子供向け犯罪教育番組 - 02
「でもこの創作だと思われていた番組が、ついこないだ傍受出来たんだってさ!」
那澤は大きな目を光らせて声のボリュームを上げた。
文野は真剣に那澤を見つめ、あの嵯峨ですら口を挟まず真面目に話を聞いていた。
そして那澤の隣に座るみよ子はただじっと、体を強張らせて話を聞いていた。
その番組はきっと創作ではなく、最初から実在していたんだ。
と、ただ一人、確信して。
「傍受出来たって、どこ情報だ?」
「そりゃネットですよ。あ、ネットですけど、今のネットはねつ造を流すだけじゃあバズりませんからね。真実もちょっと織り交ぜないと今のネット民は沸いてくれませんから」
「お前は見たのか?」
「えぇ、少しだけね」
文野の問いに那澤はあっさりと頷いた。
「もちろん流石のぼくでも年齢制限には引っ掛かりましたけど、多少の無理ならききますから」
「それで? どんな内容だったわけ? また同じような子供向けの教育番組?」
「いや、それが全然。全く別、っていうか意味わかんないっていうか」
嵯峨が催促すると那澤は「えーっと」と携帯を取り出し、事前に用意してきたメモを開いた。
横から画面をちらりと除くと、メモは箇条書きに書いてあった。
・舞台は誰かのオフィス。白衣の男性の部屋をボブルが訪れる
・ボブルと出演者(男性)が数分間会話をしている(無音)
・男性がボブルに拳銃を向け発砲。しかし何も起こらず
・ボブルが持って来た包丁で男性の手足や鼻や耳を削ぎ落す
「これで番組は終了、エンドロール……って感じ。今までと違って、何か、サスペンスもの? 子供向けとはどこに?」
「少しだけ見たって言ってた割にはエンドロールまで見れたのか」
「あぁ、これはほら。ネット民の皆さんが頑張って、耐えて見たって人もいたみたいで」
その情報をね、と那澤は舌を出して笑った。
何というか、労力を惜しまないところを見るに、やはりこんな美女でもそっち側なのだなぁ……とみよ子は胸の内で呟いた。
同じ穴の狢とはこのことなのだろう。
「なーんだ、それだけかぁ……」
「何だとはなんだよ、嵯峨は何も調べなかったくせに」
「いやぁ、なんというかさ。インパクトに欠けるというか、おどろおどろしさが足りないというか……ねぇみよ子ちゃん? 物足りなかったでしょ。何ならさっき俺が話そうとしてた怪談の続きをっ」
「あたしに振られても困るのでやめてください。あと聞きたくないです」
奇妙な番組、都市伝説の話を結局聞く羽目になったが……。
確かに少し肩透かしな話だったな、と思ったところでみよ子は我に返った。
(え、何であたし『あんまり怖くなかったな』とか思ってるの? そもそもこういう話すらそんなに、いや今だって好きではないし。っていうか感覚麻痺してない!?)
そんなはずは、とすっかり嵯峨に毒されている現実を受け入れたくなくてみよ子は勢いよく立ち上がり「用事を思い出しました!」と大きな声を上げると、一目散に研究室を飛び出した。
何やかんや話を最後まで聞いてしまうのが当たり前になっている自分が嫌になり、一刻も早く外に出ようと早足のゼミ棟の玄関へと向かう。
あたしはこんな奇妙な、奇怪な物事を知る為に大学に来たのではない。
自分のような可笑しなものから少しでも遠ざかる為に、ここへ来たのだ。
そう何度も頭の中で復唱し、自分に言い聞かせて前進していると、背後からの声に気付くのが遅れた。
「みよ子ちゃん!」
「!?」
棟全体に響く程の大きな声に振り向くと、那澤がすぐ後ろに立っていた。
わざわざ追いかけて来たのだろうか? 何のために?
とみよ子が困惑していると、那澤はまたあの人懐っこい笑みで、ええとーと頬をかいた。
「その、まさかみよ子ちゃんがああいう話好きじゃないって知らなくって……ごめんね」
「……え?」
「いやいや、あの研究室にいるからきっとそういう変な話好きだと決めつけてたこっちのせい。ほんっとにごめん! ごめんなさい! さっき嵯峨から聞いて……」
突然飛び出していったみよ子の説明を嵯峨がしたのだろうが、一体どこまで話したんだろうとドキリとする。
だが眉をひそめてくよくよしている那澤を見て、怒る気にはなれなかった。
「いえ、あたしが飛び出したのは那澤さんの話が嫌だったからとかそういうのじゃ……」
「ううん、だとしても女の子が聞いて喜ぶような話じゃなかったよね」
うーんとしょげる那澤だったが、「でもあなただってその女の子じゃないですか」とは軽く言えなかった。
別に彼女に対して怒っているわけではなかったが、那澤の様子を見ているとこちらが申し訳なくなってくる。
何というか、カッコよくて憧れの美女という雰囲気だが、憎めない可愛らしさが彼女にはあった。
「あの本当に大丈夫ですから、那澤さんは気にしないで下さい。あたしが嫌なのは嵯峨さんだけなので」
「……そう?」
「はい。嵯峨さんさえいなければと毎日思っています」
語尾が強くなるのは仕方なかった。
本当のことなのだから。
「……」
そしてそんな言葉を聞いた那澤はじっとみよ子を見つめると、眉をひそめてくしゃりと笑う。
「そっか、大変だね。みよ子ちゃんも」
優しい声音と柔らかい笑顔を向けられ、みよ子はキョトンとした。
だがそれも一瞬のことで、那澤はそれじゃあとみよ子の手を取って玄関の方へと歩き出す。
「ご飯も食べたし、このままどっか遊びに行こっか!」
「……えっ!? い、今からですか!?」
「あ、もしかしてこの後何か用事あったりした?」
「い、いいえ。特に何もないですけど……」
「じゃあ遊びに行こう! 雨だからどっかのお店とか入って、ね?」
と、那澤はぐいぐいみよ子のことを引っ張って前へと進む。
この人はいつもこんな感じなのだろうか? と圧倒されつつも、拒めないのはきっと彼女の人柄だからだろうか、とみよ子は何となく納得してしまった。
(それにしても、何でさっき……)
那澤が一瞬見せたあの笑顔からは、同情に近いようなものを感じたが……。
もしかしたら思い過ごしかもしれない。
そう不安を一蹴して、みよ子は引かれるがままに足を進めた。
そんなことを考えるよりも、今は楽しさに身を委ねたかった。
誰かとこうしてどこかへ遊びに行こう、だなんて。
-CREDIT-
SCP-993「ピエロのボブル」
©Tanhony
http://www.scp-wiki.net/scp-993
「ボブルの舞台裏」©Tanhony
http://ja.scp-wiki.net/behind-the-scenes
那澤なごむの人事ファイル
http://ja.scp-wiki.net/author:wanazawawww
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