慣れてきたとはいえ、体は疲れきっている。しかも机ほどのものもないので、私は拾った盾(シアが倒した魔物が使っていた)を下敷きにして書いている。必然的に前傾姿勢になり、うつ伏せになり、眠くなる。
「なるほど、それなら魔物領に伝わる伝統的な眠くならない手段を試してみます?」
「……めっちゃ嫌だけど一応聞いてあげる」
「何でですか。この辺りによくいる“針虫”ていう虫がいるんですけど」
「却下」
「まだ何も言ってませんよ! ただ針虫を手の甲に乗せて小説を書くだけですって!」
「ごめん私頑張って気を保つからそういうのやめて」
思わず割とマジトーンで否定してしまう。私も一応女子高生なので虫というだけで嫌なのに、しかもどう考えても刺してくる系の虫とあればなおさらである。
「分かりました、とりあえず集めるだけにしておきますね」
しかしシアは割と本気で私を助けようとしてくれているので、断っても良かれと思ってやってくるかもしれない。私はそんな恐怖から本気で小説を書くことにしたのだった。
「出来た……」
その日の深夜、私はようやく一つの短編を書き上げた。『異世界に転移したんだけど何か質問ある?』というタイトルで、某ネット掲示板にアクセスできるスマホだけを持って異世界に転移した主人公が某ネット掲示板にスレを立てるという物語である。終盤、「魔王って本当にいるの?」と聞かれた主人公が確認に向かい、魔王戦を実況して最後はネタでされたレスの通りに戦ったら魔王を倒すというオチで終わる。
「へー……幸乃さんの世界にはそんなものがあるんですね。でもそのネット掲示板とやらで不特定多数の人の意見を聞くことにどれほどの意味があるんですか? それよりは自分のことを本当に思ってくれている人の意見を聞く方がいいんじゃないですか?」
急にシアが真っ当なことを言う。
「意見を聞くというよりは傷をなめ合うためにあるんだよ」
「なるほど。確かに私も幸乃さんと出会わなければそれにお世話になりたくなっていたかもしれません。……そう思ってみると確かにその小説を代償にするのは惜しくなってきますね」
そう言ってシアは邪気のない笑みを浮かべる。
「ありがとう、そう言ってくれて」
私は思わずシアの手を握る。世界が違って珍しいからというだけと分かっていても、私の小説をそういう風に言ってもらえるのは嬉しかった。シアはどうして? と言うようにきょとんとする。
その夜、私は心地よい眠りについた。
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