第四十七話 堕天使の意趣返し
視界が、白い粒子から解放される。
今夜、僕が≪
「……!」
そして、この世界に召喚された瞬間から、僕の身体の自由は利かなくなった。
≪女教皇≫のスキル、≪
本当に、夜をこえても有効なスキルのようだ。
「こちらを見なさい、≪太陽≫」
と、僕の身体が自分の意思と関係なく背後を振り返る。
目の前には、4つの人影があった。
≪星≫の少女、
≪女教皇≫の少女、
≪教皇≫の少女、
赤髪の天使ミカエル。
これまで、たとえ前夜に手を繋いでも壁一枚は隔てて召喚されていた。
しかしこの夜は、すでに4人の契約者が一か所に集中して召喚されているのだ。
間違いなく、天使ミカエルの策略だった。
『……よう、クソガキ』
と、僕のすぐ隣から、聞きなれた声がした。
そこに
全身が昨夜に比べてさらに傷だらけになっており、黒い粒子が体中から
『ふん。醜く、そして惨めだな、ルシフェル』
低く、傲慢そうな声でミカエルはそう言うと、高圧的にルシフェルを見下した。
『この私の策を前に貴様たちにできることなど、無い』
「天使さま、今宵は≪太陽≫の契約者の仲間を、全て
『うむ、お前たちには期待している。その
「楽しみですわ」
「そのためならば、必ず成し遂げて見せます。美沙都様のために」
「わたしも、がんばりますっ!」
まるで勝利が約束されたかのように語り合う天使と契約者たち。
しかし、それを憎たらしく
『……くっくっく。どいつもこいつもマヌケ、マヌケ、マヌケ』
ルシフェルが細い指で、ひとり、ふたりと数える動作をとる。
『なんだと?』
絶体絶命のはずのルシフェルが口にした言葉が、はじめてミカエルの挑発に成功した。
『なぁ、クソミカエル。お前はずいぶん策とやらに自身があるようだが、そいつを真似されたら、どんな気分だ!?』
それまで跪いていたルシフェルが、立ち上がって、叫ぶ。
『来い!』
次の瞬間、僕たちのいる廃墟の壁に一筋の斬線が走る。
そして、その壁がうねる大樹によって押し壊された。
砂煙のその先には、3つの人影。
「助けに来たぞ」
純白の大きな肩部装甲に、深紅のマント、黄金のV字飾り。
≪正義≫に変身しているのは、間違いなく恭子さん。
「新士くん!」
薄桃色のボディにフリルと植物の蔦をあしらった可愛らしいスーツ。
≪女帝≫に変身しているのは、かなえだ。
「ハロー、ミカエル。この私に何の説明もなく、好き勝手してくれたみたいじゃない?」
白と黒の布を織り合わせた着物に、銀の装飾とヴェールを組み合わせた和洋折衷の衣装。
≪女教皇≫に変身しているのは、アリス。
どうして、ここに。
『なんだと!?』
『くっくっく……お前にできることが、お前だけにできることだと思うなよ?』
『まさか、お前も操作したというのか……契約者たちの召喚を!』
『クソ楽勝だったぜ』
と、ルシフェルが動けない僕の方を向いて、言った。
『やられっぱなしは趣味じゃないんでな。お前のためじゃねーぞ』
僕の表情が今、思い通りにならなくてよかった。
きっと、すごくにやけてこの紫前髪野郎にバカにされていただろう。
「ふん……たまには貴様も、善行をするようだな、ルシフェル」
『お前は相変わらず可愛げがねーな、正義オンナ』
≪正義≫を纏った恭子さんが、ルシフェルに向けて言う。
え……?
二人は、知り合いなのか?
『お前がその
「そうか、新士くんもこの悪魔に召喚されていたのか」
恭子さんも、ルシフェルに。
そうか、他の天使が複数人の契約者を召喚しているのだから、ルシフェルが召喚した他の契約者がいても不思議ではない。
だが、だとしたらルシフェルは何のために僕や恭子さんを召喚したんだろうか。
しかし、今はその答えに思考を割く時間はない。
『悪魔じゃねぇ天使だ、クソ』
「どうだかな」
『まァとにかく、俺にできるのはここまでだ。俺はミカエルと続きをしに天界へと帰る。おい女ども。うまくやれ。あのアホ面を晒しているオマエらの≪太陽≫を、取り戻せ』
『何もかも、貴様の思い通りになると思うなよ……?』
そう言うと、ルシフェルとミカエルは白い粒子に包まれて消えた。
「あれが、新士くんの天使さん……」
「ミカエルもそうだけど、天使って
と、感想を言い合うかなえとアリスを遮るように≪星≫の仲間たちが左手を掲げる。
「
「いつでも行けます!」
「は、はいっ!」
「変身! ≪
「変身! ≪
「変身っ! ≪
黄金の鎧、黒白の着物、紅色の衣装をそれぞれ纏った姿に変身する。
「烏合の衆? それは君たちの自己紹介のつもりかな? アリスは 指示を! かなえ君、援護を頼む! ≪
「恭子ちゃん、任せて! ≪
「行けます!」
「品の無い方は好みませんわ。 雅、貴女も指示と、≪太陽≫のコントロールをお願いしますわ。花、前衛を!」
「はっ。変身なさい、≪太陽≫!」
「花、全力で行きますっ! ≪
≪女教皇≫の命令のままに、僕も指輪を掲げる。
「変身。≪
僕の全身が炎に包まれ、真っ赤なスーツを纏う。
僕は心の中でアマちゃんへ語りかけようとするが、どうやらその自由も≪女教皇≫によって封じられているらしい。
このままでは、≪
皆が目の前にいて、僕を助けようとしてくれているのに、何もできない。
「≪
「≪太陽≫! 焼き払いなさい!」
「≪
僕の手に握られた炎の剣が、かなえの大樹を燃やし尽くす。
視界の隅では、恭子さんが≪教皇≫と≪星≫のふたりを相手取っていた。
「はぁっ!」
「甘い!」
≪正義≫の剣が、≪教皇≫の大剣を一刀両断する。
「まだまだっ! ≪
≪教皇≫は、二本目、三本目と次々に大剣を呼び出してさらに叩きつける。
恭子さんは全てを切り落として応戦しているが、防御に精一杯で攻撃に転ずることができない。
「あら、後ろがお留守ですわよ? ≪
いつの間にか≪
「くっ!」
≪正義≫の大きな装甲が致命傷は防いだようだが、肩から大量の黒い粒子が溢れる。
後退し、膝をつく恭子さん。
「恭子ちゃん……!」
「い、今回復を!」
「ま、まってかなえ! 今は……!」
かなえが、恭子さんへ駆け寄る。
そして、それを止めるアリス。
恭子さんのことを何よりも大切にしているアリスが止めるということは、≪女教皇≫の力で何かを感じ取ったということ。
「≪太陽≫、終わりにしてしまいなさい!」
「……≪
かなえ、恭子さん、アリス。
三人がちょうど一塊になったそこへ、巨大な砲口が向けられる。
このままでは、3人を敗退させてしまう。
3人の願いが、二度と叶わなくなってしまう。
僕を助けようとしてくれた、大切な仲間たち。
本当に守りたい、大切な人たち。
その人たちを、僕自身の手で壊してしまう。
思えば、僕はこの≪
憧れているだけだったそれになる方法が、ある日突然与えられて。
しかしそのために、他の人たちの真摯な願いを奪うことになり。
だけどそんな僕に、守りたい人たちができて。闘う理由もできて。
そして今、その仲間を自らの手で壊そうとしている。
この世界で僕は、それに一歩近づく度に、また一歩遠ざかっている。
≪審判≫の男。
≪戦車≫の女の子。
≪隠者≫の青年。
≪皇帝≫の少年。
≪節制≫のおじさん。
≪悪魔≫の進藤憲一。
≪恋人たち≫の人。
≪魔術師≫の切絵さん。
≪吊るされた男≫。
僕の周りで願いを失った人たち。
その度に、僕は願いに近づいている。
願いに近づけば近づくほど、僕はそれから遠ざかる。
こんな、たかが神様の作ったゲームなんかに従わなくていいくらいに強くなりたい。
僕がそれになることは、神様にだって禁ずることはできないと言いたい。
周りの人を不幸になんてせずに、僕はそれになれるはずだ。
それは、周りの人を不幸にしてなるようなものではないはずだ。
なりたい。なりたい。なりたい。
この≪
≪星≫の3人がお互いにお互いの願いを想い合うことで力を増幅しているというのなら。
僕の願いは、現実と理想の狭間でもうこんなに大きく膨れ上がっている。
理不尽を無視できるだけの、もっと理不尽な力が欲しい。
いつかじゃなくて、今なんだ。
今、目の前の大切な人たちの願いを、守りたい。
今、ヒーローになりたい。
「……どうしたの、≪太陽≫。はやくやってしまいなさい」
僕は、≪陽光砲≫を放つことなく停止した。
自分の意志で、それを止めることができた。
アマちゃんと、ルシフェルの言葉を思い出す。
『この≪
今なら、できる。
今しか、ない。
出し惜しみは、しない。
この力は、アマちゃんが僕に『力を使い、目的を果たせ』と言って託してくれたもの。
であれば、今こそ使おう。
僕が、僕の信じるヒーローになるために。
僕は、動くという確信とともに、声帯を震わせた。
「≪
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