第四十八話 今こそ

 僕が、僕の信じるヒーローになるために。


 僕は≪運命の掌握ドミネート・コード≫を打ち破り、声帯を震わせた。


「≪三体恒星インフィニティ・コード≫……!」


 僕は、二度目の、最後の≪三体恒星インフィニティ・コード≫を使った。




 その瞬間に、世界の全てが静止する。


 ≪星≫も、≪女教皇≫も、≪教皇≫も。

 ≪女帝≫も、≪正義≫も、もうひとりの≪女教皇≫も。

 みな、動きを止めていた。


 眼前には、赤い髪を左半分だけ勾玉の首飾りで留めた少女がいる。

 巫女服に身を包んだ彼女は、第十九番目の≪アルカナ≫。天照大御神。愛称は――。


「アマちゃん」


 以前一度目の≪三体恒星インフィニティ・コード≫で感情を失った、僕の相棒だ。


『二度目の≪三体恒星≫じゃ。我があるじよ』


 無表情で、熱のない声。

 しかし、たとえ感情を失っていても、この感謝は届けたかった。


「アマちゃん。この力で、もう一度みんなを助けられる。僕が、ヒーローになるために闘える。ありがとう」


『……≪アルカナ≫は、契約者の命に従い力を与えるのみ』


「だとしても、僕が感謝してるのは本当なんだ。その……いつになるかも、どうやるかもわからないけど。僕は、君のことも助けたい」


『……二度目の代償は、わらわの、声と姿。お主との、意思疎通の消失』


 そう告げるアマちゃんの声は、震えていた。

 僕はそこに確かに、アマちゃんの気持ちを感じた。


「そんな……」


 代償があることは知っていた。

 一度使っただけで感情を失ったのだ。

 こういう可能性だって、考えなければいけなかた。


『力を使い、目的を果たせ……。……。』


 そう言うと、アマちゃんの左側の髪飾りが砕ける。

 赤い髪が、解き放たれる。


 すると、みるみるうちにアマちゃんの姿は透明になっていき、遂には完全に見えなくなってしまった。


「アマちゃん……?」

『……』


 もう、声も聞こえない。


 そして、時が動き出す。




 姿が見えなくても、声が聞こえなくても。

 それでも、僕の姿は、僕の声は、届いていると信じて言う。


「ありがとう」


 ごめんとは言わない。

 代償を知って僕にこの力を託してくれたアマちゃんに対する、それが僕の責任だから。


 この力で、為すべきを為す。

 それが、僕がアマちゃんに返せる感謝の形だ。


「みんな、お待たせ」


 炎を模した全身の装甲には、新たに黄金の装飾が施されていた。

 これまでに比べて、巨大になった肩や腰の鎧。

 背中には、赤々と燃え滾る炎のマント。

 頭には、二本の鋭い角。


 見た目だけではない。

 大きく厚くなった装甲の重さを全く感じない力強さ。

 身体の内側で無限に湧いてくるような熱。

 溢れる自信。


 僕は今、遥か未来の僕から、最強の力を借り受けていた。


「新士くん!」

「新士君!」

「……待ったわよ」


 かなえが、恭子さんが、アリスが歓喜と安堵を伝えてくれる。


「雅!? これはいったい……!?」

「み、美沙都様……! これは、私にも何が何だか……!」

「わ、ど、どうして!?」


 ≪星≫が、≪女教皇≫が、≪教皇≫が慌てふためく。

 

「美沙都さんに、雅さん、花さんと呼んで、良いですか?」


 僕は、ようやくこの人達と語り合う機会を得ることができた。


 僕は知っている。

 この三人が、とても大切な願いのために闘っていることを。


 できるなら、彼女たちの願いを潰してしまいたくない。


「なっ……美沙都さまの名前を、気安く口にするなぁーっ! ≪神罰の十字架ソード・コード≫!」


 と、≪教皇≫が十字架の大剣を構えて駆け寄ってきた。


「僕は、君たちを傷つけたくないんだ」


 それを、僕は素手で掴む。


「聞いてほしい」


 その手に力を混めると、大剣の表面に施された金細工が赤熱し、融解し始める。


「な……!?」

「花! ≪ペガスス座の翼ウィング・コード≫! ≪穿つ星座線レイピア・コード≫!」


 以前と同じく、仲間の元へと飛んでくる≪星≫。


 僕は、回し蹴りで、その細剣を蹴りとばす。


 そのまま、≪星≫の腕を掴み、引き寄せる。


「聞いて! 君たちの願いがとても大切だってことは僕にもわかる。頼む、今は戦わないで、一緒に誰の願いも犠牲にしない方法を考えてほしいんだ」


「美沙都さまっ」

「美沙都様!」


 しかし、その答えを聞くまでもなく≪教皇≫と≪女教皇≫が迫る。

 二人とも武器もなく、素手で僕と≪星≫を引き離そうとしてくる。

 その動きはまるで、懇願する信徒たちのようだった。


 だが、ふたりのその細腕には、≪三体恒星インフィニティ・コード≫の僕ですら動かすだけの力があった。

 戦闘能力を持たないはずの、≪女教皇≫にすら。


『ここ≪神々の玩具箱アルカーナム≫では、願いの強さが何よりも物を言う』


 今、この子達には、それだけ強い懇願の力があるのだ。


 ≪教皇≫と≪女教皇≫が、≪星≫の前に立ちはだかる。


「私たちは、何としても美沙都様と幸せになるのです……!」

「そうですっ! 貴方を倒せばそこに……もうすぐそこに美沙都さまとの幸せが……!」


 そう叫んだふたりの左手が目映まばゆく発光する。


「ふ、ふたりとも……! わたくしは……!」


 何かを告げようとした≪星≫の声は、≪教皇≫と≪女教皇≫の宣言にかき消された。


「≪覚醒の十字架インフィニティ・コード≫!」

「≪万象の羅針盤インフィニティ・コード≫!」


 光の柱がふたつ、≪神々の玩具箱≫の廃墟にそびえ立った。


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