僕らに恋は必要か
1
ああ、なんて幸せなんだろう。
朝からもう何度そう思ったかわからない。少女は胸の底から湧き上がって止まないその感情を噛みしめながら、高く広く晴れた空を見上げた。
「空まで祝福してくれているぞ」
と誰かが上げた声。その一言がストンと胸に落ちる。
いや。その台詞に限ったことではない。自分たちを祝うためのものならば、言葉だって笑顔だっていたずらだって、どんなものでも素直に受け止められた。
景色だってそうだ。
静かで平和でなんにもなくて、毎日退屈で仕方なかったこの村も、今日だけはどんな豪華な宮殿よりもキラキラと輝いて見える。古くなった石畳の崩れたひとかけらさえも、宝石のようにきらめいて見えるのだ。
目に見えるものは何もかも美しくて、少女を夢心地にさせた。
そんな少女の様子を目にして大袈裟だなと笑う者もあった。
そういうものに対しては、少女はこんな風に答えた。
「だって、今日はそういう日だもの」
満足そうに言ってから、自分の隣りに立つ青年に目を向けた。
あまり好きではなかったこの村が素晴らしい場所に思えたように、隣りに並んだ少し頼りないはずの幼馴染みが凜々しい大人の男性に見えてしまって、少女は思わず見とれてしまった。
ぽおっと顔が熱くなるのを感じた。
きっと頬は真っ赤に染まっているはずだ。からかわれてしまう前にと、少女は慌てて頬をおさえた。
おさえながらほんの少しだけ冷静さを取り戻すと、今度はすっと血の気が引いていくような感覚があった。
彼は今日という日に相応しくいつもより素敵に見えているけれど、果たして自分はどうだろうかと不安になったのだ。
着慣れぬ祭祀用の衣裳は似合っているだろうか。歓びはしゃぐあまり間抜けな顔をさらしてはいなかったか。
慌てて髪を手ぐしで梳き、スカートのひだをきれいに整え、よそいきの表情に切り替える。そうして取り繕ってから、恐る恐る彼の様子をうかがった。
彼も同じタイミングでこちらに目を向けた。まっすぐに見つめ返す瞳は、少女の全身をひととおり眺める。
品定めをされているようだと感じた。
だがそれは都市から来た目利きの商人のようではなく、どちらかといえば何でも安く売り高く買ってくれるような村の気の良いおじさんのような視線だった。厳しさなどというものは欠片もなく。彼は少女のつま先から頭の先までを愛でると、表情を崩して何度も頷いた。
「うんうん。大丈夫。いつも通りかわいい」
「いつもどおり?」
「うん。今日もかわいい」
彼の言葉に、少女はほっとしたような、しかし物足りないような気持ちになる。しかしそんなところも彼らしいと思うと自然と口もとが緩んだ。
「まあ、いいわ。そんなことより、早くみんなのところに行かなくちゃ。
少女は彼の手を取り駆け出す。
細く続くゆるやかな坂道の下、村のみんなが集まる広場からは祭りの音楽が聞こえ始めていた。
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